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音楽サロン (Jalsaghar) 1958年 100分(95分とも)
主演 チョビ・ビッシャシュ
監督/製作/脚本 サタジット・レイ
"貴族の衰退と、芸術への執着"
20世紀初頭のベンガル地方。
かつての栄光の残滓だけが残る、空虚な宮殿に住まうジョミンダル(荘園主)のビッションボル・ラエは、隣の資産家モヒム・ガングリ家から聞こえる音楽が気になっていた。
「あれは、ガングリ家の息子の入門式を祝う音でありますよ。旦那様…」
執事に説明されてからビッションボルは、かつて一人息子コカのために催した入門式のことを思い出す……
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その昔、ビッションボルは息子コカのための入門式を盛大に開催しようと、資金の足りない家計のために妻マハマヤの衣服を売って高名な音楽家たちのコンサートを催していた。返せるあてもないままに「隣家への対面のためだ」と断言して…。
その後も、義父の容体を見に帰省したいと言う妻と息子を送るまま、宮殿に残るビッションボルは現代的な屋敷を落成するガングリ家に対抗して、無理を重ねて自宅宮殿に高名な古典音楽家たちを迎えるための音楽サロンを構えていく。その祝宴に妻と息子を呼び戻すビッションボルだったが、祝宴開催日当日になっても2人は戻ってこない。
ガングリ家を始め、近所の名士達と共に古典音楽に耽溺するビッションボルも流石に気になって、途中退席して2人の消息を訪ねにいくと……
ベンガル人作家タラションコル・ボンドバッダエ原作の同名短編小説の、ベンガル語(*1)映画化作品。英題「The Music Room(音楽室)」としても知られ、映画史上初のインド古典音楽と古典舞踏をメインに取り上げた作品としても知られている(ホンマ?)。
公開当初は、批評家からの評価は芳しくなかったというものの、ナショナル・フィルム・アワードで賞に輝いてから注目が集まり、サタジット・レイの名前を世界的に確立させた1本となった。
1981年にフランス公開された時には17万枚以上もの入場券が売り上げられ、1988年の「サラーム・ボンベイ!(Salaam Bombay! )」に抜かれるまでフランスにおけるインド映画公開史上最多興行記録を保持。1996年に米国アカデミー映画アーカイブにフィルム保存されている。
日本では、1988年の大インド映画祭にて「音楽ホール (Jalsaghar / The Music Room)」の邦題で初上映。2025年の「サタジット・レイ レトロスペクティブ」にてデジタルリマスター版が「音楽サロン」の邦題で上映され、BDも発売された。
ほぼほぼ廃墟同然ながら、なお数人の使用人と共に村一番のお屋敷に住み続け、芸術に耽溺する衰退必至のジョミンダル(*2)の当主の、過去の栄光への執着、伝統を受け継ぐべき我が身の矜持、それでも有閑階級であるからこそその深化を見せる芸術への執着とその真眼を、「亡び去るもの」として描いていく哀しさを見せつける1本。
やや方向性が違うながら、「老醜を晒す地方権力者」の哀しさを描くという点では、本作の後に発表されたサタジット・レイ監督作「女神(Devi)」のジョミンダルのあり方と明暗対比的な構造を持つ映画、としても見れなくもなくもないかも。うん(弱気)。
芸術の関わる人々の姿を描くいわゆる"芸道もの映画"とは違うものの、古典音楽に耽溺し、自身のお屋敷に専用のホールを作り、その芸術性を120%体感しようとする、地方を支配するほどの権力と資金力を持つが故に可能な「芸術を楽しみ、支援し、深化させる」芸術の観客側の矜持、権力も資金も投げ打って分不相応な芸術への耽溺を止められない古典音楽への心酔ぶりは、こののちの映画群を見てていつも感じることですが、やはりこう言う余暇を持て余す有閑階級あってこそ芸術の発展が促される面は大きいよなあ…と考え込んでしまうと共に、そう言った特権階級が芸術に耽溺できない社会もまた恐ろしいよなあ、とも思えてしまう自分もいる。生活の中の余暇にこそ芸術を求める人の心が本能的なものかどうか、余暇を持つ者たちによって発展する芸術だからこそ人の心が惹きつけられてしまうのか、芸術なる技と人の生活の関係ってなんなんだろうねえ……とかメンドくさいことをつらつら考えてしまいますわ。
本作のビッションボル・ラエが、もはや新興の実業家に資金力も人脈も最新技術の扱いも敵わなくなりながら、それに抵抗するように(*3)古典音楽とその開催場所としてのサロンの復活になんらかの希望を見つけて行くその姿が、虚しい姿なのか悲しい姿なのか、あるいは亡び去る前の抵抗の姿なのか…見る人によってその印象は変わるかもしれないけれど、家の伝統にのみ自身の価値を見出すビッションボルが考える音楽サロンの存在意義は、ビッションボル自身の価値観を表すと共に、古典音楽そのものの存在意義がその環境(開催場、観客も含めて)にも依存している事をも露わにする。
お屋敷内音楽サロンの復活を祝う何十年ぶりかの音楽会開催の中、モヒム・ガングリが踊り子におひねりを投げようとした手を沈黙のまま止めるビッションボルの、芸術の支援者としての真眼、矜持、その伝統に裏打ちされた芸術への憧憬は、まさに芸術と人との関わりを露わにする1つの象徴…人生という浮世を無効化する悲しき象徴…でもありましょうか。
実際に古典音楽家たち(*4)を出演させて撮影されたインド古典音楽と舞踊の美しさは言わずもがな。映画内にその技術と美しさを刻みつけようとでもするその熱意が濃厚に映されいるよう。特にラストのビッションボル念願の(*5)音楽会を彩る古典音楽と古典舞踊の長尺の映像と、その後のお屋敷の沈黙との対比は、インド芸術の水準をカメラに焼き付けようとでもする画面のパワフルさに圧倒されてもしまう。それこそ、主人ビッションボルを無視して騒ぎ立てよとするモヒム・ガングリと同じように興奮してしまう自分が、画面に圧倒されて出てこようとするのを必死で抑えなければならないほどに。ああ、私なんぞ芸術への耽溺の入口にも入れない、真眼を鍛えられぬ身の上でありますわあ。
受賞歴
1959 露 Moscow International Film Festival 音楽コンポーズ銀賞
1959 National Film Awards ベンガル語映画次点注目作品功労賞・主演男優大統領金メダル賞(チョビ・ビッシャシュ)
「音楽サロン」を一言で斬る!
・ベンガルの肖像画家は、荘園主の絵を描く時はスーツで描くのですか!(マグリットみたいネ!!)
2026.7.5.
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*1 北インドの西ベンガル州、トリプル州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある。
*2 大地主。いわゆる"ザミンダール"のベンガル語発音。
*3 あるいは逃避するように?
*4 女優兼カタックダンサーのローシャン・クマーリー。ガザル、ダドラ、トゥムリ歌謡歌手兼女優のベーガム・アクタル、シタール奏者ワヒード・カーンなどなど。
*5 そして、恐らくはビッションボル最後の。
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