インド映画夜話

ファイナル・ラウンド (Irudhi Suttru / Saala Khadoos) 2016年 109分
主演 R・マーダヴァン(脚色&台詞&製作も兼任) & リティカー・シン
監督/脚本/原案/台詞 スダー・コーングラー
"勝つために必要なのはノックアウト。…ポイント判定になったら、お前は負ける"




 W杯女子ボクシング決勝のファイナル・ラウンド。
 強烈な一発を受けてリングに沈むインド代表に、人々は…!!
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 遡ること9ヶ月前。
 ボクサーのプラブー・セルワラージ(ヒンディー吹替版ではアディ・トマル)は、実力は折り紙付きながらその頑なさと反抗的な態度から国立ボクシング連盟ににらまれ、女子ボクシングのコーチとしてのみの生活を強いられて、その身をクサらせていた。
 しかし、それでも煮え切らない連盟は、彼を選手へのセクハラ犯として訴えチェンナイの国内最弱ボクシングセンターへと左遷させてしまう。

 チェンナイに到着したプラブーは、その脆弱な選手層を観察する中で、選手ラクシュミーの妹エズィル・マディのパンチ力に注目する。
 だが彼女は登録選手でもない下町のただの魚売り。喧嘩っ早くプラブーよりも口の悪い彼女に「毎朝と毎夕トレーニングにジムにくれば金を払う」と約束したプラブーだったが、お互いにそりの合わないマディとの連携はなかなかうまくいかず…。


OP Poda Poda


 女子ボクシングをテーマに、その指導者と選手の生き様を描くタミル語(*1)映画。
 同時製作・同時公開で、一部キャスト替えのヒンディー語(*2)版「Saala Khadoos(気難し屋)」も公開(*3)。
 2017年には、同じスダー・コーングラー監督&リティカー・シン主演でテルグ語(*4)リメイク作「Guru(指導者)」も公開された。

 インドより1日早くクウェートで、インドと同日公開でフランス、パキスタン、米国でも公開。
 日本では、2016年の東京国際映画祭で「ファイナル・ラウンド」のタイトルで「Irudhi Suttru」が、プロデューサーのシャシカーント・シヴァージーと主演男優R・マーダヴァン来日の上で上映。翌17年にはあいち国際女性映画祭でも上映。2021年にはインド映画祭 IDEにて「最終ラウンド」のタイトルで上映されている。

 まさにパワーあふれるエネルギッシュなスポ根映画と言った一作。
 スポ根、と言っても主に描かれるのは1選手の人間的な内面成長と、師弟それぞれの挫折と回帰を乗り越えた結びつき。ボクシングに向き合う1人の人間の生き様を描いていく物語。
 なによりもまず、コーチ プラブー演じるR・マーダヴァンのワイルドっぷりにびっくりだし、演技未経験のキックボクサーだったと言う、マディ演じるリティカー・シンのマーダヴァンを上回る暴れっぷりも最高。

 腐敗した連盟のお偉方を敵に回して落ちぶれたボクシングコーチと、才能を見出されたスラム育ちの野生児がお互いに手を取り、衝突しあい、すれ違いを繰り返しつつ頂点を目指す…と書くと「あしたのジョー」との比較をしてしまいたくなるけれど、類似点もさることながら注目すべきは、ライバル不在(*5)の中で、ボクシング連盟のシャレにならん腐敗やスポーツ環境の貧弱さ、下町に生きる人々の殺伐さを明らかにしつつ、そこで生きるアスリートたちのそれぞれの人生観の確立・人としての尊厳を構築していく姿を描くのが、やたらに熱いシークエンスでありまする。

 貧困と差別・多忙な生活・無数の人に揉まれ続けるプライバシーゼロの生活環境にあって、自己を主張し続け、常に強気に・自信過剰に見せないとまともに話も聞いてもらえない場所で育ったマディが、ボクシングの才能のみとはいえ自身をみつめ真摯に評価してくれる、信頼できる相手を見つけたことによる人間性・人生観の変化具合が麗しく、そしてその率直すぎる不器用さが切ない。
 それぞれに挫折を経験し、過去を悔やみ未来への展望も少ない師弟が、その姿勢を同じ目標に定めることによって、人間性を取り戻し、軋轢の深い世間に対して一矢報いる姿の爽快さと言ったらもう…!!

 本作の監督を務めたスダー・コーングラー(・プラサード)は、1971年アーンドラ・プラデーシュ州ヴィシャーカパトナム生まれ。
 歴史学とマスコミ学を修了して、2002年の英語映画「Mitr, My Friend(ミトゥル、私の友人)」で脚本デビュー。巨匠マニ・ラトナム監督のもと助監督として働く中で、08年のテルグ語映画「Andhra Andagadu」で監督デビュー。10年には「Drohi(反逆者)」でタミル語映画監督デビューとなり、本作が3本目の監督作となる。

 主役マディを演じたリティカー・シンは、1994年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。
 幼い頃から父親の指導のもとキックボクシングとマーシャルアーツを習得。09年度アジア室内競技会の52kg級キックボクシングで正式デビューを飾り、国内格闘技リーグのスーパー・ファイト・リーグに参加し知名度をあげていく。
 映画には、02年の「Tarzan Ki Beti」で子役出演した他、13年のパンジャーブ語(北西インド パンジャーブ州の公用語)映画「Bikkar Bai Sentimental」に端役出演していたそうだけど、演技はほぼ素人同然ながら本作で正式に女優&主役デビュー。以降、役者としても、タミル語・テルグ語映画界で活躍中。

 本物のキックボクサーが演じている分、14年のヒンディー語映画「メアリー・コム (Mary Kom)」よりは試合のかけひき、戦術の組み立て方がリアルよりになってはいる(*6)。
 歌とともに描かれる特訓シーンの、前半と後半での描かれ方や勢いの違いなんかもパワフルで楽しい。底辺から這い上がる人々の世間を打ち倒していく爽快感が、国の名前を背負うところへと導かれていく所に、インドのスポーツ界が抱える色々なアンビバレンツが内包されているんだろうなあ…と思わなくはないけれど、そのパワフルさ、エネルギッシュさもまた、インドの今だからこそ描ける映画ってことなのかもしんわなあ…と妙な感慨に耽る部分もあり。現代インドでしか作れない一本ではありまする。
 ああ、それにつけても劇中で流れる挿入歌の数々のカッコ良さよ!!

挿入歌 Maya Visai


受賞歴
2016 National Film Awards 特別業績銀蓮賞(リティカー・シン)
2016 Ananda Vikatan Cinema Awards 主演女優賞(リティカー・シン)・音楽監督賞(サントーシュ・ナラヤナン)・ダンス振付賞(ディネシュ・クマール)
2017 Filmfare Awareds South 主演男優賞(マーダヴァン)・主演女優賞(リティカー・シン)・監督賞
2017 Filmfare Awards 女優デビュー賞(リティカー・シン)
2017 Ananda Vikatan Cinema Awards 主演女優賞(リティカー・シン)
2017 IIFA Utsavam タミル語映画作品賞・タミル語映画主演男優賞(マータヴァン)・タミル語映画主演女優賞(リティカー・シン)
2017 SIMA(South Indian International Movie Awards) 批評家選出主演男優賞(マーダヴァン)
2017 Behindwoods Gold Medal 脚本賞(スダー・コーングラー)・音楽監督賞(サントーシュ・ナラヤナン)・審査員特別賞(マーダヴァン)・スチル賞(C・H・バル)・音響賞(ヴィシュヌ・ゴーヴィンド & スリー・シャンカル & スレン・G)・ダビング賞(ウママヘーシュワリ)・サブタイトル賞(スダー・コーングラー)


「IS」または「SK」を一言で斬る!
・マーダヴァンはともかくとして、チェンナイのコーチ パーンディアンを演じる太めナーサルも二の腕の太さがスゴ…。

2019.5.25.
2021.1.16.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 DVD発売されてるのはこっちのバージョンで、私の見たのもこっちです…が、どっちがオリジナルかってのは解釈次第という感じ。
*4 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*5 優勝を争うロシア人選手とか、マディに嫉妬する姉ラクシュミーとか、それっぽい立ち位置の登場人物はいるけど。
*6 セリフとかでは出てこないで、選手の目線や手足の動きで表現してるけど。