ヨイショ! 君と走る日 (Dum Laga ke Haisha) 2015年 101分 1995年、北インド ウッタル・プラデーシュ州(現ウッタラーカンド州)ハリドワール。 この街で小さなカセットテープ店を営む家の息子プレーム・プラカーシュ・ティワーリーは、口うるさい父親に頭が上がらず、10年生進級試験には失敗。落ち込む中で、大好きな歌手クマール・サーヌーの歌のオリジナルカセット集を作る事が唯一の心の慰めである…。 その日、突然父親命令で見合いする事になったプレームは、その席に出てきた教員免許を持つサンディヤー・ヴェルマとあれよあれよと言う間に街の合同結婚式で結婚する事になってしまった。 「なんで結婚なんかしなきゃいけないんだ! 自分の人生は自分で決めたいし、自分の結婚相手くらい理想の人を探し当ててからにしたいのに!!」 大学進学もままならず、街を出て自分の好きに生きていこうと言う夢を断たれたプレームは、あまりにもおデブなサンディヤーにも不満たらたら。なんとかティワーリー家に馴染もうとするサンディヤーの方も、初夜から夫プレームには無視され夫家族からは余所者扱いされて不安の中、彼女の苦労に見向きもしないプレームは、さっさと街の青年会に行ってしまう…。 挿入歌 Sunder Susheel (僕たちは美しい人を [控えめな人を、特別な人を探す]) 原題は、ヒンディー語(*1)で「君の全力を捧げよ」。日本語タイトルの「ヨイショ!」と同じようなかけ声の意。 そこまで製作予算がおりていない映画ながら、予想を越えてのロングランになった、ちょっと頑固で微笑ましい普通の庶民が織り成す、見合い結婚から始まる日常ドラマ映画。プロット自体は2007年に出来上がっていたと言う本作は、ボリウッド初のハリドワール&リシケーシュロケ映画となったと言う。 日本では、2015年のIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて監督来日の上で上映。 俳優の他、歌手やDJなどで活躍する若手芸人の有望株アユーシュマーン主演作と言う事で、これまでのようなオシャレ映画かと思ったらさにあらず。90年代ノスタルジーに彩られた、地方都市で展開する夫婦のすれ違い、それぞれに抱えたコンプレックスの克服と、お互いの家族の前でも人それぞれに嘘をつき通す自己表現のつたなさを描いた、感情の機微の美しい佳作でありました。 インドでは未だに主流と言う見合い結婚、CDの登場により駆逐され始めるカセットテープ屋、衣裳風俗、青年会と言う街の男たちで結束される社会運動…と言う、一昔前のような、現代も変わりなく続くような庶民生活の中で、丹念に描かれる夫婦と家族のすれ違いと相互理解によって家族が形成されて行く様が微笑ましい。 監督を務めたシャラト・カターリヤーは、1978年ニューデリー生まれ。 03年のラジャット・カプール監督作「Raghu Romeo」で助監督兼作詞、04年公開「Rok Sako To Rok Lo(止められるなら、止めてみろ)」で助監督として映画界入り(*2)。06年の「Mixed Doubles」で作詞兼楽曲構成を、07年の「Bheja Fry(唐揚げ頭)」で台詞兼端役出演、09年の「Fruit & Nut」で脚本を担当。短編映画製作を経て10年に、シェークスピアの「真夏の夜の夢」の翻案もの「10ml LOVE」で監督デビュー。本作で監督作2本目となる。 ヒロインのサンディヤーを演じたブーミー・ペードネーカルは、ヤシュラジ・フィルムズ社員で配役助手をしていた人で、監督曰く、オーディション時に役者たちに指示出ししたり演技指導していた時の姿が目にとまっての大抜擢になったそうな。役作りのために15〜20kgの体重増、ダンスの猛特訓(*3)の末の出演とは思えない、地に足の着いた落ち着いた可愛らしい演技で、映画の魅力のほとんどを支えておりました。 本作後は、TVドラマ「Man's World」にも出演しているとか。 「見合い結婚の方が、恋愛結婚より離婚しにくい」と言う人がいる。 これはインドで特に言われてるみたいだけど、日本でもそう言う話はある。曰く、恋愛結婚は結婚の時点で両者の幸福度が頂点にあるため、あとは落ち込むだけ落ち込んで「こんなはずじゃなかった」と言う場面に多く出くわす。対し、見合い結婚の場合は両者の妥協から結婚生活が始まるため、そこから恋愛が始まり、長い年月をかけてお互いを理解しようと勤めやすいと言う事である。 たしかに、と思える視点ではあるし「恋愛と結婚は別」と言う話と合わせて聞いちゃえば、お互いを理解したつもりで理解できなかった…となった時の落胆度は計り知れないだろうし、一緒に生活して初めてお互いを理解しようとして行くならば、先入観がない分馴染んで行きやすいかもしれないなあ…とは納得してしまう。 インドで強固に見合い結婚が推進されて行くのはお家事情による所もあるけども、そう言う夫婦生活の障害に対する「離婚したら人生(&家族)も終わり」と言う恐怖感故の安全策であろうし、それがために多くの人が架空のお話の中で「恋愛結婚の素晴らしさ」を求める姿勢へとつながって行くのでしょうなあ。 結婚してない私からは、その辺の話は難しすぎて口を挟めるこっちゃないけれど、本作のような映画では、見合いも恋愛も、結婚してからが大変でとんでもなくて、それぞれの人がそれぞれの関係性の中で四苦八苦する様は、面白いもんだネ…なんて無責任に楽しんでしまいますわ。 より面白いのは、この映画見たあとに周りの男性客から「主人公がクソ過ぎ」「あんないい女性と結婚して、なにが不満なんだ」とのお怒りをよく聞く事。女性からは、主人公へのダメ出し以上に、新婚夫婦の起こすドタバタ生活の面白さを感想としてよく聞くのに、まわりの男性客からは一貫してアユーシュマーン演じるプレームの文句ばかりでありました。いやホント、あんな前向きで自己主張があって頭も良くて生活力もある人を前にして、「自分のタイプじゃないから愛せない」とか勝手なこと言ってんじゃねーキー!!(←男性客ユーリさんの感想) 挿入歌 Dum Laga Ke Haisha (ヨイショ!) *超ネタバレ注意な、本作の見所シーン!
受賞歴
「ヨイショ!」を一言で斬る! ・ラストの"奥さんを背負って障害物競争に勝とうレース"、障害物の配置が夫婦を本気で潰しにかかってる気が…(あそこでコケたら、夫婦共々再起不能になりそうで!!)。
2016.4.29. |
*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界を、俗にボリウッドと言う。 *2 仕事しては「Rok Sako To Rok Lo」の方が先だったらしい。 *3 監督自身が、ティーチインで「ひどいもんだったw」と言ってました。 |