ディル・セ 心から (Dil Se..) 1998年 158分 ドイツ語予告編 北東インドのアッサム州。 国営ラジオ局編成ディレクターのアマル(本名アマルカンド・バルマー)は、取材旅行中に雨降る深夜のハフロン駅に到着。そこに突然現れた美しい女性に一目惚れしたものの、彼女は名前も告げずアマルを置いて去って行く…。 その後、アッサム州の分離派ゲリラ取材を続けるアマルは、偶然に街中で先日の美女と再会。なにかと彼女につきまとい、彼女の家にまで押し掛けるアマルだったが、そのために彼女の兄と名乗る男たちに取り囲まれリンチの上に山中に捨てられてしまう。 なんとか同僚に助けられたアマルは、なおも取材と称してあの人…メグナと名乗った女性を追ってジャンムー・カシミール州ラダックへ出発。再度彼女と対面を果たし、バス事故のために徒歩で砂漠越えする中で、メグナとの距離を縮めて行けたと思っていたのだが、ある朝、彼女は忽然と姿を消してしまう…そこにはただ、砂上に記された別れの言葉があるのみ…。 "人と人は、砂に書かれた名前のよう。一陣の風で、消え去るが如く" 傷心のアマルはそのままデリーへと戻るが、親が勧める見合い結婚の話に翻弄される日々の中で、かつてメグナの兄と名乗った男をデリーの街中で見つけて驚く。彼を追いかけるアマルだったが、男は逃走の末に警察たちに補導されると、その人々の前でいきなり服毒自殺してしまう!! おりしも、デリーでは独立50周年を祝う軍事パレードの日が近づいていて、その裏でメグナをめぐる不穏な動きが…。 OP Chaiyya Chaiyya (行け、影の中に) *メインで踊ってるのは、主役アマン役のシャー・ルク・カーンと、ゲスト出演のトップ・ダンサー女優マライカー・アローラ!! この山中を駆ける汽車の上でのダンスシーンは世界中に衝撃を与え、後に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でオマージュされた他、「インサイドマン」でも楽曲使用されている。 92年の「ロージャー(Roja)」、95年の「ボンベイ(Bombay)」に続く、マニ・ラトナム監督のテロリズムをテーマにした社会派サスペンス映画にして、初のヒンディー語(*1)映画。監督作としては15作目に当たる。企画時のタイトルは「Ladakh - Ek Prem Kahani」。本作は、後のボリウッドスターの1人となるプリティ・ズィンダーの映画デビュー作ともなった。 日本では、2000年に一般公開し、VHS発売されていました。 インドの経済成長に伴って、インド映画界の映像機器の進化が始まったのが90年代末期。その進化の最初のきっかけとなったのが本作公開前後。特に本作は、インドではそれなりの興行収入で終わリながら、海外(特にイギリス)で大ヒットし、ヨーロッパにおけるボリウッド人気の発火点ともなる(*2)。 撮影は、実際の独立50周年記念軍事パレードをロケしたのを始め、カシミールやアッサム地方へのロケハンが組まれた他、ヒマーチャル・プラデーシュ州やケーララ州、ブータンなどで全55日間の撮影がなされたと言う。 ヒロイン メグナを演じたマニーシャー・コイララは、1970年ネパールはカトマンズ生まれの女優。祖父ビシュワーシュワル・プラサード・コイララは元ネパール首相、父プラカーシュ・コイララも閣僚を務めたネパールの政治家一族の中で育つ。兄に俳優のシッダールタ・コイララがいる。 バラナシやニューデリーの学校に通い、医者を志望していたもののモデル業を始めたのをきっかけに映画界入り。1989年のネパール映画「Pheri Bhetaula(僕らはもう一度会うべきだ)」で映画デビュー。91年のヒンディー語映画「Saudagar」でボリウッドデビューとなる。以降、ヒンディー語映画界を中心に活躍し、94年にはヒンディー語+テルグ語映画「Criminal」に、95年にはマニ・ラトナム監督のタミル語映画「ボンベイ(Bombay)」に出演。「ボンベイ」ではフィルムフェア批評家選出主演女優賞とフィルムフェア・サウスのタミル語映画主演女優賞を初獲得。96年には、サンジャイ・リーラー・バンサーリー初監督作「Khamoshi: The Musical(静寂)」で再度フィルムフェア批評家選出主演女優賞とスクリーン・ウィークリー主演女優賞を、02年には「Company(カンパニー)」でもフィルムフェア批評家選出主演女優賞を受賞している。また、08年には「Khela(ゲーム)」でベンガル語映画に、10年には「Elektra(エレクトラ)」でマラヤーラム語映画にも出演。 99年にUNFPA(国連人口基金)親善大使に任命され、女性の権利拡大(*3)を求める社会福祉活動に参加。10年にフェイスブック上で知り合ったネパール人ビジネスマンと結婚するも12年に離婚。同年に卵巣ガンである事を報じられるも米国で摘出手術を受け成功し、翌13年に癌治療のために闘病中の人々への応援活動を進めたいとインタビューに答えたと言う。 マニーシャー演じるメグナの初登場シーンは、それだけで後々まで語り伝えられるに足る幻想的で印象的な画面作り。シャールクの一人語りのテンポ、雨の降り注ぐ音、風のうなるタイミング、マニ・ラトナムお得意の電車モチーフとまさにマニーシャーを印象づけるための仕掛けの数々が絶妙に構成されていて、何度見てもため息が出てきまする。そこにかかる「これじゃあ、世界一短い恋物語だ…」と言う独白と、それに続く伝説的オープニングナンバー"Chaiyya Chaiyya(行け、影の中を)"。全てが完璧!! そりゃ、ラース・フォン・トリアーでなくともマネしたくなるっちゅーねん!! "Chaiyya Chaiyya"にしろ"Dil Se Re (心から…)"にしろ、映画内にミュージカルを入れるのに否定的だと言うマニ・ラトナム演出の、無駄なミュージカルを否定するが故の完璧な映像美、映画内とシンクロする見事な心象表現、ただのソングプロモに堕す事なしに映画本編と調和させる高度な演出術は必見。これを見ないで映画演出なんて語れないよ! 監督自身がミュージカル否定派でありながら、毎回監督作に見事なミュージカルシーンを入れてくるその手腕・演出意図・撮影技法と段取りは"映画とは?""映画演出とは?""監督とは?"を考える上でのいい教材ですな(*4)。 劇中の主な舞台はインド北東部のアッサム、インド最北のカシミール、そしてインド連邦の首都デリー。 このうち、アッサムは古くからインド、中国、ミャンマーとの紛争地帯であり、州内でも様々な紛争の火種を抱える地域(*5)。カシミールは言わずと知れた印パ中の国境紛争地。どちらも首都デリーから遥か遠い辺境部であるが故に、文化・言語・歴史・生活インフラの普及率などが中央部とは全く違う環境を強いられていて、独立派ゲリラとそれを鎮圧するインド軍の活動も活発。 一口にインドと言っても辺境部で暮らす人々のアイデンティティや所属コミュニティの揺らぎ、中央からなにも支援されない混沌とした生活環境で起こる数々の悲劇…。映画後半、メグナの回想で語られる壮絶なアッサムの現状が、解決不能なテロの連鎖を生んで行く様を見せつけていく。その復讐の連鎖が、平和を享受するデリーのすぐ隣に存在すると言うテロリズムの現実。辺境の混沌と悲劇の上に成立するのが、一部の人々が享受する平和であると言う事実。それに対処する術を人々が持っているのかと言う問いかけは、重い。 メグナと対称的な都会人の少女プリーティー・ナーイルを快活に演じるプリティ・ズィンダーの明るさも貴重(*6)。重く暗い物語の中にあって、皮肉的ではあっても普通の日常を背負う普通の人々の明るさが、どんなに素晴らしく、かつ無知であるかを浮かび上がらせてくる。 挿入歌 Dil Se Re (心から…) *PVシーンかとも見紛う映像美と音楽との調和。さらに本編のアマルの心情と映画本編のテーマとのシンクロ具合の素晴らしさたるや! アマルとメグナのバストショットごとに、その前に噴煙や鉄条網と言った障害物が配置されている所がとても効果的かつ意味深。
受賞歴
「ディル・セ」を一言で斬る! ・もし日本版が復活する時は、是非とも日本公開版の字幕の復活をも!!
2009.8.26. |
*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。 *2 すでに旧ソ連圏ははるか昔からボリウッドの市場圏内だけど。 *3 特にネパールに横行する女児売買の防止。 *4 ま、なんかよくわからん映像効果も多々あるけど。 *5 本作公開時も、州内でクキ・パイテ民族戦争が起こっていたと言う。 *6 これが映画デビュー作だしね! |