インド映画夜話

Good Night 2023年 142分
主演 マニカンダン & ミーター・ラグナート
監督/脚本 ヴィナーヤク・チャンドラセーカラン
"いびきが治るまで、あなたと寝室を共にはしない"




 チェンナイのIT企業に勤めるモーハンは、そのいびきのうるささが有名で、同僚からは「モーター」と揶揄されて会社でも家の近所でも不況を買い、他人の善意を信じられなくなっている。
 そんなモーハンの家には、口うるさい母親と浄水器会社員ラメーシュと結婚して同居している姉マハ、世間体を気にする大学留年中の妹ラーガヴィの5人暮らしで、仲良しながら騒がしい毎日を過ごしている。

 一方、同じ街のコーダーンバーッカム地区に住むアヌは早くに両親を亡くし、祖父母同然の大家夫婦の家の2階の部屋に住まわせてもらっていて、ずっと不幸な身の上を嘆き続けて勤め先の会計監査会社でも孤立気味。他人を遠ざけつつも、自分に付いて回る野良犬をついつい世話してしまう優しさと、孤独の中にいた。

 そんなある日、浄水器修理のためにアヌの家を訪れたラメーシュの手伝いに駆り出されたモーハンは、色々とやらかしながらも、その時知り合ったアヌを後日街中で手助けすることになって次第に意気投合。だんだんと相手を意識するようになっていく2人だったが、過去の経験から「私と仲良くなった人は、じきに死んでしまう。そういう運命なの」と一旦はモーハンを拒否しようとしたアヌに対し、そんな迷信は気にしないモーハンは彼女の気持ちを確かめた上で結婚を提案。順調に話は進んで結婚初夜を迎えたところで……モーハンには彼女に言い出せない1つの悩みがあった。
 寝室にてアヌは語っている…「ここは穏やかでいい家ですね。私の家はそばに線路があるから電車の音がうるさくて……私、大きな音って苦手。映画館もダメなんです。大きな音があると、頭痛がしてきてしまって…」


挿入歌 Naan Gaali (床に落ち着いた [モーハンの人生が変わってしまった])


 ヴィナーヤク・チャンドラセーカラン監督デビュー作となる、タミル語(*1)人情コメディ映画。

 日常生活の中ですれ違い続ける家族や恋人たちで綴られる日常劇の中で、小さな悩み(*2)の積み重ねが家族不和をもたらして行く衝突を丁寧に描いて行く繊細な人情劇。
 基本的には悪人が登場せず(*3)、善意の人同士の助け合いで日々の由無し事を過ごして行く庶民生活の中、それでも主人公たちを蝕む現代人の孤独、優しさからくる拒絶を1つ1つ丁寧に拾って行く視線そのものの優しさが心地よい一本。
 冒頭、モーハン家の朝の騒がしさと対比されたアヌの静かな朝の様子。ラメーシュがモーハンから受け取った制汗スプレー(?)をふざけてマハに吹き付けるカットが、次の瞬間に1人台所の圧力鍋の蒸気に対処するアヌのカットにつながるスタイリッシュさで「この映画、上品でイイネ」とか思ってしまったら、もう映画の魔法にかけられてしまってますわ!

 主人公モーハンを演じる(K・)マニカンダン(または、マニカンダン・K)は、1987年タミル・ナードゥ州都マドラス(現チェンナイ)生まれ。
 TVのリアリティ・コメディ・ショーにて準優勝したことで、ラジオDJの仕事を得てモノマネ芸人や声優として活躍し始める。映画界では、2013年のタミル語映画「Pizza II: Villa(ピザ2 ヴィッラ)」で台本制作を担当(*4)。2015年の「India Pakistan」で正式に劇映画の男優としてクレジットデビューしてから、タミル語映画界で男優兼台本ライターとして活躍中。
 2019年のオムニバス映画「Sillu Karuppatti(赤糖のかけら)」の1編「Kakka Kadi」で主役デビュー。2021年の出演作「ジャイビーム(Jai Bhim)」でビハインドウッズ・ゴールド・メダル批評家選出助演男優賞を受賞し、いくつかの映画賞で男優賞ノミネートもされている。2022年には「Narai Ezhuthum Suyasaritham」で出演・脚本の他、監督・歌手デビューも果たしている。

 ヒロイン アヌを演じているのは、タミル・ナードゥ州都チェンナイ出身のミーター・ラグナート。
 詳しいデータが出てこないけど、2022年のタミル語映画「Mudhal Nee Mudivum Nee(貴方は始まりで、貴方は終わり)」で主役級デビュー。同年のTVシリーズ「Five Six Seven Eight(5・6・7・8)」でTVドラマデビューもしている人のよう。これに続く本作で、SIIMA(国際南インド映画賞)主演女優賞ノミネートされている。
 2024年3月に詳細は伏せながら、自身のインスタに結婚式を挙げたことを公表している。

 幼い頃に次々と両親を亡くして、その後も大切な人々をなくし続けているアヌ。いびきがうるさいと近所や同僚たちにからかわれ続け、暖かい家族に恵まれながらも人の同情や共感に裏切られ続けてきたモーハン。自己評価の低さから他人を遠ざけ、できるだけ人と深く関わらないようにしてきた2人が、ふとしたきっかけ(*5)からお互いの自身のなさを埋め合わせるように仲良くなって行く過程も美しく、都会人の孤独と人情の揺れ動きを芝居に落とし込んで表現して行く麗しさ。
 子供ができないために婚家を飛び出て実家に戻ってきてるマハと、そんな彼女のために一緒にモーハン家に同居してリモートワークで仕事をこなすラメーシュの夫婦としての結びつきが、時にモーハンとアヌを導き、時に叱咤する先輩夫婦として機能する姿も人情劇として絶妙。そんな2組の夫婦を見守る母親はじめ近所のおばちゃん連中や、アヌの保護者になっている大家夫婦も親身になってアヌの人生を好転させる術を探し続けている姿もいじらしい(&時々ややこしい)。家族の距離がやたら近いが故に煩わしいことも多々ありながら、お互いに苦労を分かち合う下町庶民の人情が嫌味なくお話を牽引するさまの、なんと美しきことか。大阪人情劇もかくやですわ。
 その上で、しっかり「お互いを思うが故」の夫婦の危機、家族不和が話を大きくしていき、食事療法などでいびきや不妊を治そうと努力する夫婦の姿のいじらしさ、それがうまくいかない悲しさ、その喪失感・絶望感が、その都度夫婦の仲良し度へダイレクトに影響を及ぼしてしまう夫婦喧嘩の密度もまた、気の合う仲良し家族の姿であることの証明でしょか。そりゃあ、延々と同じ所をグルグル回り続ける痴話喧嘩を見させられ続ければ、愛犬も寝室から出て行くってばよ!
 結末は、わりとファジーな解決策だったけど、そこに至る過程はほぼ家族同士のグルグルと行ったり来たりをくりかえして、あーでもないこーでもないと遠慮仮借なく言い合えるお騒がせ家庭を通しての人情の表れを描くことに集中している爽やかさもナイス。

 そして、この爽やか人情劇のこの映画も出てくるご家庭料理が美味しそうで美味しそうで…。訪問エンジニアのためにチャイを作ってるシーンだけでもチャイ購買意欲がいやが上にも増し増しになってきてしょうがないのも、映画の魔法ってやつですわ!!



プロモ映像 PalaPattra (順調にスタート!) Music Video ver.




 


「GN」を一言で斬る!
・やっぱりタミル人(を含むたいていのインド人)は、基本掛け布団を必要としないのね…。

2025.1.10.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 いびきがうるさい、親兄弟がいない、子供ができない…などなど。
*3 モーハンの上司は、最初から最後まで悪人扱いされてたけど。
*4 他、この映画でノンクレジット出演もしている。
*5 モーハンの幼稚な悪ふざけ、というのが運命的でなんとも?