インド映画夜話

ハヌ・マン (Hanu-Man) 2024年 158分
主演 テージャー・サッジャ & アムリター・アイアール
監督/原案 プラサント・ヴァルマー
"新たなる、神話の夜明け"



*なんでかすでに、タイトルの日本語表記も入ってるのは期待していいんですか? いいんですかー!!!!!!(*1)


 1998年のサウラーシュトラ(グジャラート州にあるカーティヤーワール半島一帯を指す地域名)。
 少年マイケルはアメコミの影響でスーパーヒーローに憧れ、そのせいで本気で空を飛ぼうとして大怪我を負ってしまった。怒る父親を尻目に、母親は「力を持たなくても、正義のために戦った人がスーパーヒーローになるのよ」と彼を諭すが、スーパーヒーローは常に親の死を乗り越えてヒーローになることに気づいた彼はその後、火事の家から一人だけ脱出し、残してきた両親を炎の中で亡くしてしまう…。

 長じて、ムンバイの謎のヒーロー"ロックマン"として犯罪者を影ながら殺していくマイケルだったが、現代の超科学をもってもなお悪者に傷を負わされてしまう自身の身体を強化すべく、本物のスーパーパワーを探し求めるように…。

 そして現在。
 密林の奥深くにあるのどかな農村アンジャナードリに暮らす青年ハヌマントは、愛想はいいものの手癖が悪い無職男。幼馴染の医師ミーナクシーに恋して影ながら彼女をずっと守ってきた男ながら、ミーナクシーも含めた周りの人からは遊びまわるだけに見える彼は「コソ泥」と名付けられて叱責され続けている。
 ある日、村を支配する領主ガジャパティの横暴を糾弾するミーナクシーは彼の怒りを買い、夜の山道で彼の部下たちに襲撃される事に。同じ頃、夜の森を歩いていたハヌマントは(人が化けた)虎に導かれて彼女のもとに急行し、暗殺者たちを退かせようとするが、そのまま捕らえられて村の崖に掘られたハヌマーン像の建つ谷に放り投げられてしまう!
 谷底の深い淵に沈むハヌマントは、その底に光り輝き、魚たちに守れている秘宝ルドラ・マニを見つけ出すと、その宝石の力で…宝石から透過された太陽光を浴びている間に限り…スーパーパワーを手に入れて有頂天になるのだが……!!


挿入歌 Hanuman Chalisa

*クライマックスシーンを含む、思い切りなネタバレありなので注意。


 タイトルは、叙事詩ラーマーヤナに登場する猿の英雄ハヌマーンの事でありつつ、「〜〜マン」と言うアメコミヒーローのネーミングをかけた名称。
 テルグ語(*2)映画界で活躍するプラサント・ヴァルマーの4作目の監督作にして、架空の村アンジャナードリを舞台とするプラサント・ヴァルマー・シネマティック・ユニバース(通称PVCU)の第1作(*3)。2024年度テルグ語映画最高興行収入記録を叩き出した1本。
 タイトルのアルファベット表記は「HanuMan」とも。

 インドと同日公開で、オーストラリア、カナダ、ドイツ、フランス、英国、アイルランド、ノルウェーでも公開されているよう。
 日本では、2024年に東京にてindoeigajapan主催で英語字幕版が自主上映。同年の「テルグ映画の祭典『テルコレ』~TFCテルグフィルムコレクション~」でも英語字幕上映され、一般公開決定!

 現代インド版スーパーヒーロー映画シリーズの第1弾、って事でハヌマーン伝説を背景に、マーベルヒーローに憧れて道を踏み外す悪役VSコソ泥呼ばわりされつつも家族や一目惚れ相手を守ろうと奔走する主人公の戦いを描くVFXアクション大作登場!!
 …ではあるんだけど、インドのマサーラー系文法に従い、お話は冒頭部を除き架空の農村アンジャナードリ内にのみ終始し、そこの人間関係を壊そうとする領主や外部の悪役たちの襲撃が危機として語られるところはとってもインド。ラスト近辺で、神話的パワーを受け入れた主人公の前に現れるハヌマーンや、意外な叙事詩の登場人物の登場によって、世界を揺るがす神話的大戦の勃発が予告されて終わるあたり、2022年のヒンディー語映画「ブラフマーストラ(Brahmāstra: Part One − Shiva)」と同じく壮大なプロローグで終わったって感じも否めない。
 「ブラフマーストラ」と同じく、アメコミ映画的なつくりを意識したヒーロー映画としてのVFXが見所なんだけど、いわゆるスーツヒーローを気取る悪役マイケルがヴィランとして登場し、あくまで農村のうだつの上がらぬ一般人青年であるハヌマントの純粋さこそが世界を変えうる正義として描かれるのは、インド的ヒーロー像を継承する故か。はたまたアメリカ的なるものへの対抗心故か。

 本作監督を務めたプラサント・ヴァルマーは、1989年アーンドラ・プラデーシュ州パシュチマ・ゴーダーヴァリ県パラコル生まれ。
 父親は土木業者で母親は公立校教員の家に生まれ、工学を修了している。
 2011年に短編映画「Deenamma Jeevitham」を監督&製作したことで、いくつかの短編映画や広告映画の仕事を請け負い、2015年のWebシリーズ「Not Out」の監督に就任する。
 その後、男優兼プロデューサーのナーニに企画を持ち込み、2018年の「Awe(畏怖)」で長編映画の監督&脚本&原案デビューを果たし、その現代社会が抱える様々な問題を取り込んだ作風を批評家から絶賛される。以降、テルグ語映画界の新世代監督として注目され、ヒット作を連発。3本目の監督作「Zombie Reddy(ゾンビ・レッディ)」でテルグ語映画初のゾンビ映画を生み出し(*4)、続く本作でもテルグ語映画初のスーパーヒーロー映画を送り出している。

 主人公ハヌマントを演じるのは、1994年(1995年とも)アーンドラ・プラデーシュ州都ハイデラバード(*5)生まれのテージャー・サッジャ。
 2才の頃に「バブーをさがせ!(Choodalani Vundi / 1998年公開作)」で子役デビュー(主人公が探す息子役!)してから、数々のテルグ語映画に出演する人気子役として活躍。2003年の「Priyamaana Thozhi(愛すべき女友達)」でタミル語(*6)映画にも出演していて、2019年のテルグ語映画「Oh! あやしいベイビー(Oh! Baby)」で本格的に男優デビュー。続くプラサント・ヴァルマー監督作の2021年公開作「Zombie Reddy」で主演デビューを果たし、SIIMA南インド映画賞の期待の新人男優賞を獲得する。

 ヒロイン ミーナクシーを務めるのは、1994年タミル・ナードゥ州都マドラス(現チェンナイ)生まれで、カルナータカ州都バンガロール(現ベンガルール)のタミル人家庭で育ったアムリター・アイアール(*7)。
 2012年のマラヤーラム語(南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語)映画「Padmavyooham」にノンクレジット出演したのち、2014年のタミル語映画「Tenaliraman(宮廷詩人テナリラーマン)」から"アムリター"名義で端役出演して映画デビュー。2018年の「Padaiveeran(兵士)」で"アムリター・アイアール"の名前で主演デビューを飾り、SIIMA南インド映画賞のタミル語映画新人女優賞ノミネートされている。その後もタミル語映画界で活躍し、日本上映作「ビギル(Bigil)」にもタミル・ナードゥ州代表チームキャプテン テンドラル役で出演している。
 2021年には「Red(レッド)」「30 Rojullo Preminchadam Ela(30日間で恋に落ちるの?)」「Arjuna Phalguna(アルジュナの12月)」でテルグ語映画デビューを飾り、以降、タミル語、テルグ語両映画界で活躍中。

 映画冒頭部で主人公然として登場するヴィラン マイケルを演じるのは、1979年マハーラーシュトラ州都ボンベイ(現ムンバイ)のトゥル語(*8)家庭生まれのヴィナイ・ラーイ。
 広告モデルとラグビー選手として活躍する中、2007年のタミル語映画「Unnale Unnale(だって君だから)」で映画&主演デビューして、ヴィジャイ・アワード新人男優賞ノミネート。一躍人気男優になり、翌08年には「Vaana(雨 / 2006年のカンナダ語映画「Mungaru Male」のリメイク作)」でテルグ語映画デビューするも興行的には不発。以降、タミル語映画を中心に活躍することになるが、"チョコレートボーイ"としてステレオタイプ化されたくないからと、ロマンス映画を避けた出演を続ける。2011年の「Dam 999」で英語映画に、2023年の「Christopher(クリストファー)」でマラヤーラム語映画にそれぞれデビューもしている。

 マーベルヒーローへの憧れが狂気の域まで行ってるマイケルの行動指針の異常性もヴィランとしてカッコいいながら、そのために家族すら犠牲にして意に介さないその精神が、インド映画において同郷人や家族や恋人をこそ重要視するインド人気質との対立を生み、明確な悪と断罪されているのがあからさまでありながら、(悪側も含めて)カッコええ。
 ハヌマーンのスーパーパワーの発動条件がややご都合的ではあるけれど、お調子者主人公が1つ1つ試していきながら自分の都合のためにその超常力を使うことに躊躇がないのも楽しい。インド映画における世界の危機とは、常に向こう三軒両隣りの範囲内なんですわなあ…。それこそ、特別の環境とか才能とかでない「凡人」に与えられる普遍的奇跡ってやつでしょか。
 アメコミが北欧神話とかを扱うことに対抗してか、ハヌマーンを主題にしたことによるのか、しっかり叙事詩ラーマーヤナが伏線として機能し、神話的大戦へと向かう舞台を整える導入役に神話キャラクターが登場するのも、気の利いたサービス精神でもある。ラーマーヤナのその後を想像させる物語の幅もお美しい。

 ま、家族の危機にスーパーパワーなしでも敵に無双する主人公の姉アンジャンマ(*9)の強さもインパクト大。「いよ! インドの女はそうでなくっちゃ!!」とか合いの手が入るくらいの歌舞いた決めアクションに一気に惚れてまうやろー。

 お話の半分くらい、スーパーパワーを茶化して話があっちこっち脱線しまくってるようにも見えるマサーラー文法で描かれるスーパーヒーロー映画なんですが(*10)、スーパーパワーを支える善性の証として、村人たちを良きものにしようとする言論、社会的視線、人と人の関わりの深さをより描き出そうとするインドの理想的農村地域アンジャナードリが、冷え切った都会人を駆逐した後にどんなお話を展開させようとするのか、ラストに告知される続編に期待大でございますよ!

 それと、本作の魅力を大幅に増幅させる、ゴウラハリ(別名ハリ・ゴウラ)を始めとする音楽班による壮大な音楽も見もの。山間部に響く重低音の太鼓や男声の美しさが、ここまでヒーロー映画をカッコよく盛り上げて行くのは、クセになるほどの中毒性を放ちますわ!!



挿入歌 Pudhiya Manidha




 


「ハヌ・マン」を一言で斬る!
・スーパーパワーを手に入れても、『そんなの俺の尊敬するラジニだったら簡単にやってたし』で終わらせられる、インド映画におけるスーパーパワー耐性よw

2024.6.15.
2024.7.13.追記

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*1 関連しているのかどうか、冒頭のクレジット内にデジタル&PRで博報堂(?)の名前が出ている…!!
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 映画冒頭にデカデカと表記されている。
*4 この映画で、SIIMA南インド映画賞のテルグ語映画監督賞ノミネートされている。
*5 現テランガーナー州内にある、アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の共同州都。
*6 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*7 一説にバンガロール生まれとも。
*8 カルナータカ州南西部〜ケーララ州北部に広がるトゥル・ナードゥ地方を起源として広がる、トゥル族が母語とする南部ドラヴィタ語派の言語。
*9 演じるのは、「Maanikya(紅玉)」「ヴィクラムとヴェーダー(Vikram Vedha)」「サルカール(Sarkar)」などに出演している女優ヴァララクシュミー・サラトクマール!
*10 あるいは、全部アメコミへの皮肉か!?