インド映画夜話

ブラックメール (Blackmail) 2018年 137分
主演 イルファン・カーン & アルノーデイ・シン & キルティ・クルハーリー
監督/製作/台詞 アビナイ・デーオ
"お前の秘密を知っている。公表されたくなければ…わかってるだろ?"




 その日も、トイレットペーパー会社営業のデーヴ・カウシャルは夜遅くまで会社に残り続けていた。
 彼の趣味は、同僚たちがデスクに飾る妻の写真を盗んでトイレにこもることと、帰宅後に台所の壁の穴から妻レーナの寝顔を盗み見ること。愛する妻とは、最近は事務的な会話しかしておらず、低い給料から家賃やTV受信料やカードのローンをやりくりする毎日が続く。

 ある日、同僚の親友アーナンドの勧めでサプライズを仕掛けるために早めに帰宅したデーヴだったが、いつものように台所から寝室を覗き見ると、そこにはレーナと見知らぬ男との仲睦まじい姿が…!!
 様々な想像が頭をよぎる間に、デーヴは間男がランジット・アローラと言う大富豪の家に嫁いだ既婚者であることを知る。彼は、目下のローン解決と男への復讐のために「他人の妻との情事をバラされたくなかったら、10万ルピーを用意しろ」との匿名脅迫メールを、新調した携帯電話からランジットに送りつける。
 驚いたランジットは、自分を嘲る妻ドリー・ヴェルマーに懇願して支払金額を用意するが、ヴェルマー家から「金は3日以内に返せ」と厳命されたがために、今度は彼が匿名の脅迫メールをレーナに送りつけてしまい…!!


プロモ映像 Badla (復讐を)


 タイトルは、劇中でも巡りまわる「脅迫状」の意。映画の中でも、脅迫メールが届くたびに「ブラックメール#x」とカウントされている。

 倦怠期の既婚者たちが織りなす、脅迫が脅迫を呼んでいくブラックコメディ・ヒンディー語(*1)映画。
 インド本国と同日公開で、英国、インドネシア、米国でも公開。日本では、2018年度IFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて上映。

 全ての登場人物が、なにがしかクズっぷりを発揮し、他人の迷惑も顧みずマイペースに突き進んでいくことで、ドンドン救いのない状況に陥っていきながらもその姿がどうにも可笑しく「クスクス」っと笑える皮肉たっぷりの一本(*2)。インド映画におけるブラックな笑いって、相変わらず人命が軽すぎるわー(棒

 基本的には、悪いことをしたら巡り巡って自分にそれが返ってくる、みたいな物語進行なわけですが、不倫・匿名の脅迫・ゆすりたかり・ワイロの要求・人の弱みに付け込んだ言動…などなど、小市民な登場人物たちが小市民的な範疇で巻き起こす小さな小さな嘘の連続が、やがて人生の破滅へと登場人物全員を導いて行くのを止められない状況へと続いていってしまう。その、人間のダメダメさをシュールに、コミカルに、皮肉的にも悲壮的にも描いて行く脚本の、人を食ったような三面六臂さがスンバラし。
 最初の脅迫メールで「100万ルピー」と一度は書いておきながら、ローンの返済総額を1つ1つ計算してから(*3)「10万ルピー」に書き換えるデーヴの小物っぷりがナイスすぎる。

 本作の監督を務めるアビナイ・デーオは、マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。父親はマラーティー語(*4)圏のTVや映画で活躍する男優ラメーシュ・デーオ、母親も女優のセーマ・デーオ(別名ナーリニー・サラーフ)で、兄に男優アジンキャ・デーオがいる。
 建築学の学位を取得したのち、広告ディレクターとして働き出してCMや短編映画の監督やプロデューサーを手がけていき、09年のヒンディー語映画「Love Game (ラブゲーム)」で長編映画監督デビュー。続く11年の「Game(ゲーム)」と「デリー・ゲリー(Delhi Belly)」の2本でフィルムフェア新人監督賞を獲得する。13年から、米国TVドラマシリーズ「24」のヒンディーリメイクシリーズの監督にレンシル・デシルヴァとともに就任し2シーズンを歴任。16年の映画「Force 2(フォース2)」を経て、本作が5本目の映画監督作&初の長編映画プロデュース作となる。
 もともと本作は、映画監督兼プロデューサーのラケーシュ・ローシャンとアビナイ・デーオが組んで進めていた企画だったそうだけども、両者の製作方針の違いから15年にラケーシュ・ローシャンが企画から離脱。16年に入ってからアビナイ・デーオが企画を再開させて製作されたものなのだそうな。

 話を余計にまぜっ返す間男ランジットを演じるのは、1983年マディヤ・プラデーシュ州チャーハット生まれの、アルノーデイ・シン。祖父はマディヤ・プラデーシュ州の州首相を務めた政治家アルジュン・シンになる。
 本人曰く、米国留学中に見たハリウッド映画「波止場(On the Waterfront)」のマーロン・ブランドの演技に魅せられて役者を志し、ニューヨーク・フィルム・アカデミーに通い演技を習得していく。大学卒業後、オーディション生活ののち08年の米国短編映画「Il Dettaglio」で映画デビューし、09年のヒンディー語映画「Sikandar(シカンダル)」で長編映画デビュー。11年の「Yeh Saali Zindagi」でスクリーン助演男優賞ノミネートする。
 16年のヒンディー語+英語映画「Buddha in a Traffic Jam」を経て、17年の英印合作映画「英国総督 最後の家(Viceroy's House)」で英語映画デビュー。同年には「1971: Beyond Borders」でマラヤーラム語(*5)映画デビューもしている。本作と同じ18年には、ネットフリックス配信映画「平方メートルの恋(Love per Square Foot)」にも出演。

 主人公デーヴを演じるイルファン・カーンは、18年公開作では他にハリウッド映画「Puzzle(困惑)」とヒンディー語映画「Karwaan(キャラバン)」に出演しているものの、撮影当時から神経内分泌腫瘍に苦しめられ、長い間体調に関して公表を避けていたと言うけれど、18年3月末から「外国旅行」と称してロンドンに治療滞在していたそう。
 当然と言えば当然だけども、本作ではそんな状態を微塵も感じさせず、デーヴが社長から贈られる人形のギョロ目を彷彿とさせる飄々とした目力で映画自体を煙に巻くような、のほほんとした自然体オーラを全編に渡って発揮。諦観したような無表情で脅迫メールを出したり、親友を警察に売ったり、トイレにこもったりと、なんとも捉えどころのない都会人のダークさを演じ切ってくれている。
 あとやっぱ、T-シリーズが関わってるだけであって挿入歌が効果的に映画を引き締めてくれていてノリノリになるのがスゴい!

ED Patola (君は美しい)

*全てが終わった後に「その7年前」とのクレジットから始まる、2人の結婚式の様子を描く皮肉たっぷりかつ愛らしいエンディングテーマ。



「ブラックメール」を一言で斬る!
・あのペンギン型のゴミ箱は、インドではホンマどこにでもあるものなのね…(中身を回収するように外と中は分離可能にしたりとかになってないの…?)。

2019.1.12.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 決して「ギャハハ」系の笑いにならないところがミソ?
*3 画面にチェック表が出てくるところがさすが!
*4 西インド マハラーシュトラ州の公用語。
*5 南インド ケーララ州の公用語。