インド映画夜話

ピザ!  (Kaaka Muttai) 2014年 109分
主演 J・ヴィグネーシュ & V・ラメーシュ
監督/脚本 マニカンダン・M
"1日の稼ぎは10ルピー。ピザ1枚は300ルピー"




 チェンナイのスラム街に住む兄弟の日課は、線路沿いに落ちている石炭を拾って家計を助けることと、近所の空き地の木に巣を作ったカラスの卵を食べること。
 線路脇で暮らす"ニンジン"おじさんに兄弟は、"大きなカラスの卵"と"小さなカラスの卵"と名乗っていて、弟はなにかと言うとそれを自分の名前だと主張するから母親はカンカン。

 収監されている父親のために働きづめの母親の目を盗んで遊びまわる兄弟だったが、ある日遊び場の空き地が売却されて、新しくピザチェーン店が建てられてしまった。
 カラスの卵も手に入らなくなってしまった兄弟だったが、ピザ屋の開店セレモニー以来、ピザなる食べ物に興味津々。母親の言いつけも祖母のとりなしも聞かずに、なんとかピザを食べるお金300ルピーを手に入れられないかと奔走し始めるのだが…。


挿入歌 Maanjaave Kaanjaachu


 原題は、劇中での主人公兄弟たちの自称で、タミル語(*1)で「カラスの卵」の意。タイトル下部には、英題「The Crow's Egg」と表記してある。
 カメラマン出身のM・マニカンダン長編劇映画監督デビュー作となる、スラムの子供達の様子を追ったタミル語映画。実際に、チェンナイのスラムで撮影され、主役の兄弟もスラムに住む子供達がキャスティングされていると言う。

 2014年のカナダのトロント国際映画祭でプレミア上映された後、世界各地の映画祭で上映。翌15年にクウェート、インド、香港、台湾(*2)で一般公開。日本では、2017年(?)にレンタルDVDが発売され、各種ネット配信。2021年にCS放送もされている。
 2016年には、マラーティー語(*3)リメイク作「Half Ticket(ハーフ・チケット)」も公開。

 大都市の一角、上流階級や中流階級の暮らしのすぐ横で生活する、スラムの人々や路上生活者たちの暮らしを丹念に描く本作。出だしのスラムの家での兄弟の就寝〜朝食の様子から、外出して歩いていく姿をカメラがどんどん引きで撮って行けば、すぐ隣に整備された大通りやオフィス街、繁華街が広がる生活格差のショックを一目で見せる画面は、「ガリーボーイ(Gully Boy) 」や「Beyond the Clouds(ビヨンド・ザ・クラウド)」に通じるインド社会の現実を見せつける演出か。

 実際のスラムを背景に、スラム在住の子供達から選ばれたという主役兄弟の、演技経験がないという話が信じられない堂々たる演技力もスゴイ。
 口が悪くすぐ悪態をつきながらもそんなコミュニケーションに慣れていて、迷路のようなスラム街をスイスイ走り抜けていく身のこなしも見事というかなんというか。喧嘩し合いながらも、兄弟同士・母子同士でしっかり信頼しあってお互いに支え合っている姿も愛らしい。それが故に、富裕層の子供から食べかけのピザを差し出された時の兄の反感、不満を過度に祖母にぶつけてしまった兄弟の取り返しのつかない後悔の様子が、なんともこう…やるせない。
 貧困や不自由をものともせず、好奇心の赴くままに動き回る兄弟たちのバイタリティが好意的に発揮されればされるほど、現実社会に横たわる大人たちの論理、広がる一方の格差社会の無節操さ、子供や貧困を餌に動き回る有象無象の情報化社会の実像が牙を剥く。なんと現世は、いびつに不平等にできている事か。

 監督を務めたM・マニカンダン(別名マニカンダン・マティヤザーガン)は、タミル・ナードゥ州マドゥライ県ウシランパッティの警察官の家生まれ。
 警官の父の転勤についていろいろな学校に転校し続けた後、自動車工学の学位を取得。写真に興味を持ち、学校卒業後は結婚式場付きカメラマンとして働き始めながら映画学校の写真コースを受講したのをきっかけに、タミル語映画界にて撮影監督助手としての仕事を得て映画界入り。2010年には短編映画「Wind」で監督&脚本デビューし好評を得、この映画に興味を示した映画監督兼プロデューサーのヴェトリマーランに声をかけられたのが、本作制作のきっかけだったと言う。
 本作で数々の映画賞を獲得した後、タミル語映画界で映画監督兼脚本家兼カメラマンとして活躍中。

 主要登場人物のうち、主役家族の名前が出てこないであだ名か代名詞で呼ばれるのも色々と意味深。実在のスラムを舞台に、実際のスラムの子供達を起用した事実も含め、現実と虚実がないまぜとなっていく映画の機能を見せつける感じでもあるか。
 ミーラー・ナーイルの名作「サラーム・ボンベイ(Salaam Bombay!)」と同じく、映画の内容とともに映画製作手法そのものが社会活動の一環としての力を持っていく「現実に働きかけていく力」を見るよう。それでありながら、皮肉たっぷりの脚本の社会への粋なツッコミも鋭いのがさすがと言うかなんと言うか。
 信用できない大人たちや、周りの人間を利用することしか知らない社会に対してのささやかなカウンターパンチが小気味好い本作ながら、スラムに育った子供たちが無事成長して幸せな人生を歩むように願わずにはいられない。願わくば、最後に見せた家族への愛情のように、全ての子供たちが助け合って生きられる世の中でありますように…。

挿入歌 Karuppu Karuppu


受賞歴
2015 米 Indian Film Festival of Los Angeles 観客選出注目作品賞・批評家選出主演男優賞(J・ヴィグネーシュ & V・ラメーシュ)
2015 National Film Awards 子供映画賞・子役賞(J・ヴィグネーシュ & V・ラメーシュ)
2015 台湾 Taipei Golden House Film Festival NETPAC(アジア映画ネットワークプロモーション)賞
2016 Ananda Vikatan Cinema Awards 作品賞・監督賞・台詞賞(アナンド・アンナマライ & アナンド・クマレサン)・編集賞(キショーレ・テ / 遺作として受賞)・原案賞(M・マニカンダン)・子役賞(J・ヴィグネーシュ & V・ラメーシュ)
2016 Edison Awards プロデューサー賞(ダヌシュ & ヴェトリマーラン)
2016 Filmfare Awards South タミル語映画作品賞
2016 ノルウェー Norway Tamil Film Festival 作品賞・主演女優賞(アイシュワリヤー・ラジェーシュ)・助演男優賞(ラメーシュ・ティラク / 【Orange Mittai】と共に)・編集賞(キショーレ・テ / 遺作として受賞)
2016 SIIMA (South Indian International Movie Awards) タミル語映画デビュー監督賞
2017 Tamil Nadu State Film Awards 作品特別賞・主演女優賞(アイシュワリヤー・ラジェーシュ)・子役賞(J・ヴィグネーシュ & V・ラメーシュ)


「ピザ!」を一言で斬る!
・ピザより、ドーサ食べたい!!

2021.12.10.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 公開タイトル「披薩的滋味」。
*3 西インド マハラーシュトラ州の公用語。