インド映画夜話

Disco Dancer 1982年 135分
主演 ミトゥン・チャクラボルティ & キム(・ヤシュパール)
監督/製作 B・スバーシュ
"太陽と月の昇る限り、息子は歌い続け、世界が彼に合わせて踊るでしょう"




 幼い頃のアニルは、亡き父の仕事仲間だったラジューおじさんと一緒に、ボンベイ(現ムンバイ)のストリートで歌っている少年だった。
 おじさんが故郷へ帰った後、譲り受けたギター片手に母親と路上で歌って生活していたアニルだったが、近所の金持ちの娘リタに請われてお屋敷で歌っていた所、それに激怒したリタの父親P・N・オベロイに濡れ衣を着せられて母親を投獄され、釈放された母親共々"犯罪者の母子"と近所中に罵られて住む家を追われてしまう…。

 18年後。
 アニルは、ゴアの売れない楽団の歌手兼ダンサーとして細々と活動していた。
 ある夜、大スター サム(本名サミー・オベロイ。P・N・オベロイの息子)のマネージャー ディヴィッド・ブラウンにその技術を見出されて、今の地位に胡坐をかく自己中心的なサムに変わる、明日の大スター "ジミー"としてメジャーデビューする事に!
 ディヴィッドのサムへの宣戦布告はオベロイ一家を激怒させるも、ボンベイでのデビューイベントは大成功。一躍新人スター ジミーは有名人となるが、オベロイ家は彼を目の敵にして彼とその周囲への陰謀をめぐらしてくる。そして、ボンベイ市長の娘の誕生日にて、オベロイ一家はジミーこそかつて自分たちが投獄した貧乏なストリートシンガーの子供である事を知る事に…!!


挿入歌 Jimmy Jimmy Jimmy Aaja (ジミー、来て)

*07年に、イギリスのスリランカ系ミュージシャンM.I.A.が自身のアルバム「Kala」のなかでこの歌の再録版を発表している他、08年のアメリカ映画「エージェント・ゾーハン(You Don't Mess with the Zohan)」でも挿入歌で使われている。
 カバーバージョンとしては、98年にロシアのテクノグループ"Ruki Vver"の「Jimmy」、ロシア人アーティストDJスローン&エンジェル-Aの「Jimmy Jimmy」、さらにチベット人アーティスト ケルサン・メトクのカバーも作られ、中国でも「吉米,来巴(口編に巴)」として有名(お教え頂きまして、ありがとうございます!)。その他数々のアーティストによるリミックスバージョンが作られているそうな。
 ネットの英語情報だと、日本でも大ヒットしたと書いてある曲なんだけど…ウーム。


 80年代の大ヒット・ボリウッド映画(*1)の1つ。
 インドのみならず、南〜中央〜東南アジア、アフリカ各国、トルコやソ連でも大ヒットを記録し、インド映画史上初めて興行収入100カロール(=10億ルピー)を越えた映画となった。

 ソ連で公開されたインド映画の中でも最も観客を集めた映画となり、インドと中国ではサウンドトラックも大ヒット。
 1984年にはテルグ語(*2)リメイク作「Disco King(ディスコ・キング)」が、1985年にはタミル語(*3)版リメイク作「Paadum Vaanambaadi(ヒバリよ歌え)」が公開されている。

 主演のミトゥン・チャクラボルティの人気を一躍不動のものとしてアジア全域(日本除く)にその知名度を広めた映画であり、70年代ディスコソングブームのインドにおける到達点のような映画。
 絶大な才能を持つ貧困層出身の主人公、富裕層からの日常的な抑圧、母性の守護によるサクセスストーリー、父性との対立、さらには音楽というものが日常の中で如何に力を持つかを歌い上げるインド文化礼賛も含めて、なんとなくのちの「ガリーボーイ(Gully Boy)」と比較して見たくなる衝動にかられる映画でもあるか。
 相変わらず、インドの芸能界サクセスストーリーは主人公の技術的挫折が全くなく、ライバルのようなキャラもほぼいない。主人公の夢を阻むのは金にモノを言わせた富裕層の差別であり、無見識であり、周囲の人々を巻き込んだ社会的抑圧となるのも、共通してる?
 その辺を強調するためか、全部で7曲入る挿入歌のうち、一番インド音楽的な作りの「Goron Ki Na Kaalon Ki (色黒だろうと色白だろうと)」が映画冒頭で流され、後半にも何度もそのメッセージ性を歌い上げていく辺り、インド礼賛、ヒンディー語礼賛も含めたテーマを浮かび上がらせる、単純なディスコブーム万歳映画にならない意図的な構成が意識されてる感じ。

 音楽史についてはよく知らん部分も多いので、詳しい時代性なんかはそれ系に詳しい人に聞きたい所ですが、80年代初頭公開の映画に漂う濃密な70年代臭も、インドの当時の時代性の現れってやつなのかどうなのか(*4)。
 思いっきりなパクリ(一部フレーズ)ソング的な「Auva Auva (アワ・アワ)」を嫌味な富裕層スターに歌わせているのも一興で、そのすぐ後の主人公がその才能を認められるシーンの登場時には実際の人気ディスコソングだった「Cerrone's Paradise」をそのまま使ってミトゥンに踊らせているという対立構造もニクい演出。まあ、振付やファッション、リズム感なんか80年代初頭だと「カッコいい」がこうなってるのか…って妙な感慨もありますけども(*5)。
 特に驚くのは、主役ミトゥンとプロデューサー役で出演しているオーム・プリの細さで、見た目だけでいえば今のマノージュ・バージパーイっぽいのに、芝居の凄みは後のオーム・プリそのものなオーラをこの時点で発揮してるんだから、オソロシい。

 わがままなお嬢様ヒロイン リタ・オベロイを演じたのは、80年代に活躍したモデル兼女優のキム(・ヤシュパール。生誕名サティヤキム・ヤシュパール)。父親は航空機エンジニアで、母親はウェールズ人の印英ハーフでベイルート育ち。
 モデルとして活躍していた中で、いくつかの映画企画をオファーされながらどれも実現せず、ようやく1979年にヒンディー語映画「Pehredaar」で映画デビューしたそうだけども、この映画は現存せず(*6)。本作で主演デビューして一気に人気女優に。本作主演のミトゥン・チャクラボルティや男優ダニー・デンゾンパとの関係が取りざたされたりしていたものの、93年の「Bulund」を最後に女優引退(*7)。その後、公の場からは遠ざかり、ダンス講師や子供と動物のための慈善活動をしているとか。

 肝となるディスコソングを作る音楽コンポーザーを務めたのは、1952年西ベンガル州ジャルパーイーグリー(*8)のベンガル・ブラーミン家系に生まれたバッピ・ラヒリ(生誕名オロケシュ・オパレシュ・ラヒリ)。両親ともにベンガルの古典音楽歌手で、親戚にやはり歌手のキショーレ・クマールもいる。
 3才頃から両親の指導でタブラを学び、少年時代にはプレスリーに大きな影響を受けていたと言う。69年のベンガル語(*9)映画「Dadu」の挿入歌作曲を担当して映画界入り。19才でボンベイ(現マハラーシュトラ州都ムンバイ)に移住後、ヒンディー語映画「Nanha Shikari」で全楽曲構成を担当。74年の「Badhti Ka Naam Dadhi(成長するは顎髭)」では男優デビューもしていて、音楽監督を務めた75年の「Zakhmee」で一気に知名度を高めて人気音楽監督の仲間入りを果たす。以降、ヒンディー語映画を中心に各言語圏のインド映画で音楽監督を務め、1984年の「Sharaabi(呑んだくれ)」で、フィルムフェア音楽監督賞を獲得。86年には、33作の映画で180曲もの楽曲を制作したと言う世界記録を樹立してギネス登録されてもいる。2014年にはインド人民党に加わって政治活動を始め、選挙に立候補もしていた(ものの落選)。
 2022年、ムンバイにて閉塞性睡眠時無呼吸症から併発した肺感染症で物故される。享年69歳。

 監督を務めたB・スバーシュ(生誕名スバーシュ・バッバル)は、1945年英領インドのニューデリー生まれ。
 78年に「Apna Khoon」で監督デビューし、本作が3作目の監督作にしてプロデューサーデビュー作。以降もミトゥン主演作や音楽映画でヒット作を監督し続けて行く。84年の「Kasam Paida Karne Wale Ki(父に誓って)」からは自身の監督作の原案・脚本も担当。ノンクレジットで85年の監督作「Adventures of Tarzan(ターザンの冒険)」、87年の監督作「Dance Dance(ダンス・ダンス)」に端役出演もしている。

 ディスコ映画として、数々のディスコソングをアピールする音楽映画としてミュージカルシーンの舞台・衣裳の本格さ、70年代〜80年代へと変わって行く途中のファッションは今見ると「へえ」くらいな奇妙さと「どっかで見たような」という既視感を味合わせてくれる。
 社会的抑圧と対峙しそれを跳ね返す怒れる青年主人公を演じるミトゥンのギラギラ感も、映画とシンクロしてどこを撮っても絵になる存在感。憂いや迷いといった目の表情も強い。後の太いミトゥンもカッコええけど、アイドル然とした本作の細いミトゥンもやはり強いですネ。
 まあ、その主人公の正体に気づいてコロッと態度豹変させるヒロインは「え?」って感じではありますけども。



Yaad Aa Raha Hai (覚えているよ…あなたの愛を)

*当時珍しかった、エレクトロニック・ディスコソングとして有名になった歌。歌を担当した歌手バッピ・ラヒリの代表曲の1つ!
 劇中、ギター持って出てくる主人公はギター弾いてない曲よ、ね…。




「DD」を一言で斬る!
・国際音楽イベントに招待された、アフリカとパリから招待されたディスコキング&クイーンって結局誰やねん。

2023.5.28.

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*1 北インドのヒンディー語で作られる娯楽映画を指す俗称。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*4 というか、ステージ衣裳とかはさらに前のプレスリー的にも見えてまう…。
*5 個人的には、特に音楽はすごーくゆっくりしたテンポに聞こえてしまうもので…。
*6 ベンガル語吹替版「Prohari」は現存。
*7 同年公開作「Chandra Mukhi(チャンドラ・ムキ)」の挿入歌シーンにも出演してたものの、出演シーン全カットされてしまう。
*8 またはカルカッタとも。
*9 西ベンガル州とトリプラ州、アッサム州、アンダマン・ニコバル諸島の公用語。