インド映画夜話

Bhagam Bhag 2006年 159分
主演 アクシャイ・クマール & ゴーヴィンダ & ラーラ・ダッタ & パレーシュ・ラーワル
監督 プリヤダルシャン
"追いつけ追い越せ、引っこ抜け!!"




 インドのチャンパク劇団は毎回盛況ながら、劇団内では、主役の座を狙って"英文学士持ちの"バンティ・ラージクマールと"英語のできない"バブラの2人がいつも問題を起こし続けていた。

 その日も、公演のメインダンサー アンジャリに強引に迫ったバブラが振られたからと、彼の仇を討とうとするバンティのせいで、怒ったアンジャリが急遽退団を宣言して失踪! 劇団は、「アンジャリを看板女優とする事」を条件にロンドン公演が決まったばかりだったため、あせる団長チャンパク・チャトルヴェディは善後策を模索するも、もうどうにもならなくて…。
 そこで、新たなヒロインを見つけてくれば主役になれるかもと踏んだバブラは、単身ロンドン市街で新ヒロイン候補のインド人を求めて外出。それについて来て「我こそは主役」を狙うバンティと口論になる中、"ヒロイン"ではなく"ヘロイン"の取引に来た男たちに依頼主と間違われて荷物を奪われてしまう!

 残された麻薬の詰まったカバンからロンドン警察のJ・D・メヘラーに疑われて一悶着あった後、劇団のお雇い運転手"小男"グッルと一緒に今度こそヒロイン探しに出るバンティは、道端から不意に車の前に身を踊らせるインド人美女を助け出す事になる…「離して! 私を死なせてよ!!」
 なんとか女性の興奮を鎮めたバンティは、そのまま女性を劇団まで連れ帰って新ヒロインに迎える事を決めるが、女性も特に抵抗せず、「ムンニ(=お嬢さんの意)」と名乗った以外は過去の経緯を話そうとしないまま、劇団女優として稽古に勤しむようになる。
 そんなある日、買い出し途中に急にムンニが車道に飛び出して、車に正面衝突してしまって…!!


挿入歌 Afreen (アフリーン [君との会話はなんて美しい])

*この歌は、1971年ブロードウェイ初演のロック・オペラ「ジーザス・クライスト・スーパースター(Jesus Christ Superstar)」第1幕で使用される「Heaven on Their Minds」を翻案した楽曲となるそうな。


 タイトルはヒンディー語(*1)で「(特に当てもなく)走り回って」。
 1956年の同名映画とは別物、のはず。

 イギリス(*2)を舞台としたサスペンス・コメディな1本。
 その物語は、1995年のマラヤーラム語(*3)映画「Mannar Mathai Speaking(もしもし、こちらマンナル・マータイです *4)」の剽窃であると元映画の監督から訴訟され、製作側がそれを認め賠償金を支払っている。
 インド本国と同日公開で、英国、アイルランド、オランダでも公開されたよう。
 後に、08年にテルグ語(*5)リメイク作「Brahmanandam Drama Company」が公開。

 映画前半は、いつもの冗長な話芸コメディで、ムリクリな設定のもとにボケ役しかいないマルチスターな登場人物たちの弾丸台詞の応酬を笑うしょーもないコメディ映画ながら、その冗長性を作り上げている数々の登場人物が出揃った後に登場する妖艶な美女ムンニが現れてからは、自殺願望を持つムンニの謎めいた背景、死んだはずのムンニが主人公を始め多数の人々の前に再度現れていくミステリー要素が入っていき、その謎解きに現れるどんでん返しな陰謀の正体が小気味良い秀作。
 コメディ映画を多数監督しているプリヤダルシャン監督作にあって、そのコメディの作り方に変化球を与えるような映画ではあるけれど、基本路線は終始コメディのそれで、ミステリーの解決はシリアス度が高いながら、わりと偶然要素と登場人物たちのボケ倒し演技の結果みたいな流れで進行していくので、サスペンス劇を期待すると肩透かしを食らうかもしれない。ま、冒頭の話芸コメディのまま突き進むかと思った映画がドンドン別の顔を見せていく二重構造のお話だと思ってなかったので、期待してない分お得感満載みたいな満足感のある映画だったんだけど。

 アクシャイ・クマール演じる主人公バンティとの2人体制主人公かと思ったら、後半あんまり出番がなくなるバブラを演じていたのは、1963年マハラーシュトラ州都ボンベイ(現ムンバイ)に生まれたゴーヴィンダ(・アルン・アーフージャー)。
 父親は40〜50年代半ばまで活躍したパンジャーブ人男優アルーン(本名アルン・クマール・アーフージャー)。母親も40〜50年代に活躍したベナレス(*6)出身の女優兼歌手のニルマーラー・デヴィ。6人兄弟の末っ子で、兄に男優兼映画監督キルティ・クマール、姉に作家兼音楽監督兼歌手カーミニー・カンナがいる他、娘に女優ティナ・アーフージャー、親戚にコメディアン兼男優のクルシュナ・アビシェーク、その妻である女優カシュメラ・シャーとその妹の女優アールティ・シン、男優のヴィナイ・アーナンド、TV女優兼コメディアン兼歌手ラーギニー・アーナンド、TV女優ソーミヤー・セート他がいる芸能一族アーフージャー家を構成している。
 幼少期は"チチ(*7)"の愛称で呼ばれていたそうで、長じて商学士を取得。82年のヒンディー語映画「Disco Dancer(ディスコ・ダンサー)」に影響されてダンス特訓を始め、芸能界への売り込みを開始。CMや広告出演を経て、86年の「Love 86 (タミル語映画「Ilanjodigal」のリメイク作)」「Ilzaam(告発)」で映画デビューし、同年公開作の叔父アーナンド(・シン)監督&プロデュース作「Tan-Badan」で主演デビュー(*8)。翌年以降、すぐにヒンディー語映画界で年間複数本の映画に出演する映画スターに上り詰め、その舞踏力・コメディ演技が高く評価されるようになって、数々の映画スターと共演していく。
 87年に叔父アーナンドの義妹スニーター・ムンジャルと恋愛結婚したものの、その事実は4年間公表されなかった。
 89年の「Taaqatwar(強靭)」から、コメディの帝王と称されるダヴィッド・ダーワン監督作の常連男優として人気を博していくこととなって、ダーワン監督作の95年の「Coolie No. 1」でスター・スクリーン批評家特別賞を獲得。その後も、コメディ演技賞を中心に多数の映画賞を獲得していき"キング・オブ・コメディ"と称されてもいく。その他、89年の主演作「Billoo Badshah」の挿入歌"Jawan Jawan Ishq Jawan Hai"で歌を担当してから歌手としても活躍。音楽監督アーナンド・ミリンドとアーナンド・ラージ・アーナンド、歌手ウディット・ナラーヤン等と共に様々な映画歌曲を共同で制作もしていて、98年にファーストアルバム「Govinda」をリリース。
 しかし、2001年の「Jodi No. 1(No.1コンビ)」のヒットを最後に商業的成功から遠のいてしまい、一時映画界から退き政界に転身。インド国民会議に属して04年の総選挙でムンバイ北部選挙区から国会議員に選出されて、ムンバイにおける交通・健康・教育分野の改革を追行するものの、長期間の議会欠席、政治活動期間中の映画界での活動の再開などを攻撃され、08年を持って政界を退くこととなる。
 その政界引退を前にした06年公開の本作の大ヒットで映画復帰ともてはやされて人気が復活。その後もヒンディー語映画界で活躍中。13年には女優プージャー・ボースと共にセカンドアルバム「Gori Tere Naina」をリリースしている。

 本作ヒロインにして、物語の流れをガラッと変えるムンニ演じるラーラ・ダッタは、1978年ウッタル・プラデーシュ州ガーズィヤーバード県都ガーズィヤーバード生まれ。
 父親は空軍司令官、母親はイギリス系インド人で、姉と妹がインド空軍に勤めていた事があるとか。従兄弟に作曲家兼DJニティン・ソウフニーがいる。
 81年に家族でカルナータカ州都バンガロール(現ベンガルール)に移住し、そこの学校を卒業した後、ムンバイにて経済学位と副専攻のコミュニケーション学位を取得。95年のグラドラグス・メガモデル・インドコンテスト(*9)に優勝し、以降も数々のモデル賞を獲得。2000年のミス・ユニバースにて、過去最高個人得点の9.99を獲得して優勝(*10)。その後すぐにUNFPA(国連人口基金)親善大使に任命されている。
 2002年に、タミル語(*11)映画「Arasatchi(政府権限 / 04年公開作)」に主演するも、公開が遅れ、その後に撮影されたヒンディー語映画「Andaaz(独自スタイル / 03年公開作)」で映画&主演デビューとなり、この映画で共演したプリヤンカ・チョープラーと共にフィルムフェア新人女優賞を獲得(*12)。以降、ヒンディー語映画で活躍していき、04年の「Khakee(警察制服)」でスターダスト賞の期待の新人賞を始めいくつかの映画賞・功労賞を受賞・ノミネートされていくものの、ヒット作に恵まれない時期が続く。05年の「Dosti: Friends Forever(友は永遠に)」の外国での大ヒットに続き、06年の本作のインド国内での大ヒットによってついにヒットメーカーの仲間入り。
 09年の海洋アクション映画「Blue(ブルー)」のオファーに際し、映画デビュー作でもある「Andaaz」の時に溺れ掛けて以来の水泳恐怖症から一旦は出演拒否しようとしたものの、溺れそうになった時に彼女を助けてくれた主演男優アクシャイ・クマールの勧めで水泳を学び直して恐怖症を克服。その撮影での経験とアクシャイに感謝の意を表している。
 数々の有名人との関係を取り沙汰されながら、2011年にテニス選手マヘーシュ・ブパーティと結婚。以降、クレジットを"ラーラ・ダッタ・ブパーティ"と変える。その後も、出演本数は減ったものの継続的に映画出演し続けている他、19年からTVシリーズ「Beecham House」などのTVドラマ出演も増えている。その他にも、モデル業、産前ヨガ広報やビューティーケア製品事業の立ち上げ、Me Too運動の熱心な支持者としても広範な活動が報じられている。

 後半のミステリー展開とどんでん返しが鮮やかながら、その展開はわりと説明台詞とボケ倒し台詞だけで解決するきらいもあるのが問題なんだけども、まあ、これはコメディ映画だもんねと思えば特に問題にする気もなくなるというかなんというか。
 その美貌で妖しさ大爆発のムンニ役のラーラ・ダッタが、幽霊として男たちの前に現れては大騒ぎになる絵面だけでも美し楽し可笑しい。コメディにしろシリアスな事件解決のためにも、とにかく登場人物たちがイギリス各地を走りに走りまくるタイトル通りの動的シークエンスの多い画作りが、後半のミステリー展開に小気味好い変化を次々にもたらしてくれる映画的変化具合が凄い。インド映画における、前半と後半で全く物語の内容が変わるほどの変身ぶりを見せるのに、それが(ある程度)スムーズに繋がってる「語りの自在さ」は、まさにこう言ったインド娯楽映画の特徴であり武器ですわあ。



ED Bhagam Bhag (走れ、走れ)





「BB」を一言で斬る!
・ロンドンの電話の呼び出し音、長!!(ホントに?)

2023.12.22.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 主にロンドンとオックスフォード。
*3 南インド ケーララ州、連邦直轄領ラクシャディープの公用語。
*4 この映画自体が、1958年のヒッチコック映画「めまい(Vertigo)」を部分的にアイディア元にしたもの。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 現ウッタル・プラデーシュ州ヴァーラーナシー。
*7 パンジャーブ語で「小さな指」。
*8 他2本の出演作が同年公開され、上記3作はいずれもヒット作となった。
*9 毎年行われる、モデル雑誌グラドラグス主催の女性モデル部門のコンテスト。
*10 同年に、プリヤンカ・チョープラーがミス・ワールドに、ディア・ミルザーがミス・アジア・パシフィックに優勝し、一躍インドが世界的美人コンテストを征した年でもあった。
*11 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*12 ただし、演出上の都合でラーラの声は声優モナ・シェッティによる吹替になった。