インド映画夜話

ディル・ベチャーラ (Dil Bechara) 2020年 101分
主演 スシャント・シン・ラージプート & サンジュナー・サーンギー
監督/キャスティング ムケーシュ・チャーブラー
"愛と眠りは似てる…ゆっくりと始まり、ストンと落ちてしまう"




 「昔々、王子様とお姫様がいました」
 よく祖母から聞かされた、皆が憧れる恋愛話の出だしだ。誰もが、まだ見ぬ一目惚れから始まる恋を夢に見る。そして最後はハッピーエンド……そう、そんな真実とは程遠いお話を。

 ジャールカンド州南東部の都市ジャムシェードプルに住むキジー・バスは、甲状腺癌を患っていて、片時も吸入器を手放せない。心配する母親は常にキジーの行動を監視してくるし、大学でも普通に笑ったり泣いたり恋したりなんて生活は手に入らない。そんな彼女の唯一の夢は、失踪したという大好きな歌手アビマニュ・ヴィールを探し出して直接質問をぶつけること…。
 退屈な毎日を過ごしていたキジーだったが、ある日同じ大学に通うマニー(本名イマニュエル・ラージクマール・ジュニア)と知り合う。彼は、骨肉腫で足を失っていたものの「ヒーローになりたい」という夢を叶えるため、義足を装備してダンスやスポーツに打ち込み、緑内障で片目を失った友人JP(本名ジャグデーシュ・パーンデーイ)と共に憧れのラジニカーント映画のような自主映画を取りたいと計画していた。
 マニーに触発されて、彼らの映画作りに参加することで刺激的な毎日を過ごすようになるキジーに、ある日マニーは「君の憧れのアビマニュ・ビールから返事がきた!」と驚きのニュースを知らせてくる…!!


挿入歌 Taare Ginn (すべての星を数えましょう)


 タイトルは、ヒンディー語(*1)で「やるせない心」。
 米国人小説家ジョン・グリーン著の2012年の小説「さよならを待つふたりのために(The Fault in Our Stars)」と、そのハリウッド映画化作品「きっと、星のせいじゃない(The Fault in Our Stars)」の、ボリウッド・リメイク作。

 主演のスシャント・シン・ラージプートが、本作公開前に自殺してしまい彼の遺作となってしまった映画で、映画自体も、この衝撃ニュースとコロナ禍によって公開目処が立たなくなりネット配信で初公開となった。映画冒頭には、スシャント・シン・ラージプートの言葉と共に彼の在りし日の姿が捧げられている。
 日本では、2021年にJAIHOにて配信。2022年にはCS放送された。

 ま、全体としてはなんてことない恋愛映画のそれで、ハリウッド原作というのがわかるほどにはオシャレ度が高いデートムービーになっている佳作。
 難病持ちの恋人たちが経験する様々な人生の蹉跌を通しての人間讃歌は美しく、かつインドの生活文化に合わせて脚色された点も興味深い。ただ、どーしても見る側としてはスシャント・シン・ラージプート最期の出演作と言う衝撃が先に立ってしまうため、元気に動き回るスシャント演じるマニーに目が行ってしまって、1本の映画として見られない悲しさを背負ったように見えてしまうのが、メタ的な哀しさを引き立ててもう。そんな背景は気にしないで見て楽しむべきことなんだけどね…。

 そのスシャント共に主演を務めたキジー役のサンジュナー・サーンギーは、1996年デリー生まれ。
 報道とマスコミ学を修了しつつ、学生時代にステージパフォーマンスで活躍。14才の頃に通っていた女子校で、ヒンディー語映画「ロックスター(Rockstar)」の撮影が行われていたのが縁となって、彼女の評判を聞いた本作監督ムケーシュ・チャーブラーに見出されてヒロインの妹役で映画出演して女優デビュー。16年の出演作「あの時にもう一度(Baar Baar Dekho)」から女優として本格的に活動を開始し、本作で初主演を務める。以降、ヒンディー語映画界を中心に女優兼モデルとして活躍中。

 監督を務めたムケーシュ・チャーブラーは、1980年マハラーシュトラ州都ボンベイ(現ムンバイ)生まれ。
 西デリーのマヤプリで育ち、大学卒業後にシュリー・ラーム舞台芸術センターで演技を特訓。国立演劇学校所属のTIE(*2)に勤務する。その間の97年から、キャスティング・アシスタントとして映画界入りしている。
 06年のヒンディー語映画「黄色に塗りつぶせ(Rang De Basanti)」で俳優デビューしつつ、07年の出演作「Amal」からキャスティングディレクターに就任し、続く09年の「Chintu Ji」からは自身で設立したキャスティング会社で活躍。彼の独特な選抜方法によって、イルファン・カーンやラージクマール・ラーオと言った新進気鋭の俳優が映画界で活躍の場を広げていくこととなった。13年の「Mastram」でプロデューサー補に就任して映画・短編映画・TVシリーズで俳優兼プロデューサー補兼キャスティングディレクターとして活躍。本作で監督デビューとなった。

 様々な才能を発掘するキャスティングディレクターの初監督作に選ばれた知ってから見返すと、主演のスシャント&サンジュナーをはじめ出演者たちの演技の闊達さも色々と読み解きができそうな元気の良さ。キジーの両親を演じたシャーシュワト・チャテルジーとスワスティカ・ムケルジーと言うベンガル人名優の、娘を思うが故に複雑な感情に翻弄されていく演技も美しい。ゲスト出演扱いのトップスター サイーフ・アリ・カーンなんかは、自身の主演作に近いキ○ガイ系天才キャラで登場してきて、ボリウッドにおけるスター優先キャスティングを当てこすってる感も…あり?(*3)

 原作では、ヒロインが探し求めていたのは愛読書を書いた「小説家」だったのに対し、本作では自分の人生を受け入れた上で感銘を受けた歌を書いた「作詞家」になっている所は、インド的要素が爆誕してるような点か。
 唐突な小説のラストの展開に不満を持っていたアメリカの物語が、インドに舞台を変えると歌に慰みを見出し、歌に人生の彩りを感じ、歌によって明日生きる糧を得るインド的(アジア的?)歌文化が生活に根ざしている、その力強さを確認するような展開。もちろん、語りや文章による物語文化そのものも盛んなインドにあって「小説」を軸にすることも可能だっただろうけど、「歌」という刹那的でありつついつまでも残り続けるその表現媒体としての強さ、存在感、日常生活に溶け込んでいる豊かさの根元がなんであるのかを詩的に、麗しく見せつける文化の積み重ねが、哀しさをにじませる恋愛模様・人生模様と共鳴していくかのよう。
 ま、A・R・ラフマーンを起用したんだから「歌に重要要素をぶち込むべきだろ、ラフマーン音楽の映画でもあるんだから!」って事だったりする可能性もどでかいんですけど。うん。歌に人生を見出すインド人が、慰めに口ずさむ言葉の響きには「やるせない」その心情が込められてるもんなんですかねえ……と、無責任な外国人視点で閉めてみる。

挿入歌 Khulke Jeene Ka (精いっぱい生きる術を [教えてあげよう])


受賞歴
2020 FOI Online Awards オリジナル歌曲賞(Main Tumhara / A・R・ラフマーン & アミターブ・バッタチャルヤー & ジョニーター・ガンディー & リディ・ガッターニー)
2021 Filmfare Awards 振付賞(ファラー・カーン / Dil Bechara)
2021 Dada Saheb Phalke Film Festival 批評家選出主演男優賞(スシャント・シン・ラージプート)


「ディル・ベチャーラ」を一言で斬る!
・インドの男子は、チャラいくせにあんなに口説き文句がぶっきらぼうでええのんか。チャラくできないボクにはとんとわからんですよ。

2022.5.27.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界を俗にボリウッドと呼ぶ。
*2 シアター・イン・エデュケーション社の略。
*3 原作と元映画にも登場するキャラですけど。