インド映画夜話

スピーシー・オブ・コブラ (Hisss) 2010年 98分
主演 マリッカー・シェーラーワト & イルファン・カーン
監督/脚本 ジェニファー・チャンバース・リンチ
"蛇姫降臨"




 古のインドの伝承に曰く…。
 変幻自在なるコブラの女神こそ永遠なる存在たらん。その身に生命の玉…ナーグマニあり。愚かにもそを求めんとする者には、必ずや女神の怒り降り注がん…。

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 癌のため余命半年と宣告された米国人ジョージ・ステイツは、その治療薬として伝説のナーグマニに唯一の希望を見出していた。彼は、不老不死を授けると言う伝説の玉を手に入れるため、交尾中のつがいから雄蛇だけを無理矢理に生け捕りにして、伝説の玉を持つ雌蛇をおびき出そうとする。森の中でつがいの相手を奪われた雌蛇は、人知れず人間の女性に変身、雄蛇の泣き声を頼りにホーリー祭に湧くナッチの街にやって来てくる…。

 ホーリー祭の翌日。
 身元不明の女性の保護を要請されたヴィクラム・グプタ警部補は、一旦その女性を妻マヤに預け、別件の通報を受けて変死体捜査の方に専念することに。しかし、その夜には保護された女性が行方をくらませ、それから奇妙な殺人事件が町中で起こり始める…。


挿入歌 Lagi Lagi Milan Dhun Lagi (貴方に出会えたかのよう)


 原題は、蛇の鳴き声の英語表記。別題「Nagin: The Snake Woman」。
 ハリウッドで活躍する映画監督デヴィッド・リンチの娘ジェニファー・チャンバース・リンチの、3本目の監督作となる、米印合作映画(*1)。後に、ジェニファー・リンチはこの時の舞台裏の奮闘をまとめたドキュメンタリー映画「Despite the Gods」を公開させている。

 インドでは、英語版、ヒンディー語(*2)版が同時製作された他、タミル語(*3)吹替版、テルグ語(*4)吹替版、マラヤーラム語(*5)吹替版も公開されたよう。
 日本では、2011年に「スピーシー・オブ・コブラ」のタイトルでDVD発売されている。

 うん…まあ、色んなことがとっ散らかったまままとめられちゃった蛇女もの映画という感じ。
 脳の癌を治そうと伝説の蛇の石を求める狂気のアメリカ人の横暴に始まる事件は、蛇女の復讐劇として展開するものの、なんでそんなインド人をいじめるヤツにみんなが日がな一日付き合ってるのかとか、雄蛇捕まえるよりその場で雌蛇捕まえれば事は済んだんじゃないかとか、色々と展開にムリクリ感が強い。その辺は、途中から編集権が監督から取り上げられちゃったと言う現場の混乱が見えるようで、映画中盤に現れる、性暴行事件の犯人を次々と蛇女が襲撃するヒロイックな展開も中盤のみの展開となり、人間側主人公ヴィクラムの妻マヤが死産をトラウマにして自分の妊娠を怖がる描写とかも後半への流れにストレートに反映されていかない感じ(ない事はないけども)が、映画のまとまりとしてやっつけ感を増長させてしまう。
 目を見張るのは、自然豊かなケーララロケというジャングルの色彩と、蛇女の気色悪い変身シーンの完成度か。「プレデター(Predator)」や「スクリーム(Scream)」などでハリウッドで活躍しているメイクアップアーティスト兼映画監督兼プロデューサーのロバート・カーツマンによる特殊効果とCGの組み合わせは、それなりに本格的(*6)。
 それをより以上に印象的に魅せる、蛇の持つおぞましさと妖艶さを特殊効果と合わせて見事に演じきったマリッカー・シェーラーワトの魅力こそが、映画全体の肝として構成された映画…と言ってもいいかもしれない。

 そのマリッカー・シェーラーワト(生誕名リーマ・ランバー)は、1976年ハリヤーナー州ロータク県(またはヒサール県)のジャート家系(*7)生まれ(*8)。弟に、映画プロデューサーのヴィクラム・シン・ランバーがいて、ムンバイに移住して映画女優を目指していた時には姉弟で支えあっていたと言う。
 デリー大学で哲学の学位を取得後、キャビンアテンダントを短期間勤めながら結婚と離婚を経験。その後に親に反対されながらも芸能界へと進むために家出して、CMやMV出演する中で色々な映画企画に署名(*9)。
 様々な映画企画が立ち消えになる中で、02年のヒンディー語映画「Jeena Sirf Merre Liye(人生は君のためだけに)」で本名リーマ・ランバーの名前で映画デビュー。その後、リーマ・セーンやライマー・セーンなどの有名女優との名前での競合を避けるため、「皇后」の意味のマリッカーに母方の苗字をつけたマリッカー・シェーラーワトの芸名で、03年の「Khwahish(欲望)」で主演デビューを果たす。
 以降、ヒンディー語映画を中心に映画女優・ダンサー女優として活躍中。05年には「THE MYTH/神話(The Myth)」で香港・中国映画デビュー。07年には「Ee Preethi Yeke Bhoomi Melide」にダンサー出演してカンナダ語(*10)映画に、08年の「Dasavathaaram(十化身)」でタミル語映画に、10年の本作で英語映画にそれぞれデビューしている。
 08年にはアヌアル・ディヴェルシティ・アワードのルネサンス・アーティスト賞を初受賞。11年には本作でゴータム・スクリーン映画祭&脚本コンテストの主演女優賞を、15年にはカラカル賞の国際ユース・アイコン賞を獲得している。

 婦女暴行を続ける男たちへの復讐に走る蛇女が起こす殺人事件を捜査する、人間側主人公にイルファン・カーンやディヴィヤー・ダッタと言う名優が配置されているものの、出番は多いながらあまり効果を発揮せず、とにかく蛇女演じるマリッカーのパフォーマンスが前面に出てくる印象。
 最終決戦での大蛇での暴れっぷりも尻切れトンボな感じが強く、煮え切らないところがなんか…ね…。その辺は、監督の意向がインド側にうまく伝わらなかったせいなのか、米印スタッフ間のコミュニケーション上のすれ違いが起きていたせいなのか…監督自身が作ったドキュメンタリー未見なのでなんとも言えないけれど、なんか企画倒れになってしまった感のある映画ですわ。

プロモ映像 Beyond The Snake

*メインで歌ってるのは、本編では一切登場しない歌手兼女優兼モデルのシュルティ・ハーサン。


受賞歴
2011 Gotham Screen Film Festival & Screenplay Contest 主演女優賞(マリッカー・シェーラーワト)


「スピーシー・オブ・コブラ」を一言で斬る!
・伝説のコブラの女神って、そこら辺のジャングルで探せばすぐ見つかるもんなのですかー!?

2021.5.7.

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*1 ただし、編集段階でプロデューサー側が最終権限を持ってって、監督の意向を無視してホラー映画風にまとめてしまったんだとか。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*4 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*5 南インド ケーララ州の公用語。
*6 一部のシーンは明らかにぬいぐるみやん、って感じではあるけれど。
*7 現パキスタン南部のシンド地方を起源とする農耕民族。17世紀以降その勢力を拡大し、北西インドで一定の地位を築いている。
*8 植民地時代に名を馳せたパンジャーブ人慈善事業家セス・チハジュ・ラームの家系でもあるそうな。
*9 この時はリーマ・ギルとかリーマ・プリーの芸名を使っていたそうな。
*10 南インド カルナータカ州の公用語。