ビジョン (Drishyam) 2015年 163分
主演 アジャイ・デーヴガン & タッブー & シュリヤー・サラン
監督 ニシカーント・カーマト
"見えているものは…当てにはならない"
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その日、ゴア州ポンドレム警察署内にて、ヴィジャイ・サールガオンカルを認めた新任の警部は、真面目と評判の彼がなぜここにいるのか署内に尋ねていた。
「真面目と言われる人間も、実際はわからんもんなんでしょうよ…」
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ヴィジャイ・サールガオンカル。元孤児。4年生中退の身ながら、現在は小規模なケーブルTV会社"ミラージ・ケーブル"の経営者。妻と2人の娘あり。毎日、自社放送のドラマシリーズをチェックしてその情報を記憶しつつ、その知識を使って困っている知人に解決策を与える人物で、そのために腐敗警官ガーイトンデー警部補から睨まれていた。
ある朝、いつものように帰宅したヴィジャイは、恐怖に震える家族たちに迎えられ仰天。
聞けば、数日前にキャンプ合宿に参加した長女アンジューが、その時入浴の様子を撮影され、その動画をネタに彼女(と妻ラクシュミー)に肉体関係を迫ってきた撮影主の少年サム(本名サミール・デーシュムク)に抵抗する中で、彼を殺してしまったと言うのだ!!
ヴィジャイはすぐに、証拠物件の隠蔽・サムのSIMカードと車の投棄に走り回り家族にも事件そのものはないものとして振る舞うよう指示する。しかし、殺されたサムの母親は、ゴア警察でも特に有能な警部ミーラー・デーシュムクだった…!!
プロモ映像 Carbon Copy ([人生よ、君はなんなのだ。僕は君の] 複写物なのか)
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原題の意味は「見えているもの」。副題は「VISUALS CAN BE DECEPTIVE(見えるものは、あてにならない)」。
2013年の同名マラヤーラム語(*1)映画の、ヒンディー語(*2)版リメイク作。
日本では、2017年に英語訳タイトルをカナ表記した「ビジョン」のタイトルでNetflixにて配信。
元映画は、他にも2014年にカンナダ語(*3)リメイク作「Drishya」、テルグ語(*4)リメイク作「Drushyam」が、翌15年にはタミル語(*5)リメイク作「Papanasam(罪の破滅)」が作られていて、本作以後にはスリランカ映画リメイク作「Dharmayuddhaya」、19年には中国映画リメイク作「共謀家族(誤殺)」も公開している。
元映画の評判が高まるにつれ、一部から東野圭吾の小説「容疑者Xの献身」との類似性が指摘されていたそうで、この小説のインドでの販売権を有するプロデューサー エクター・カプールは法的措置に出たとされているけれど、製作者たちは「容疑者Xの献身」との類似をはっきり否定している(*6)。
いやあ…まさに極上のサスペンス映画。
牧歌的なゴアの片田舎の村を舞台に、緻密に描写される登場人物たちの生活環境そのものまで伏線として機能させる展開と、テレビ放送で見ている映画やドラマをヒントに殺人事件の隠蔽を図る主人公、その真相を突き止めようとするエリート警察との父親・母親としての家族愛の衝突、全ての"見えるもの"を利用して真実を覆そうとするその物語論・映像論・映画論を内包したような語り口を、サスペンス映画という媒体で描き切るパワーは出演者たちの演技力とともに一見の価値アリでございますよ。しのごのいう前に見ておいて損なし!!
監督を務めるニシカーント・カーマトは、1969年マハラーシュトラ州ムンバイのコーンカニー系(*7)家庭生まれ。
04年の印仏合作映画「Hava Aney Dey(風よ吹け)」で主役級デビューし、同年のマラーティー語(*8)映画「Saatchya Aat Ghara」では、出演とともに脚本デビューも果たす。翌05年には、マラーティー語映画「Dombivali Fast」で監督デビューし、ナショナル・フィルムアワード銀蓮注目マラーティー語映画賞他の映画賞を獲得。
07年には、自身の監督デビュー作のタミル語リメイク作「Evano Oruvan」の監督を務めてタミル語映画に、08年には「Mumbai Meri Jaan(我らが愛しきムンバイ)」でヒンディー語映画監督デビューし、以降はヒンディー語とマラーティー語映画界で監督兼役者として活躍。本作は、6作目の監督作。
2年間、肝硬変で闘病中の最中、2020年に病状が悪化して入院。そのまま物故される。享年50歳。
女性が身を守るために殺人事件にまで発展してしまう、少年の恐喝・女性蔑視の有り様もとんでもないけれど、そこから家族を守るための緻密なアリバイ作りに走り回る主人公の2手3手先を読んだ行動理論のどんでん返しは、見ていてとんでもない爽快さの一言。「なんだそりゃ」が「ああ、そうなるのか!」と驚かされる映画的快感は「女神は二度微笑む(Kahaani)」に匹敵するかのよう。
その主人公家族を法の裁きの元に取り締まろうとするタッブー演じるミーラー警部の追い詰め方も凄まじく、ピチピチな警察衣装を着る女優タッブーの「有能な警部ですがなにか」な余裕たっぷりな態度もスゴいけれど、捜査が行き詰まりはじめて母親としてのミーラーの顔が徐々に現れくる芝居の複雑さが素晴らしい。最後に決定的証拠を見つけようとしながら息子の死を確信して泣き崩れる母親の顔が、それを裏切る展開に驚愕して犯人への怒りを露わにする警官の顔に変わる瞬間の、なんと凄まじい眼力でしょうか。ホント、タッブーはその演技力必見な女優ですことよ…。
家族を救おうとする双方の親が手段を選ばずぶつかり合う事件が、その善悪を飲み込んで騙し合い・揺すぶりあい、家族の未来に少しでも光明を見出そうとしながら相手家族を傷つけて行く様がなんとも痛々しく、もの悲しく、それでいてなんとパワフルなことか。
主人公が低学歴ながら成功した中流ビジネスマン家庭(*9)で、足りない知識をTV放送の映画知識で補って機転を武器に世間に立ち向う一方、それを受けて立つミーラー警部はセレブ家庭の富裕層かつ高学歴家族でありつつ、品行方正ながら疎遠気味で息子の失踪によって初めて夫婦が団結する対立構図も注目。
その構図が、事件捜査の中でまた別の対立構造群と混ざり合い、善悪どちらと境界をはっきり敷けない煮えきれなさを抱え込んで、最後の最後の双方の決別へと進んで行くストーリーラインの始めから終わりまでの力強さったらもう。
物事の有り様をシークエンスごとに切り貼りしてつなげて行く、映画の構造そのものを逆手に取るどんでん返し演出の見事さも相待って、映画で映画を考える一級サスペンス劇に仕上がってる傑作ですよ!
…まあ、肌の色が黒い人を悪役にしすぎだなあ…とは思いますけども。
プロモ映像 Dum Ghutta Hai (それは、息が詰まりそうな…)
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受賞歴
2016 Apsara Film Producers Guild Award 助演女優賞(タッブー / 【Bajirao Mastani】のタンヴィ・アーズミーに対しても)
2016 BIG Star Entertainment Awards スリラー映画最高女優賞(タッブー)
「ビジョン」を一言で斬る!
・ゴア州の山の方の車道、狭すぎない?
2019.7.13.
2020.8.27.追記
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