Boat 2024年 125分
主演 ヨーギ・バーブ他
監督/製作/脚本 シンブデーヴァン
“緊急時に最悪な生物は……人間"
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第二次世界大戦中の1943年。連合国イギリスが統治するインドへの、枢軸国日本の爆撃が始まっていた。
6ヶ月間に渡る空襲で、コロンボ、ヴァイザーグ(ヴィシャーカパトナムの略称)、カッキナンディヤヴァダなどの人々は街を追われ政府機関は停止する…。
第1章 バッキンガムの兵士と宿無しの孫
マドラス爆撃の翌日。ベンガル湾の大海原の真ん中にて、ボートに同船するクマランとトーマスは殴り合いを始め、相手を屈服させようとしていた。ついに、トーマスの持つ銃が火を吹いて……
第2章 のろまな奴隷と日本の爆撃
その1日前。
カシメドゥ(現チェンナイにある魚市場地区)の漁師クマランと彼の祖母ムットゥマーリは、結婚式を明後日に控えるクマランの妹アラムに「必ず、弟チョック(本名チョッカリンガム)を連れて結婚式に参列するから」と約束して別れていく。アラムには、チョックが抵抗派として逮捕され勾留中なのを秘密にしながら…。
そのままクマランは、祖母と共に弟が拘留されているサントメ海岸の医療キャンプに赴き弟の保釈を願い出るが、潜伏中のテロリストを探す英国人警官は彼の話を信用しないで平手打ちしてくる。
ちょうどその時、日本軍の戦闘機8機による空襲が始まったとの避難勧告が入り、キャンプの人々はパニックに! インド人警官から、このスキに弟を連れ出せるぞと助言されたクマランは、そのまま祖母と足を怪我している弟を連れてボートでの海上脱出を図るが、この様子を見ていた難民の何人か……ケーララ人作家ラージャ、歯痛に悩むラージャスターン人の金貸しラル、バラモン階級のナラヤナンとラクシュミー父娘、テルグ人妊婦ヴィジャヤーと難病を患う息子マゲーシュ母子、引退した司書ムッタイヤ……もまた、クマランの船で避難しようと集まってきた。だが、クマランが助けたいチョックは足の怪我と警察使用人の妨害によって船に乗ることが叶わないまま、クマランのボートは沖へと進んで行ってしまう…。
第3章 2本のオールの旅と無数の論争
プロモ映像 Petha Thaayum (我が母とこの塩辛い海 (こそが、我々の守護神なり))
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第2次世界大戦中の1943年を舞台に、日本軍によるマドラス爆撃を逃れる様々な背景を持つ避難民たちを乗せたボートの行く末を描く、タミル語(*1)映画。
インドと同日公開で、フランス、アイルランドでも公開されたよう。
予告編に「実話を基にしている」と出てくるけど、映画冒頭に「小説『老人と海(THE OLD MAN AND THE SEA)』、映画『十二人の怒れる男 (12 ANGRY MEN)』からインスパイアされた物語」と表記され、実話云々のクレジットは出てこない。
2007年のデイヴィッド・リンチ監督による短編映画「Boat」など、同名映画や似た名前の映画がいくつかあるものの、全て別物。
劇中で10章に分かれたサブタイトルが出てくる映画構成で、そのサブタイトルで状況を逐一説明する漂流もの映画。漫画家出身のシンブデーヴァンらしい演出と言っていいのかわからないけど(*2)、海上のボートの上でのみ展開する台詞劇、という構造は映画としては野心的だなあ…とは思う(*3)。
そもそも「日本軍のマドラス爆撃を背景にした映画がある」と言う興味で見始めた映画で、チャンドラ・ボースのインパール作戦以前にスリランカ〜南インド〜東インドへの日本軍の攻撃が、インド人に落とした影は如何ばかりか…と言う目線にどうしてもなってしまう時代背景の映画でもある。
まあ、インドの戦争映画の中には、日本人俳優が演じる日本兵キャラクターが出てくる「ラングーン(Rangoon)」、日本軍のマレー半島侵攻に伴う(*4)ベンガル大飢饉の実態を描く「遠い雷鳴(Ashani Sanket)」、日本が占領したこともあるアンダマン諸島の収容所の(日本占領以前の)恐怖を描く「Kala Pani(カーラーパーニー)」などなどの直接・間接に日本軍と関わりのある映画は他にもあるけれど、本作のマドラス爆撃の避難民を主要登場人物にした場合、現代タミル人は戦争をどう描くのだろう…と興味津々になってしまいますわ。
結論から言うと、劇中には戦争シーンはほぼなく、洋上のボートに集まった避難民達達のインド社会の縮図な関係性に注目する映画で、大規模予算がかかりそうな爆撃シーンとかは登場しない。その意味では、戦争がテーマではなく、植民地時代であっても団結できないインドのネガティブな多様性を風刺する物語の側面は強い。
1つの舟の上で、カーストの高低、宗教の違い、インテリ層と労働者層などの境界意識を抱えつつ「生き残るためには、舟の重荷を軽くしないといけない」と言う選択が時間経過とともに残酷に、シャレにならない状況を作り出していく風刺色の強い物語であり、そのお話の展開は漂流サバイバルものの定型をなぞる感じで進行しつつも会話劇中心のため、サバイバル知識とかが活躍することもなく社会風刺が先に立つ教訓的なお話になっているあたりが、映画としての評価が低い原因か。
どこまでもポジティブな主人公クマランを演じたのは、1985年タミル・ナードゥ州ノース・アールカードゥ県(現ティルヴァンナーマライ県)アーラニ生まれのヨーギ・バーブ。
幼少期から、ハヴィダール(*5)の父親についてインド各地を転居し、ジャンムー・カシミール州の冬の州都ジャンムー(現ジャンムー・カシミール連邦直轄領の冬季の主都)の学校で学ぶ。
卒業後、TVのタミル語コメディドラマシリーズ「Lollu Sabha」の助監督として2004年から働き出し、脚本制作を担当。俳優志望として売り込みも開始して、2009年のタミル語映画「Sirithal Rasipen(笑えばいいよ)」「Yogi(ヨーギ)」の端役で映画デビュー。後者で"バーブ"名義でクレジットデビューできたことから、以降その映画タイトルにあやかって"ヨーギ・バーブ"を芸名として採用していく。
タミル語映画界で悪役俳優として活躍する中、2013年の「Pattathu Yaanai(王家の象)」でコメディアンを演じて人気を獲得。以降コメディアンを中心に性格俳優として出演作を大幅に増やしていく。
同年の「チェンナイ・エクスプレス(Chennai Express)」でヒンディー語(*6)映画デビュー。翌2014年の3言語同時公開作「Jai Hind 2 / カンナダ語タイトル Abhimanyu」でテルグ語(*7)、カンナダ語(*8)映画界にもデビューする。2016年の出演作「Aandavan Kattalai(神様の言う通り)」でSIIMA国際南インド映画賞のコメディ演技賞などの映画賞を獲得。日本上映・DVD発売・配信もされている2018年の「僕の名はパリエルム・ペルマール(Pariyerum Perumal)」の演技も大絶賛されて、映画雑誌ヴィカタン・アワードのコメディ演技男優賞を受賞している。
2019年の「Dharmaprabhu(尊きダルマ神)」で主演デビューとなって、以降もコメディアンを中心に予算規模の大小を問わず人気俳優としてタミル語映画界で活躍中。
湧きあがる雲と降り注ぐ太陽光を背景にした洋上の舟、と言う絵面は終始美しく、登場人物達の苦境との反比例具合が皮肉めいてもいて効果的な画面構成。
その中で、舟の中の対立や喧騒、突如同船してくるイギリス人将校との軋轢、食料や老朽化している舟の安全性への危惧などなどが、先の見えない不安として人生訓のように登場人物達を苦しめるとは言え、各登場人物の背景説明が薄いためにその対立具合はそこまで後を引かないものになっている(*9)。
その中で、イギリス人将校トーマスの支配者としての傲慢さに見える植民地化されたインド社会の縮図、その支配者に抵抗するテロリストの潜伏が巻き起こす相互不信が、どんでん返し的なお話の起伏をもたらす中、それでもポジティブに物事に対処しようとしていく主人公クマランの善性によって物語が推進されていく所にインド的精神のあり方を見るべきか。
ま、日本軍の爆撃と英国人警察の追跡を逃れるために漕ぎ出したボートなのに、結局は巡視船のこない12マイル沖を2日漂流しているだけで戻ってくるとか、マドラス爆撃の噂は噂だけだったとか、都合よく出てくるサメや巡視船のエンジン音の恐怖とか、日本軍の巡視船に対して手旗信号と旭日旗見せておけば臨検もされないとか、色々と物語的な「?」部分はてんこ盛り。狭い木製舟に乗る登場人物達の不安が見せる象徴と思っておくしかないエピソードもちらほらと…。やはり、注目しているところはサバイバル映画とか戦争映画とかでなく、印パ闘争以前のインドの多種多様な分裂具合への風刺と、その団結への夢(が砕かれる様)を描きたい映画なんでしょう。その構図に何を見出すかは、観客それぞれの価値観によって色々なんだよ、と言いたげなところも含めて…。
そういや、一瞬出てくるテロリスト所有の「同志達との写真」に写ってる独立闘士が、「インドの仕置人(Indian)」の主人公セーナパティ(*10)って所のサービス精神もビックリ。もう1人のシヴァージー・ガネーシャン演じるラージャンってキャラクターのことも分かってれば二重に「よ! 待ってました!」って合いの手が入れられたのにぃ(*11)。
挿入歌 Thakida Thadhimi
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「Boat」を一言で斬る!
・ベンガル湾に進軍する日本軍は、Uボート持ってた…のか…?(単に『潜水艦』の別称として言ってるだけだろうけど)
2026.4.24.
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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 監督作は、これの前に「Puli(プリ)」見ただけだしぃ。
*3 舞台演劇的、とも言える。
*4 日本進軍地域から遠い場所に影響を及ぼした。
*5 インド軍、パキスタン軍で使われるペルシャ語由来の階級名。軍曹に相当。
*6 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*7 南インド アーンドラ・プラデーシュ州、テランガーナー州の公用語。
*8 南インド カルナータカ州の公用語。
*9 登場人物的には色々深刻な事態だけど…。
*10 演じるは名優カマル・ハーサン!
*11 1954年のシヴァージー・ガネーシャン主演作「Andha Naal(あの日)」の主人公だそうだけど。