めぐり逢わせのお弁当 (Dabba / The Lunchbox) 2013年 105分 ムンバイに住む主婦イラは、夫との冷めた関係を愛妻弁当で修復しようと必死。 ある朝、いつものように夫と娘を見送った後、ダッバーワーラー(弁当配達夫)に夫のお弁当を渡したイラだったが、お弁当は"誤配などありえない"システマティックな配送の中、なんの誤りか定年退職間近の会計士サージャンの元に運ばれてしまう…。 かつて妻を亡くしたまま独りだけで暮らすサージャン・フェルナンデスはその日、退職を前に自分の引き継ぎとしてやって来た若者シャイクの面倒を見るよう命令されたものの、人付き合いを嫌う彼は早々に新人を遠ざけ、配達されたお弁当のいつもと違う味に驚きながらも、ほとんど人と会話もなしに1日を終える。 その頃、帰って来たお弁当が空になっていたことを喜ぶイラは、階上のデーシュパンデーおばさんに報告するも、帰宅した夫の様子からお弁当が誤配されたことに気付くのだった。 翌日。サージャンの元に送られたイラのお弁当には、おばさんにうながされて書いたイラからの「残さず食べてくれてありがとう」と言う手紙が入っていた。この日から、家族の問題に悩むイラと、人付き合いの嫌いなサージャンとの、奇妙な手紙のやり取りが始まる。次第に、2人は手紙のやり取りから、図らずも自分の人生を見つめ直していくように…。 アメリカで映画を学んだショートムービー出身のリテーシュ・バトラー監督の、初の長編作品となった印独仏米合作映画。2013年にカンヌ国際映画祭で批評家たちから絶賛されるや、世界中で大ヒットした。日本では2014年に一般公開。 家庭にしか居所のない主婦イラと、妻の死後に人嫌いになって内にこもったサラリーマンのサージャンと言う、現代生活に行き詰まり生き迷う都会人2人の静かな心の交流を詩的に描いていく映画で、登場人物2人でなくともすぐにお弁当の中の手紙のやりとりが気になってしまう自然な物語・映像構成・カット割り・編集の妙に引き込まれていく作りは秀逸。 インド独自のダッバーワーラーと言うシステムが興味深いものの、そのシステムが生んだ「ありえない奇跡」から展開する寓意的物語がなんとも叙情的で美しく、静かで、もの悲しい。 主な舞台が、イラの家、イラの実家、サージャンの職場、食堂、サージャン宅のテラス、通勤電車と限定された空間である所が舞台演劇的でもあり、そこからイラが一歩外へ踏み出す決意の重さ(*1)、サージャンが重い口を開いて人との会話に踏み込む清々しさと寂獏感の対比と同化具合が象徴的。この辺が、「フランス映画みたい」とか「小津映画っぽい」と言われるポイントでしょか?(*2) 主役イラを演じるのは、舞台と映画双方で活躍する女優ニムラト・カウル。 1982年ラジャスターン州ピラーニーの軍人の家に生まれ、父をテロで失った後に母と共にデリー郊外に移り、デリー大学卒業後ムンバイの劇団に参加して女優活動を開始する。雑誌モデルやミュージックビデオ出演を経て、2005年のヒンディー語映画「Yahaan」の端役で映画デビュー。本作が主演デビュー作となって各方面から絶賛され、スクリーン・アワードや IIFAインド国際映画批評家協会賞に主演女優賞ノミネートを果たした。この後、アメリカのTVドラマ「HOMELAND シーズン4」にも出演しているとか。 サージャンを演じたイルファン・カーン(本名サーハブザーデ・イルファン・アリ・カーン)は、「スラムドッグ$ミリオネア」「アメイジング・スパイダーマン」「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した22日間」などにも出演して世界的評価をものにしている映画俳優。 1967年にラジャスターン州ジャイプルのビジネスマンの家生まれ。奨学金を得て国立演劇学院(NSD)に進み、TVドラマ数本に出演後ミーラー・ナーイルに見出されて、1988年の彼女の初監督作「サラーム・ボンベイ!(Salaam Bombay!)」に出演して映画デビュー。01年の印英合作「The Warrior(戦士)」が大ヒットしてトップスターの仲間入りを果たす。その後、03年の「Haasil(掌握)」でフィルムフェア悪役賞を受賞。07年には米国映画「マイティ・ハート/愛と絆」と、印米合作のミーラー監督作「その名にちなんで」に出演し、インドでは「Life in a... Metro(ライフ・イン・ア…メトロ)」でフィルムフェア助演男優賞を受賞する活躍。11年には、インド政府からパドマ・シュリー賞(一般人に与えられる4番目に権威ある賞)が贈られ、12年「Paan Singh Tomar(パーン・スィン・トマール)」ではナショナル・フィルム・アワード主演男優賞とフィルムフェア批評家選出主演男優賞を受賞。まさに国内外さまざまな映画で活躍する名優である。 監督のリテーシュ・バトラーはムンバイの中流家庭出身。父親は海運ビジネスを、母親はヨガトレーナーをしている家に育ち、米国アイオワ州のドレイク大学にて経済学を学んで3年間経営コンサルタントをしていたと言う。そこからニューヨーク大学の短期間映像プログラムで映画を学んだそうな。2008年、ムンバイを舞台にショートフィルム「The Morning Ritual(朝の儀式)」を発表してから映画祭で話題を呼び始め、4本目の作品となる本作が、初の長編映画となり世界中の映画賞を獲得することとなる。 もともと、リテーシュ監督がインドのダッバーワーラーを取材するドキュメンタリーを構想していた時に、取材先で聞いた色々な話に着想を得て劇映画の脚本が書かれたと言う。 製作プロダクションは、シキヤ・エンターテインメント、DARモーション、NFDC(国立映画開発法人)と言うインドのプロダクションの他、ドイツのROHフィルムス、フランスのASAPフィルムス、リテーシュ監督作を愛好するアメリカのシネ・モザイクの共同。配給がドイツのマッチ・ファクトリーとなっている。 ダッバーワーラーと言うシステムは、最初地区ごとに数人分を一人で直接職場まで運んでいくのかと思ってたけど、見た限りではお弁当箱専門の郵便配達みたいなもんなのね。 ラストで、自分たちの囃子歌を歌うダッバーワーラーたちの気概、人生観、寂獏感、閉塞感……食を通してあらわになる、人の暮らしのありよう、人生の孤独とそこはかとない可笑しさ(*3)が表現される、もの悲しくも楽しいシークエンスに乾杯。 それにしても、この映画を指して「踊らないインド映画がついに出てきた」だの「マサラムービーじゃない普通の映画を、インドが作るなんて奇跡」なんて批評文読むと、あいかわらずの日本とインドの距離感にグッタリ来てしまってもう…。「お前ら! サタジット・レイ時代から映画を勉強し直してから、もの語れや!」…と、サタジット・レイもグル・ダットも見てない私が言いたくなるから困ったもんだぜイ。 なんで、1国の映画ジャンルが1つしかないと思い込めるのか、ホントにわからないわ。それって、人間の表現文化とか表現欲の全否定だよなぁ…と、美術やってる人間としては色々思う所が多いわけです。 そんなこと言ってると、インド人に「なんで日本映画って、いつもブルース・リーが出てくるチャンバラ・ムービーだけなの?」って言われても笑えないじゃないか!!
受賞歴
「めぐり逢わせのお弁当」を一言で斬る! ・にしても、インド人はどいつもこいつも謝らないねぇ。
2014.10.10. |
*1 マンションの屋上、カフェ、駅…。 *2 成瀬映画っぽいと言うの読んで「ああ!」って叫んじゃったw *3 職場でお弁当を広げるたびに、サージャンを「なんじゃこいつ?」って顔で見てる同僚が笑える。 |