インド映画夜話

ジャナタ・ガレージ (Janatha Garage) 2016年 159分(162分とも)
主演 モーハンラール & Jr. NTR
監督/脚本 コラターラ・シヴァ
"君の助けがいる。人が苦しんでいる時、見て見ぬ振りができないのなら"




 ーこれは、困難に喘ぐ人々を救う家族の物語。

 1980年。
 弟妹の進学を優先させるため、自身は学業を諦めて整備工場で働いていたサティヤムは、大学進学した弟シヴァの勧めで渋々親と一緒に大都市ハイデラバードに移住。そこに自分の整備工場を建てて、集まってくる整備工や近所の常連客たちと平穏な日々を過ごしていた。
 …常連客の娘が、交通事故に見せかけた強姦致死させられるまでは。

 警察が役に立たないと知るや、サティヤム以下整備員たちは村の掟を適用して犯人たちを交通事故を装い殺害する。この話を聞いた困窮する人々は、以降続々とサティヤムの工場…"ジャナタ・ガレージ"を訪れて、自分たちを陥れる権力者たちへの復讐を依頼してくるようになっていく。
 しかし、最初の標的の兄を名乗る土地開発業者ムケーシュ・ラーナーからの警告が出されてすぐ、弟シヴァ夫婦が暴漢たちに銃殺されてしまい…!
 サティヤムはその復讐を誓いながらも、残された夫婦の赤ん坊をシヴァの義兄スレーシュ・シェーカルに預けて「お前の子供として育ててくれ。私や親のことは話すな。この工場のこともこの子には伝えるな」と厳命させる…。

 25年後。
 ムンバイのスレーシュの家で成長した赤ん坊…アーナンドは、養父母の娘ブッジと兄妹同然に育てられ、大学で環境科学を研究していた。
 地球環境保護にうるさいアーナンドは、化学系企業に就職したブッジや、ディワリ中に煙を出しまくる花火ではしゃいでいた後輩大学生アヌにも抗議の声を上げるお節介ながら、彼の人好きさせる性格に次第に周りに人が集まっていく。
 そんなある日、アーナンドは養父母たちにある提案を切り出す…「研究のため、交換留学でハイデラバードの大学に行きたい」。それを聞いたスレーシュは…!!


挿入歌 Pranaamam (挨拶を [日の出に、自然の全てに])


 原題は、劇中に登場する整備工場の名前で、「人々の整備工場」の意。
 「皆に開かれた工場」の意と「人間や社会そのものを整備する工場」の意を2重に含むタイトル?

 「ミルチ(Mirchi)」で監督デビューした、大ヒットメーカー コラターラ・シヴァ3作目の監督作となるテルグ語(*1)映画。
 インドと同日公開で、アラブ、クウェートでも公開されたよう。
 のちにヒンディー語(*2)吹替版「Janta Garage」も公開。
 日本では、2024年にJAIHOで配信。同年にBDも発売。

 まさにマサーラー映画の得意とする「法で裁けぬ社会悪を、法に代わって裁く市井の仕置人ヒーロー」を地で行くインド的庶民の味方ヒーロー大活躍映画。
 こう言うの見るにつけ、マサーラー映画文法って日本の時代劇的だなあ…とか思わんでもないですが、現代社会を舞台にしてより絶望度の高いインド社会への改心を迫る必死さは、はるかにパワフルでありますわ。

 映画開始18分まで登場しない主役演じるテルグの"ヤングタイガー"ことJr. NTRと対比されるように、マラヤーラム語映画界の大スターである"コンプリート・アクター"モーハンラールを序盤の主人公として劇中のジャナタ・ガレージ結成までのエピソードに出演させ続け、Jr. NTR演じるアーナンドの登場以降も、人生の先輩として・社会改革の先輩として・闘士の先輩としてもアーナンドの実質的師匠であり父親的な位置に居続けて、絶対的父性を発揮して全ての物事に決着をつけさせる頼れる大人でありリーダー足りうる迫力を見せつける。2014年公開のタミル語(*3)映画「ジッラ(Jilla)」などと同じく、他言語圏の映画スターと共演してその父性を発揮するよき指導者、よき先輩として若きスター達を導くモーハンラール自身の映画界での立ち位置と物語内での立ち位置がシンクロするような仕掛けも熱い。

 物語的にはあまり活躍しないながら、ブッジ役のサマンタとアヌ役のニティヤーの2大ヒロインを敷き、悪役ムケーシュ・ラーナーに名優サチン・ケーデーカル(*4)を配置。その他、ジャナタ・ガレージに所属する工員たちやその周りにも数々の映画スターが登場するマルチスター映画にあって、最終的なラスボスも(*5)意外な方向へ向かって行く奇想天外さもあって目が離せない。
 あんまり意識してなかったけど、ジャナタ・ガレージで仕置人に参加している工員が7人と言っていたのは、「七人の侍」的なオマージュだったり……しないか。しないわな。うん。

 州政府を味方につけた強権的な土地開発、スラム排除で利益を貪る富裕層に対して、地球環境保全に関心のあるマサーラーヒーローを主人公にする対比構造は鮮やかながら、そのエコ意識がヒロインとの不器用な出会い以外にはあんま機能せず、友達とバイク吹かしてツーリングに行っちゃったりしているシーンが出てくるのは、本気で環境保全に関心がある主人公なのか疑いたくはなってしまうのはなんとも。
 まあ、その「地球に優しく」のテーゼが「自分と他人の生命力の発露をこそ、祝うべき」と言うマサーラー的な生命讃歌・青年讃歌として表現されるファーストミュージカル"Pranaamam (挨拶を)"の爽快さは「そう来たか!」と言ってしまいたくなるインパクト。そこを通過してしまえば「ま、それならJr. NTRの言うことも一理あるか」となぜか納得してしまいそうになってくるから良しとしますヨ。うん。

 そう言った若者讃歌を謳いあげつつ、現代インドの大人たちの間にはびこるあらゆる腐敗を「打倒すべき敵」と描き、その敵となる貧困層を食い物にする富裕層・権力層の厚顔無恥さが、生まれながらに富裕な暮らしを続けてきたサティヤムの息子ラーガヴァをも取り込んで行く皮肉的・悲壮的展開なんかは、1996年のタミル語映画「インドの仕置人(Indian)」にも通じる激熱展開。
 ジャナタ・ガレージの中で血の繋がり以上の結束で家族同然に暮らしてきた工員たちの結束が破壊された時、よくあるマサーラー展開では親子の絆(特に父子の絆)をこそ味方につけて巨悪に対峙する主人公像が好まれるインドにあって、擬似父子の絆にこそ注目する本作に見える人情のあり方は、まさにヤクザ映画か時代劇とも共鳴するかのよう(*6)。
 善悪どちらも血族以上に結束する擬似家族の結成とその崩壊を描いて行く対象的構造に注目して行っても、その映像対比が刺激的でありますわ。

 そういや、主人公アーナンドの養父母たちが、自分たちの娘ブッジとの結婚を目論んでいたけれど、インド映画でよく見る従兄妹婚はどの辺までの範囲がそのターゲットになるのか毎度疑問でありますよ。多民族社会における、民族的アイデンティティの持続のために親族婚が推奨される&手っ取り早いってのはあるんだろうけども…不思議。



挿入歌 Apple Beauty ([貴女は空からやって来たのか] 林檎の君)




受賞歴
2016 National Film Awards 審査員特別賞(モーハンラール / 【Munthirivallikal Thalirkkumbol】【Pulimurugan(虎ムルガン)】に対しても)・振付賞(ラージュ・スンダラム / Pranaamam)
2016 Nandi Awards 人気作品賞・主演男優賞(Jr. NTR)・助演男優賞(モーハンラール)・原案賞(コラターラ・シヴァ)・振付賞(ラージュ・スンダラム / Pranaamam)・美術監督賞(A・S・プラカーシュ)・作詞賞(ラーマジョーガッヤ・サストリー / Pranaamam)
2017 SIIMA (South Indian International Movie Awards) 主演男優賞(Jr. NTR)・音楽監督賞(デヴィ・スリ・プラサード)・作詞賞(ラーマジョーガッヤ・サストリー / Pranaamam)
2017 IIFA Utsavam 作品賞・監督賞・主演男優賞(Jr. NTR)・音楽監督賞(デヴィ・スリ・プラサード)・作詞賞(ラーマジョーガッヤ・サストリー / Pranaamam)・女性プレイバックシンガー賞(ギーター・マードゥリー / Pakka Local)
2017 Filmfare Awards South 作詞賞(ラーマジョーガッヤ・サストリー / Pranaamam)・振付賞(V・J・セーカル / Apple Beauty)


「ジャナタ・ガレージ」を一言で斬る!
・西暦の数字とともに表記される場所名が、テルグ文字のために読めない…悲しや。

2025.3.2.

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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*4 2005年の「Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero(忘れられた英雄 チャンドラ・ボース)」のチャンドラ・ボース役を演じた人でないくわ!
*5 ムケーシュがその役を担ってるとはいえ。
*6 まあ、相変わらず女性登場人物たちの活躍は限定的で、母性はそこまで価値を置かれないのがマサーラー的ではありますが。