インド映画夜話

マッスル 踊る稲妻 (I) 2015年 188分(DVD収録版は170分)
主演 ヴィクラム & エイミー・ジャクソン
監督/原案/脚本/台詞 シャンカル
"オレを殺すつもりか!" "私を殺す代わりにこんなことを!?" "こ…殺さないでくれ!!"
"違う……もっと恐ろしいことさ"






 その日は、ディヤの結婚式だった。
 様々な人が集まるその式場に、人知れず潜入して来た怪物のような人相の男は、新婦部屋のディヤを突如誘拐!! 郊外の廃屋に監禁する!! はたして、彼の正体とは…?

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 チェンナイの下町ボディビルジムに通うリンゲーサンは、広告界で活躍するスーパーモデル ディヤの大ファン。彼女と同じ広告界での成功を夢見てボディビルジムに通い、大会優勝を狙っていた。

 大会当日、昨年優勝のボディビルダー ラヴィとその仲間たちは、優勝候補となったリンゲーサンの退場をねらって舞台裏でリンチしようとするも、逆に返り討ちに。何十人と言うビルダーたちを粉砕したリンゲーサンはそのまま大会優勝して、"ミスター・タミルナードゥ"の称号を手に入れる! しかし、そこに現れたラヴィは、彼を祝福するふりをして「お前の未来をメチャクチャにしてやる」とささやいてくるのだった…。
 その後、リンゲーサンの仕事仲間となったディヤが、突然彼に中国ロケの仕事の相手をしてくれないかとオファーして来てリンゲーサンは有頂天に…


挿入歌 Ladio (レディ […彼女こそがレディでしょ?])

*リンゲーサンが毎日夢想する、スーパーモデル ディヤの出演するCM群総集編的ミュージカル!
 さて、ミュージカル内でいくつのCM製品が紹介されているでしょーか!!



 「ロボット(Enthiran the ROBOT)」の監督でもある、タミル語(*1)映画界のヒットメーカー シャンカル監督12作目の監督作。
 その撮影は、インド各地の他、タイ、中国(湖南省)でもロケされ、目を見張るVFXの数々はハリウッドで活躍するオーストラリアのライジング・サン・ピクチャーズ、ニュージーランドのウェタ・ワークショップ(*2)も参加している。公開後に、テルグ語吹替版、ヒンディー語吹替版も順次公開。
 日本では、その異様なボディビルダーたちの活躍する暑苦しく、かつ絢爛豪華な映像の数々が、一瞬だけネット上で取り上げられて騒がれた後、2017年にインド映画同好会にて「アイ」のタイトルで上映。2019年に「マッスル 踊る稲妻」のタイトルでDVD発売。

 突然の「フランケンシュタイン」や「美女と野獣」めいたゴシックホラー(?)なノリで始まるディヤの誘拐事件に続いて、華やかな広告業界やボディビルダーたちのアクションに彩られるリンゲーサンの幸せなサクセスストーリーの過去編と、怪物男のえげつない復讐劇が描かれる現代編が交互に物語を編み出し、それぞれにシンクロする絵面や登場人物たちの関係性が2つの時間軸を感情的につなぎ止めていく。
 過去編の、まさにシャンカルワールドな鮮やかな色彩の洪水と、現代編の薄暗く暗澹とした世界の対比も美しく、スーパーモデルやボディビルダーなど「外見の美しさ」を存在意義にしている業界人たちのセレブな暮らしと、下町から成り上がるリンゲーサンの泥臭さや実直さ、広告界の華やかさと風光明媚なタミルや中国の自然の美しさの違い、TVで活躍するスターの一言で変わってしまう世論、「美しさ」が崩壊した時に訪れる人間の尊厳の崩壊具合、美醜によって人間の価値が変わってしまう社会の恐さ……と、さまざまな対立要素を組み上げながら、映画そのものは主人公の栄枯盛衰、おぞましい陰謀を受けてなお立ち上がる復讐のすさまじさを描いて、人間の生命力、人生の儚さと逆転劇を見せていく。中国ロケも目新しく、風景の美しさと共に雑疑団もかくやなアクションの数々も見所。その観光名所な紅大地の風景すら伏線に使う映画の鮮やかさよ。

 主役リンゲーサンを演じるのは、1966年タミル・ナードゥ州チェンナイ生まれのヴィクラム(*3)。父親はクリスチャンの脇役俳優ヴィノード・ラージ(*4)。母親はヒンドゥー教徒のラジェシュワリー。教師の妹と、俳優志望だった弟がいる他、母方の叔父に映画監督兼俳優のトゥヤガラジャンがいる。
 学生時代から演劇に参加して裏方や役者を経験。そのまま映画界への進路の希望するも父親の反対に遭い、大学進学して英文学を専攻。その間にも演劇で数々の演技賞を獲得したり、TVCMや広告、ドラマシリーズに出演していたものの、バイクとの交通事故によって3年間手術とリハビリのため自宅療養生活を送ることになる。
 大学最後の年に、彼のモデル業や俳優業に注目した映画監督C・V・スリダールによって映画界に招待されて、1990年のタミル語映画「En Kadhal Kanmani」で映画&主演デビュー。92年にケーララ人心理学者シャイラージャ・バラクリシュナンと結婚し(*5)、93年には「Dhruvam(柱)」でマラヤーラム語映画に、「Chirunavvula Varamistava」でテルグ語映画にもデビュー。99年の「Sethu(セトゥ)」でタミル・ナードゥ州映画賞の批評家特別賞、フィルムフェア・サウス特別賞を受賞したのを皮切りに数々の映画賞も獲得していく。02年の「Shree(シュリー)」からはプレイバックシンガーとしても活動を始め、10年には、主演作のタミル語映画「Raavanan(ラーヴァナン)」の同時製作ヒンディー語版「ラーヴァン(Raavan)」で別の役を演じてヒンディー語映画デビューしている。
 映画ごとに様々な複雑な役をこなし、その演技力の高さは各界で大きな評判を呼んでいる人で、本作ではマッチョマンとせむし男と言う対極の役を演じるために、かたや120kg、かたや40kgに体重を増減させて周囲を驚かせて(&心配させて)いたとか。また、テルグ語吹替版とヒンディー語吹替版では自ら同じ役の吹替えを担当している。

 ヒロインのディヤ役には、1992年イギリスのマン島ダグラスに生まれたイギリス人モデル兼女優のエイミー(・ルイス)・ジャクソン。親はBBCラジオのプロデューサーをしているとか。
 2才の時に、親の故郷であるマージーサイド州リヴァプールに移住し、そこの聖エドワード大学へ進学。学生時代に、09年度ミス・ティーン・ワールド他18ものモデル賞を獲得してモデル業を本格的に始めるが、10年度ミス・イングランドでは落選。しかし同じ年に、タミル語映画界に招待されて「Madrasapattinam(マドラスの街)」で映画&主演デビュー。ヴィジャイ・アワードのデビュー女優賞にノミネートする(*6)。12年にはヒンディー語映画「Ekk Deewana Tha(狂える恋人たち)」に主演デビュー。14年に「Yevadu(あいつは誰だ)」でテルグ語映画デビューしている。以降、この3言語映画界で活躍中。15年には、SIIMA(南インド国際映画アワード)の南インド映画スタイリッシュ若手代表女優賞を獲得。
 本作は、5本目(タミル語映画では3本目)の出演作で、16年度SIIMA(南インド国際映画アワード)主演女優賞ノミネートしている(*7)。

 タイトルの「I」は、映画後半にその真の意味が現れてくるとは言え、各場面ごとに色々な意味がかけられているその意義を探っていくのも一興。やたら出てくる映画ネタも油断できないポイント(*8)。
 まあしかし、後半どんどん本格化する復讐劇と、美醜によって映画内での立ち位置が変わっていくキャラクター群、その変化具合や醜さ具合に悲喜こもごもの感情を乗せてくるあたり、日本での公開とか発売とかのハードルを限りなく上げてくれるよなあ……この辺は今の日本では無理かもしれない、と思えてくるギリギリネタの数々が過激で過剰な映画になってますなあ…。


挿入歌 Aila Aila (アイラ・アイラ)

*NIPPON PAINT!!



受賞歴
2015 Filmfare Awards South 主演男優賞(ヴィクラム)・音楽監督賞(A・R・ラフマーン)・作詞賞(マーダン・カールキィ / Pookkalae Sattru Oyivedungal)・男性プレイバックシンガー賞(シド・スリラム / Ennodu Nee Irundhaal)
2016 South Indian International Movie Awards 主演男優賞(ヴィクラム)




「アイ」を一言で斬る!
・中国に舞台が移った途端、なぜロッテのフリッツCMが流れるのか…w(舞台は、雲南省昆明市の観光スポット東川紅土地[ドンチョワン・レッドランド]の落霞溝とのこと。情報頂きありがとうございます!)。

2016.12.31.
2018.12.29.追記
2019.2.3.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 インド映画では初!
*3 生誕名ケネディ・ジョン・ヴィクトル。
*4 本名ジョン・ヴィクトル。
*5 出会いは、学生時代の交通事故による、3年間病院で足の治療をしていた時だそうな。
*6 本人は、初めてのタミル語に相当苦しんだそうだけど。
*7 ただし、声は声優ラヴィーナの吹替。
*8 この時点で「今度、『ロボット2(Enthiran 2)』に出るんだ」とか言うネタが出てくるのも、実際に企画進行中だった事の反映?