Devdas 1955年 168分(159分とも)
主演 ディリップ・クマール & スチトラ・セーン & ヴィジャヤンティマーラー
監督/製作/脚本 ビマル・ローイ
"君は、悲しくなることなんてあるのか?"
"もちろん。それが人生さ。喜んで泣けよ、自分を騙すことが幸せになるコツさ"
ベンガル辺境部タルソナプールのザミンダール(大地主)の息子デーヴダース・ムケルジーは、近所に住む幼馴染のパロ(本名パールヴァティ)といつも一緒に遊びまわっていた。
喧嘩も多いながら親友同士の2人だったが、あまりの悪戯小僧ぶりに大人たちはデーヴダースを更生させるため、彼のカルカッタ留学を強行させてしまう…。
数年後。
デーヴダースが帰ってくることを喜ぶパロだったが、お互いに成長していて子供の頃のように無邪気にはしゃげない中での再会はぎこちなく、それでいて2人ともそんな相手の様子を喜ぶ日々が続く。
その様子を見ていたパロの祖母は、デーヴダースの父親に密かにパロとの縁談を提案しにいくが階級が違うと即座に否定され、その騒ぎを聞いていたパロの心の内も複雑。ついには人目も憚らず夜中にデーヴの部屋へ出向いていくパロを前にして、デーヴダースは父親へ彼女との結婚を直談判するも、2人の仲は断固として認められない。怒りに任せてデーヴダースは家を飛び出してカルカッタの親友の元に逃げて行き「僕と君はただの友達だった」と言う手紙をパロに送りつけてしまう…!!
ほどなく、パロは両親から別の金持ちの家との婚約成立を知らされて…。
挿入歌 Ab Aage Teri Marzi (今、全てを貴方に任せましょう)
*本作が3本目のヒンディー語映画主演となる、舞妓チャンドラムキ演じる後のボリウッド・クイーン ヴィジャヤンティマーラー登場シーンを飾る伝統舞踊の美しさ!
ベンガル文学を代表するシャラト・チャンドラ・チャットパディヤーイー(*1)原作の有名な同名小説の6度目の映画化作品。ヒンディー語(*2)映画としては、2度目の映画化作品となる。
2005年のインディア・タイム・ムービーズ誌選出の"ボリウッド注目作ベスト25"に選ばれてる他、2021年のフォーブス誌選出の"インド映画に見る偉大な演技ベスト25"に本作主演のディリップ・クマールの演技が選ばれている。
数あるデーヴダース映画化作品の中でも、最高傑作と評される事も多い一作。
自身がベンガルのザミンダールの家生まれで、同原作の1936年の映画化で撮影監督デビューしたビマル・ローイが、満を持して世に送り出す文芸映画の傑作。
インド近代文学の中でも有名な悲恋物語であるデーヴダースを題材に、運命によって結ばれながら世のしがらみによってその運命を成就できないままに身を滅ぼす恋に焦がれる3人の人間の虚しさを、それぞれの視点で描いて行く様は、運命を運命として受け入れながらもそう生きていけない現世インド(ベンガル?)の人々の人生観を見せつける。
まあ、延々と「結婚したいけど社会の目があるからできない」とブツブツつぶやくだけの3人の主要人物の恋愛模様は、「儚い人生観」「人間存在の虚しさ」と言うインド感覚を共有できない外国人の目には明治文豪もかくやな鬱陶しさにも見えては来ますけども…。
ただ、この映画見てると後の2002年版「デーヴダース(Devdas / *3)」は、その語り口や登場人物の外見スタイル・演技スタイルなんかはかなり本作の影響を受けていたんだな、とも思えてくる。特に、ディリップ・クマール演じるデーヴダースの内向性・文学青年っぽい雰囲気・自暴自棄になっていく表情の変化具合なんかは意識的か無意識的かはわからないけど、シンクロする部分も多い、ような?(*4)
物語は、前半はデーヴダースとパロと言うお互いに思いが通じていながら結ばれない2人双方の目線で話が進んで行き、お互いの煮え切らない態度が2人の立場をどんどん追い込んで行く様を物悲しく描いて行く。その虚しい運命に従わされる2人に常にバウル歌手(*5)による人生讃歌や恋愛讃歌がついて回るような描写が現れているのも皮肉というか、諦観に満ちた視線というか、運命論を受け入れた上での反運命論者的な目線も見えてくる…よう?
本作監督を務めたビマル・ローイは、1909年英領インドは東ベンガル及びアッサム州の首府ダッカのスアプール地区(*6)のバイディヤ家系(*7)に連なるザミンダール(大地主)の家生まれ。
長じてカルカッタ(現 西ベンガル州都コルカタ)に移住して、映画会社ニュー・シアターズのカメラアシスタントとして映画界入り。36年のヒンディー語映画「Devdas(デーヴダース)」で撮影監督デビューし、41年の短編英語ドキュメンタリー「Tins for India」で監督デビュー。43年のベンガル語(*8)映画「Udayer Pathey」で劇映画監督&脚本デビューした。
48年の監督作「Anjangarh」を最後にカルカッタを離れ、当時隆盛していたボンベイ(現マハラーシュトラ州都ムンバイ)の映画スタジオ"ボンベイ・トーキーズ"を拠点にヒンディー語映画界で活躍。53年の「Parineeta(夫人)」と「2エーカーの土地(Do Bigha Zamin)」でフィルムフェア監督賞(*9)を獲得したのを皮切りに、多くの監督作で映画賞を受賞。娯楽映画と芸術映画の垣根を越えたパラレルシネマ運動は、彼の「2エーカーの土地」から始まったとも言われているそう。59年の第1回モスクワ国際映画祭で審査員を務めてもいて、彼の監督作から次々に才能を開花させる次世代の映画人達が育っていったと言う。
1966年、癌によってムンバイにて病死。享年56歳。07年には、その偉業を讃えて記念切手が発売。孫(長女の子供)に映画監督兼脚本家として活躍するアーディティヤ・バッタチャルヤーがいる。
本作で、運命の恋人の一方パロを演じたのは、1931年英領インドのベンガル州パブナ(*10)のバイディヤ家系に生まれたスチトラ・セーン(生誕名ロマ・ダースグプタ)。
父親は私立校(?)の校長を務めていて、祖父に詩人ラジョニカント・セーンがいる。
パブナの官立女子校に通っていた中、インドの分離独立闘争の嵐を逃れて西ベンガル州へ移住。15才で実業家と結婚し、義父と夫の援助を受けて女優活動を開始する。
52年のベンガル語映画「Shesh Kothaay」に出演するも未完成のままお蔵入り。翌53年の「Saat Number Kayedi(囚人7番)」で晴れて映画&主演(?)デビュー。同年公開の「Sharey Chuattor(74と半分)」の大ヒットにより、共演者のウッタム・クマールとのコンビ人気に火がつき、後年何度も共演し続ける"ウッタム=スチトラ"コンビとして知られて、一躍ベンガル語映画界を代表するスターとなった。
55年の本作でヒンディー語映画デビューとなり、以降もベンガル語とヒンディー語両映画界で活躍。63年のベンガル語映画「Saat Pake Bandha」でモスクワ国際映画祭主演女優銀賞他、インド国内でも数々の映画賞を獲得するも、基本的にはベンガル語圏での人気が圧倒的だった。
78年の主演作「Pranoy Pasha」を最後に女優業引退を表明し、撮影中だった「Nati Binodini」はそのままお蔵入りされたと言う。以降、人目を避けた隠遁生活を続けていたものの、2013年末に肺感染症でコルカタの病院に入院したまま翌14年1月17日に心臓発作により物故。享年82歳。
娘に女優のムーン・ムーン・セーンが、孫にやはり女優のライマー・セーンとリヤー・セーンがいる。
運命の恋人同士であるデーヴダースとパロに対して、後半の主人公(と言うか狂言回し?)となる踊り子チャンドラムキとの関わりは、今となってはわりとご都合的にも見えてくるものの、クリシュナ神話的三角関係が意識されたこの"世俗の愛"代表のキャラクターは、重要人物でありつつも娼婦役でもあるために次々とオファーした女優に断られ続けてやっと当時新人女優だったヴィジャヤンティマーラーに決まったものなのだそうな。
神の意志である"聖なる愛"に翻弄されるデーヴダースに対して、"世俗の愛"でデーヴを助けようとするチャンドラムキが、徐々に自身に"聖なる愛"が宿っているのを自覚する哀しさを見事に演じるヴィジャヤンティマーラーの迫力は見もの。結局は神の承認なき"結ばれぬ関係"であることがより悲哀を盛り上げるものの、あんだけ世話になっておきながらさっさと旅立って行方をくらますデーヴダースの身勝手さもなんだかなあ…と思えてしまうのは、世俗しか知らぬ現代人の身の悲しさか。
このヴィジャヤンティーマーラー自身の圧倒的存在感が、映画後半の滅びの美学的インパクトを何重にも彩ってくれていて美しきかな。白黒画面に浮かび上がるノスタルジックな気品が、寡黙な登場人物の気品を何倍にも倍加させるよう。本作以外の「Devdas」映画との比較も色々にやってみたいですわ。
挿入歌 Aan Milo Aan Milo ([我がクリシュナ神よ] 我が前にお越しくださいませ)
*カルカッタへと強制送還されていくデーヴの姿を見送ったパロが、その寂しさを紛らわせるために旅のバウル歌手一家に歌を請い心を慰めるの図。
ベンガル地方独特の放浪詩人バウルの一家が歌うクリシュナ神への讃歌で、涙を流すパロの幸運を祈るバウル奏者たちの文句は、当然ながら後々の展開への皮肉を込めた伏線でもある…。
受賞歴
1955 National Film Awards ヒンディー語映画功労銅賞
1957 Filmfare Awards 男優賞(ディリップ・クマール)・助演男優賞(モティラール)・助演女優賞(ヴィジャヤンティマーラー)
「Devdas」を一言で斬る!
・アルコール依存症になって体調を悪化させていくデーヴダースが行く、鉄道でインド一周の旅。インド的『銀河鉄道の旅』でございましょか…。
2022.2.25.
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