インド映画夜話

Kaabil 2017年 139分
主演 リティック・ローシャン & ヤーミー・ガウタム & ローヒト・ローイ
監督 サンジャイ・グプタ
"心が、すべてを見ている"




 その日、視覚障害者の声優ローハン・バトナーガルは、知り合いのチャタルジー夫人の紹介で、同じく視覚障害者のNGO職員スー(本名スプリヤー・シャルマー)とのお見合いの席に駆り出された。お互い、自立した生活基盤を持つ2人は交流を重ねながらお互いの事を理解して意気投合し、ついに皆に祝福されて結婚する。

 しかし、2人に目をつけた地元政治家の息子マーダヴラーオ・シェーラルの弟アミット・シェーラルは、悪戯半分に喧嘩をふっかけ、ローハンのいない間に仲間ワスィームとバトナーガル家に乗り込んでスーを襲いレイプしてしまう!
 怒り狂うローハンがすぐに警察に通報するとスーの容態を診察してくるよう言われるが、先回りしていたアミットの部下たちによって2人は36時間監禁させられた上で海岸に放り出され、改めて警察に訴えても「婦女暴行を証明するためには、事件から24時間以内に診察を受けないといけないのに、こんなに遅くに来てもらっても困る。目撃者もいないのだろう? こんな状態だと、お前たちを詐欺罪で逮捕してもいい案件だな」と突っぱねられるだけだった。
 絶望の中、なんとか日常生活に戻ろうとする2人だが傷は癒えず、仕事も思うようにこなせなくなったローハンが帰宅してみれば、そこには……!!


挿入歌 Kaabil Hoon ([僕は君に] ふさわしいだろうか)

*2人が意気投合し、愛し合うようになる過程を歌うミュージカルシーン。その後、衝撃の事件後の絶望の中でも歌われ、その歌の意味、歌詞の意味が同じであるはずなのに180度印象が変わる歌になってしまう歌であるのも、印象的。


 タイトルは、ヒンディー語(*1)で「可能な(方法? 状況?)」「ふさわしい人(方法?)」みたいな意味?
 タイトルには、副題として「THE MIND SEES ALL(心は全てを見ていた)」と出てくる。

 批評家からは、1989年のハリウッド映画「ブラインド・フューリー(Blind Fury / *2)」、2014年の韓国映画「Broken」からの影響を指摘されている。
 インドと同日公開で、アラブ、ドイツ、スペイン、クウェート、スウェーデンでも公開されたよう。日本では、2017年に東京、神奈川でMadoras Movie Japanによる自主上映が行われている。

 映画開始から40分ほどは、視覚障害者同士の甘酸っぱい恋愛ストーリーが展開する明るい映画ながら、権力者の息子の蛮行の犠牲となった妻の死と言う胸糞すぎる衝撃展開の中での権力の腐敗、警察組織の堕落を描いて行って、絶望のどん底に陥った主人公が、目が見えないにも関わらず妻を辱めた犯人たちへの用意周到な復讐の戦いを描いていくリベンジムービーへと突っ走っていく。
 「ブラインド・フューリー」との類似を指摘されたようだけども、「座頭市」共々視覚障害者の復讐アクション劇と言う共通項はあっても、戦闘技術を叩き込まれた主人公、メインウェポンが刀という要素は本作では皆無。本作は、どちらかと言うと「音」と「七色の声」を武器にする、声優としての神業的な力を駆使した主人公の変幻自在なアクションが見どころ。
 声優と言う職業設定でどこまで許されるの? って言う電話越しの声真似(*3)や、暗殺現場での音を頼りにした戦闘方法や殺害方法。そのアイディア満載のリベンジは、わりと容赦ない展開と描写ながら(*4)、ボリューム満点の迫力と新規性に満ち満ちておりますわ。お話は救いのない展開ではありますけど…。

 遊び半分で強姦殺人して後悔も反省も見せない悪役アミット・シェーラルを演じてたのは、1968年(または1969年とも)マハラーシュトラ州ナーグプル県ナーグプル生まれのローヒト・ローイ。通称ココ。
 ベンガル人の両親を持ち、兄に男優兼実業家のロニート・ローイ(*5)がいる。
 幼少期をグジャラート州アフマダーバード県アフマダーバードで過ごし、そこの大学を卒業。広告代理店にて男優兼カメラマンのカラン・カプールのアシスタントとして働きながら、"カラン・ローイ"の芸名で男優活動を開始。1994年のヒンディー語映画「Jazbaat」で主役級デビューを果たす。翌95年の「Tujh Pe Dil Qurban」「Swabhimaan(自尊)」などでTVドラマデビューもして、以降ヒンディー語映画&TV界で活躍中。
 2002年には短編映画「The Face 2」で監督デビュー後、2006年にTVドラマ「Viraasat」でインディアン・テレビジョン協会人気男優賞を獲得。続いて、本作監督サンジャイ・グプタも参加している2007年のオムニバス映画「Dus Kahaniyaan(十物語)」の1編「Gubbare(風船たち)」で商業映画監督デビュー。2008年のTVドラマ「Inside Bollywood with Rohit Roy」で監督とともプロデューサーデビューしている。2024年には、ダーダサーヒブ・パールケー映画基金ヒンディー語映画部門の特別貢献賞を贈られてもいる。

 主人公の復讐を捜査し、証拠をつかんで逮捕しようとする観察者的存在チャウベィ警部を演じてたのは、1964年(1962年とも)ビハール州マドゥバニー県コイラック生まれのナレンドラ・ジャー。
 幼少期に村の演劇に参加していた事があると言うことながら、国立大学院で古代史を修了。公務員試験を受けようとして演技の道に行くつもりはなかったらしいが、大学での演技講座を受講した事がきっかけで役者の道を歩み始め、ムンバイに移住後広告モデルとしてCMで活躍。1994年のヒンディー語TVドラマ「Shanti」で男優デビューしてヒンディー語TV界に活躍の場を移す。2003年の「Fun 2shh: Dudes in the 10th Century」の端役出演でヒンディー語映画デビューを果たし、2005年の「チャトラパティ(Chatrapathi)」でテルグ語(*6)映画にも悪役デビュー。以降、ヒンディー語映画を中心に活躍して行く。
 以前から、心臓疾患を抱えていたため妻と共に医者の勧めで農村に引っ越していたが、2018年にマハラーシュトラ州ナーシクにて心臓発作で病死される。享年54歳。

 孤立無援の視覚障害者の暗殺計画を盛り上げるサスペンスが、視覚を用いない独自の手法と進行、その悪役側の抵抗がドキドキ感を増幅させてくれるけども、そこにさらに「殺人の証拠を見つけたら、即逮捕してやる」と宣言するチャウベィ警部の捜査をかいくぐる証拠隠滅の成否も、サスペンスを二重に盛り上げる仕掛けとして効果的。無理ゲーでしょ、と言う状況の悪化を逆手に取り、七色の声で敵を欺きアリバイをでっち上げ、用意周到に整えた舞台とそこに響く足音を存分に生かして行われる復讐が、さらには様々な手段を用いて一瞬で証拠を消し去ってしまう鮮やかさは、モヤモヤが残る物語進行と対比的に爽快感抜群の映像効果をも生み出して行く。亡きスーの幻影と対話しながら復讐の虚しさを自覚する主人公ローヒトが、それでも復讐を完遂する暗い情熱に取り憑かれている姿、その殺人の犯人がローヒトである事を確信しながら証拠がないうちは逮捕しないと言う警察の矜持を最後まで貫き通すチャウベィ警部(*7)との静かな対決もまた、無辜の市民のできる小さな抵抗が、権力者・警察組織に届く姿を見せつけるものでもあるか。そういう意味では、爽快度もそれなりに用意され読み取れる構成にはなっている……絶望の中命を絶ったヒロイン スーの救いはほぼほぼ用意されていないけれど…。まあ、復讐を遂げたローヒトへ向ける複雑な表情にこそ、彼女のローヒトへの思いを読み取るべきかもしれないけれど…ね…。



挿入歌 Mon Amour (モナムール)

*歌曲タイトルは、フランス語で「愛する人よ」。
 視覚障害者同士のローハンとスーは、スーがピアノ伴奏を担当しているダンススクールにて「一緒に踊ってみようよ」と言うローハンの提案で、みんなの前で踊り始めると…!



受賞歴
2018 Zee Cine Awards アクション賞(シャーム・カウシャル)


「Kaabil」を一言で斬る!
・「7色の声を駆使して1人で全キャラの声を当てるローハン。インドの声優スゲゲゲゲー!(リティックのアミターブ・バッチャンのモノマネ、結構様になっててスゲゲ)」

2024.10.31.

戻る

*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 この映画自体が、日本映画「座頭市」のアメリカ版として製作されたもの。
*3 異性の声まで操るローハンの超絶演技力も見れまっせ! あそこはリティックのほんまもんの演技? それとも吹替? とりあえず、声優ってスゲー!!
*4 と言っても、直接の流血シーンは少なかった…か?
*5 本作で、アミットの兄マーダヴラーオ・シェーラルを演じていて、いつか兄弟役を2人でやりたかったんだと喜んでいたそうな。
*6 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*7 権力者からの口利きで、強姦致死の犯人捜査を諦めさせた当人なのに!