チャルラータ (Charulata) 1964年 117分 1880年の英領インド時代のカルカッタ。 お屋敷の奥様チャルラータ(通称チャル)は、裕福で幸福な暮らしの中、常に孤独でもあった。自宅で私設の新聞社を経営する夫ブポティ・ダッタは、仕事にかまけてチャルラータの事は眼中になし。読書好きな彼女が話しかけても話題はすれ違い、仕事の話か、愛する妻への賛辞か、政治批判に終始する。 そんな中、ブポティの従弟で作家志望の学生アマルがやって来る。 仕事や社会情勢などの話題を嫌い、文学や芸術など"新しい人々"に関心のあるアマルの言動は、チャルラータの心をくすぐり、普段は抑制していた彼女の創作欲を刺激する。夫ブパティや兄夫婦ウマボドとモンダたちが2人の文学話にはついて来れない中で、チャルラータとアマルの距離はどんどん縮まっていく…。 挿入歌 Fule Fule Dhole Dhole ベンガル文学を代表するノーベル文学者、ラビンドラナート・タゴールの短編小説「Nastanirh(毀れた巣)」を原作とする、サタジット・レイ12本目の監督作となるベンガル語(*1)映画。英題は「The Lonely Wife(孤独な妻)」。協賛で英国のマーチャント・アンド・アイヴォリー・ファウンデーション Ltdが参加している。 あなたの最高傑作はなにか? と問われたレイ監督が、「どれもこれも欠点だらけで不満足」と前置きした上で「しいて言えば」と上げたのが本作だったと言う。 日本では1975年に一般公開。2015年には、サタジット・レイ監督デビュー60周年記念「シーズン・オブ・レイ」でデジタルリマスター版が上映された。 冒頭、自室で夫のハンカチに刺繍(後半大きな意味を持つモチーフ!)をしていたチャルラータが、外の音に興味を惹かれて双眼鏡でそっと覗き見る、その所作のなんと美しい事よ。 舞台演劇で鍛えたマドビ・ムカージーの所作が美しいのか、白黒画面構成の上品さがそうさせるのか。富豪レベルの生活様式の中で自分を律して生活するチャルラータの鬱屈した心の内が、なんとなく平安貴族の女性作家のよう。 平安貴族の女性たちは、宮中の仕事の合間を見つけてその知識を文筆活動に投入していったわけだけど、それと似ているようで対極にいるような、ボードロロク(*2)に属するチャルラータは、自身の知的欲求や創作欲を認めてくれる相手を見つけられず、生活の全てが屋敷内で完結し、周囲からは完璧な淑女である事のみを要求されている。時々、夫を試すように小説や孤独な生活の話題を投げかけるものの、夫も義姉もそんな彼女の知識量やその欲求には気づいてくれない。そこに現れた芸術肌の文学青年アマルとの機智あふれる会話の数々、詩や小説の批評しあい、双方の文才の共鳴具合を通して、チャルラータに訪れた喜びと、生活の充実感、自己肯定感が表現されていく。そこに描かれる台詞、沈黙、辺りの人の動きを伺う目線、言葉にならない言葉…。そうしたチャルラータのその時々を彩る感情の渦をゆるやかに、多層的に、抑制的に、人の中に眠る創造力の発露具合と、そこで起こる人と人の関係性の浮き沈みが表現されていく。 前半はあまりにも繊細に、淡々と、ゆるやかにその発露具合が描かれていくので、若干眠気との戦いになっては来るものの、作家気取りだと思っていたアマルが、実際に作家デビューした事を知ったチャルラータの感情の爆発、その上での文筆家でもある夫への気遣いに揺れる彼女の感情の渦の映像的ダイナミズムはスゴい!! 一人の女性が、自身の中に眠る欲求を発現して行く様、そこで起こる社会的・家庭的な諸問題…と、お話のテーマ自体はそんな目新しいもんではないものの(*3)、その感情の揺れ動きや人の"創造する力"の発揮具合を映像で描く映画力は見事。 主人公チャルラータ演じるマドビ・ムカージー(*4)は、1942年英領インドのカルカッタ(現コルカタ)生まれ。 幼い頃から舞台演劇に熱中し、数々の演劇に参加。50年から子役として「Kankantala Light Railway」などで映画出演した後、60年の「Baishey Shravana(結婚の日)」で本格的に映画デビュー。 同時期にサタジット・レイと知り合い、「ビッグ・シティ(Mahanagar)」の脚本を読み聞かされて「私の知る、最初の女性主導の脚本だった」事に驚き、その主役を見事に演じ切って大絶賛される。その翌年公開となる本作は、サタジット・レイの代表作であると同時に、マドビ・ムカージー自身の代表作となるほど、ベンガル語映画界に多大な影響を与え、後世まで語り継がれるほどの名女優としての地位を獲得。現在もなお活躍中である。 後に男優ニルマール・クマールと結婚し娘2人を産むもほどなく離婚。サタジット・レイとの関係も色々取りざたされていたらしい。 チャルラータ周辺の小道具や屋敷の様々な装飾品の美しさ、白黒画面による陰影の美しさ、ベンガル語やベンガル文字で編み出される詩や文章の流麗さ、その時代にしか描けなかいであろう映像の静謐さと、その中で渦巻く感情の波、人の中でくすぶり続ける自我と反発と創造性の輝き。静と動のからみつく映像の力強さを見せつけられる一本。さらに、ラストは(映像的に)衝撃度大!! 刮目して見よ!! 挿入歌 Ami Chini Go Chini
受賞歴
「チャルラータ」を一言で斬る! ・私設新聞の編集長が『人間は、毎日7時間眠らなければ』って言ってるよ! ワタスもそんな生活してみたーい!!
2015.10.31. |
*1 インド北東部 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。 *2 英領インド時代に現れた、中・上流クラスの新しいベンガル紳士階層。 *3 まあ、そりゃ半世紀も前の映画だしね。 *4 生誕名マドゥリ・ムカージー。 |