インド映画夜話

レインボー (Dhanak) 2016年 106分
主演 クリーシュ・チャブリア & ヘータル・ガッダー
監督/製作/脚本 ナーゲーシュ・ククヌール
"チョットゥ、貴方に虹を見せてあげる。絶対に"




 ラジャスターンのチュルー・ダーニ村の、叔父夫婦の家に暮らすパリとチョットゥ姉弟は大の映画ファン。
 10才の姉パリはシャールク・カーンの、8才の弟チョットゥはサルマン・カーンのファンで、アイバンクのシャールクポスターを見つけたパリは、それから寝る前にシャールク宛の手紙を書いては朝に郵便屋さんに渡すのを日課にしていた。「親愛なるシャールク様、私はパリといいます。私には目の見えない弟がいます。私は、弟に『9才までには元通り目が見えるようになる』と約束しているのですが…」

 弟の世話のために学校の成績を落としていたパリは、叔母の命令で学校をやめて叔母の職場に働きに出されることになり、さらにシャールク宛の手紙が配送されずに叔父の元に戻ってきていたと知って二重にショックを受ける。そんな中、仕事先の知り合いから「シャールク・カーンが、近くのジャイサルメールにロケしにやって来る」と聞いたパリは、直接シャールクに会うため叔父にジャイサルメールへ連れて言ってくれと懇願するが「遠すぎるしお金もない」と断られてしまい、ついに…


プロモ映像 Damadam (Let's Give Love A Chance) / Dum-A-Dum / Dumadum


 原題は、ヒンディー語(*1)で太陽や月が放つ光彩の意だそう。いわゆる「虹」と似た意味ながら、虹そのものとは区別される単語だそうな(*2)。

 幼い姉弟のささやかな、しかし無茶な旅を通して描かれるラジャスターンの人々の郷土愛的なロード・ムービーの傑作。
 インド本国のほか、ベルリン国際映画祭で英題「Rainbow」で上映されて特別作品賞に輝き、各国映画祭を渡り歩きながらパキスタン、米国などで一般公開された。
 日本では、2015年にこども国際映画祭in沖縄にて日本語吹替版で上映。16年には動画サイトNetflixにて英題のカタカナ表記「レインボー」のタイトルで、日本語字幕版が配信された。

 ナーゲーシュ・ククヌール13本目の監督作となる本作は、子役が演じる姉弟を主人公にした児童文学的な「行きて帰りし物語」を正しく生かした素晴らしき傑作。
 ほぼ悪人の出ない(*3)砂漠の暮らしを背景に、そこを行き交う人々の様々な人生の蹉跌を匂わせつつ、そこに息づくラジャスターンの伝統文化の功罪なんかも構築されつつ、希望を持って生きようとする子供のポジティブな生命力を美しく描いていく様は必見。これを大きなスクリーンで簡単に見れない日本の不自由さが悲しくなるほどの完成度ですことよ。

 そのナーゲーシュ・ククヌール監督は、1967年アーンドラ・プラデーシュ州ハイデラバード(*4)生まれ。
 幼い頃から近所の劇場に出入りしてテルグ語映画、ヒンディー語映画、英語映画に親しみ、地元の大学にて化学エンジニアの学位を取得。その後、米国アトランタに留学して化学エンジニア修士号を取得しつつ劇団で演技を学び、卒業後にテキサス州でコンサルタントとして働きながら、その稼ぎで映画監督&主演デビュー作となる98年公開のテルグ語+英語+ヒンディー語映画「Hyderabad Blues(ハイデラバード・ブルース)」を発表。独立系映画としては異例の高評価を得てアトランタの国際映画祭他で観客選出作品賞を獲得する。
 続く99年の英語映画「Rockford」以降、職業監督(&自身の監督作に出演する俳優)として主にヒンディー語映画界で活躍し続け、数々の映画賞を獲得するヒットメーカーに成長。日本上映・配信作は、本作のほか「イクバール(Iqbal)」「運命の糸(Dor)」がある。

 姉弟を演じた子役は、2人ともこれが映画デビューとは思えない繊細な演技力を見せつけ、その快活な表情の移り変わりのすばらしさこそが、この映画の魅力のほとんどを担っていると言っても過言じゃないくらい。スゴい!
 弟の目を治したい姉、姉を一番信頼しつつ年相応のわがままさを見せる弟と言う、息の合ったコンビが巻き起こす事件や人との関わりそのものが、物語をテンポよく展開していく推進剤となり、そこに関わっていく大人たちの優しさ、油断のならなさ、大人と子供の対比具合なんかも見もの。加えて、ラジャスターン辺境部の人々の暮らしの多様性・旺盛な生命力溢れる生活力(*5)の描写も素晴らしい。
 06年公開作「運命の糸」でレンタル携帯電話屋が出てきたときは「へえ。そんな職業があるんか」と驚いたもんだけど、本作では「シャールクの飲んだコップで記念撮影してくれる人(有料)」が出てきて「…なんでも商売にするインド人はさすがだなあ…」って感じ(*6)。

 姉弟と育ての親である叔父叔母の間で交わされる、それぞれを思うが故に必要な嘘、旅の間に出会う大人たちからうまく情報を引き出そうと姉弟がつく嘘、その大人たちが日々を生き抜くために利用している嘘、その優しさからくる処世術の中で時として他人に牙を剥く悪意ある嘘…と、それぞれの日常生活の中に現れる嘘の在り方、そのコミュニケーション具合の変化・対比も素晴らしか。基本的に子供には優しい大人が多く登場するとはいえ、そう簡単に他人を信じない強さを見せる姉弟の姿も、色々と考えてしまいますわ。そして、そんな姉弟に関わってくる大人たちが、現状を肯定しつつ時折見せる人生の蹉跌からくる寂しさが、ラストの希望につながるその脚本的巧妙さ。
 人に揉まれ伝統に縛られ、いろいろな理由で思い通りにいかない様々な人生の中で、それでも人とか変わっていくことで人生が移り変わっていく様をポジティブに描いていく、その児童文学的視線が、嫌味なく子供達の生命力を肯定させていく美しく明るい希望に満ちた一本ですわ。

挿入歌 A Musical Journey


受賞歴
2015 独 Berlin International Film Festival クリスタル・ベア(Generation Kplus)特別賞・国際批評家Kプラス世代注目作品賞
2015 Cinema in Sneakers 作品賞・子供映画注目作品賞
2016 Natinal Film Awards 子供映画賞
Montreal International Children’s Film Festival 作品賞


「レインボー」を一言で斬る!
・ラジャスターン(だけじゃないかもだけど)のバスも、長距離トラックに負けず劣らず派手だねえ…。

2018.12.31.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 ラストに示される"虹"も、そう言う意味が表されてるわけだネ!
*3 …あくまでほぼ、ね。
*4 現在は、テランガーナー州内にある、アーンドラとテランガーナー両州の共同州都。
*5 &そこにそこはかとなく現れる因習と慣習の数々。
*6 しかも、記念撮影をお願いするお客も不承不承ながらも積極的にお願いしに来るしw