インド映画夜話

Khamoshi : The Musical 1996年 159分(160分とも)
主演 ナーナー・パーテーカル & サルマン・カーン & マニーシャー・コイララ
監督/脚本 サンジャイ・リーラー・バンサーリー
“歌が、沈黙の壁を砕くー"




 ーパパ! 私の声が聞こえる? 叶わない夢から逃げる人生なんて想像できる!?

 ゴアに住むジョセフとフレヴィのブラガンザ夫婦は共に聴覚障害者。
 久しぶりに、歌手となった愛娘アニーが家族で会いに来る事を喜ぶ夫婦だったが、そこに「アニーが交通事故で搬送された」という知らせが…!!

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 2人の娘アニー・ジョセフ・ブラガンザは、幼い頃より、無音の世界に住む両親と音楽好きな祖母マリアという2つの世界の中で育てられていた。障害者への差別で徐々に貧しくなっていくブラガンザ家ではあったが、祖母から教えられる歌の世界がアニーと弟サムを幾度となく救っていく。しかし、ついに愛用のピアノまで人手に渡り、祖母も他界。さらには弟が事故死してしまった時、アニーは始めて両親の沈黙の叫びを聞いたのだった…!!



  1999年の「ミモラ(Hum Dil De Chuke Sanam)」や2018年の「パドマーワト(Padmaavat)」を手がけたサンジャイ・リーラー・バンサーリーの、監督デビュー作にして主演女優マニーシャー・コイララの代表作となる、ヒンディー語(*1)映画。
 1969年のヒンディー語映画「Khamoshi」、2019年のヒンディー語映画「Khamoshi」とは別物(*2)。

 まさに「初監督作は、その監督の全てが現れる」とされる言葉の通り、以降のバンサーリー監督作に現れる様々な要素がすでにこの時点でハッキリと描かれているかのような映画でありました。
 本作製作中から構想されていたという「黒(Black)」とも共通する聴覚障害者をめぐるコミュニケーションのあり方、思いを伝えることに不器用な人々の生き様。「ミモラ」とも共通するサルマンの立ち位置の劇中における進化具合とか、音楽が与える人生の悲喜こもごも具合。「哀願(Guzaarish)」に見える、障害と付き合う人生のあり方、その人生観などなど…。
 主人公アニーを中心に、アニーの保護者でありつつ被保護者でもある両親との親子愛の双方向的な流れの美しさ、それとアニーと音楽家青年ラージとの恋愛とを等価値…と言うか親子愛の方により比重が置かれた「愛」の描き方、その美しさが舞台となるゴアのひなびた田舎の海岸風景と共鳴していくように見える所なんかも、必見。その構成は、すでにこの頃から映画としての方向性が、「物語」そのものよりも「映像詩」として完成された演出手法を確立させていたと言える…かも?

 声が聞こえないが故に、親子の衝突も家族の危機も、実際に目撃して初めて事態を理解するしかない父母へのコミュニケーションの齟齬。その娘の抗議の声も聞こえていなかったと吐露する父親の優しさと切なさ。それと共に、聞こえないが故に伝わる親子のあるいは家族の思いの数々…。
 昏睡状態のアニーを囲んで家族が回想する過去の思い出が本編であるこの映画、そう言ったアニーをめぐる人生の節目節目の家族間のふれあい・衝突・協調・喪失のそれぞれが、家族間のディスコミュニケーションを浮かび挙げらせる出来事として繊細に描かれていく、その1つ1つが儚くも麗しい人生模様を露わにしていく。

 中でも、最大のキーパーソンであり最も印象的な演技を見せる父親ジョセフを演じたのは、1951年ボンベイ州(*3)ラーイガド県ムルド・ジャンジーラー島生まれのナーナー・パーテーカル(生誕名ヴィシュワナート・パーテーカル)。
 父親の影響で演劇に興味を持ち、ボンベイ(現ムンバイ)の芸術応用研究所を卒業後、舞台演劇で活躍する中、78年のヒンディー語+ウルドゥー語(*4)映画「Gaman(出発)」で映画デビュー。翌79年のマラーティー語(*5)映画「Sinhasan」で主役級デビュー後しばらくマラーティー語映画に出演し続け、84年の「Aaj Ki Awaaz(その日の声)」からヒンディー語映画界でも活躍。90年の「Parinda(鳥)」でナショナル・フィルムアワード助演男優賞他を獲得後、ヒンディー語映画界を中心に大活躍。13年にはパドマ・シュリー(*6)も授与されている。
 90年の主演作「Thodasa Roomani Ho Jaayen」で歌手デビュー、91年には主演作「Prahaar: The Final Attack」で監督&脚本&原案デビューもしている。
 08年、女優タヌシュリー・ダッタからセクハラ告発されたうちの1人として名指しされて、公の場で謝罪。18年に再度告発されて警察の捜査を受けたものの、一旦容疑者候補から除名されている。

 母親フレヴィを演じたのは、1965年アッサム州カムラップ県(*7)ナルバーリーに生まれた、シーマ・ビシュワース。
 地元の大学で政治学位を取得後、ニューデリーの国立演劇学校で演技を習得。88年のヒンディー語映画「Amshini」で映画&主演デビューする。その後、アッサム語(*8)映画に出演する中で、94年のヒンディー映画「女盗賊プーラン(Bandit Queen)」でナショナル・フィルムアワード主演女優賞他多数の映画賞を獲得し注目を集め、続く本作でもスクリーン・アワード助演女優賞を受賞している。
 99年には「Bindhaast(無責任)」でマラーティー語映画に、01年の「Shantham(冷静)」でマラヤーラム語(*9)映画に、03年には「Iyarkai」でタミル語(*10)映画に、「Pinjar」でパンジャーブ語(*11)映画に、05年には「とらわれの水(Water)」で英語映画に、11年には「Patang(凧祭)」でグジャラート語(*12)映画に、17年には「Soul Curry」でコーンカーニー語(*13)映画にそれぞれデビューしている。

 配役的には、祖母マリアを演じるヘレン(*14)にも注目したい所で、父親の再婚に反発してずっと絶縁関係と報じられていたサルマンとヘレンの2人が本作で共演を果たしている事も、本編の家族愛情劇を強調する…感じ?(*15)
 アニーとサムの子供時代を演じた子役も美人さんだし可愛いし、やたら演技力あるしで、ホントにインド映画界の子役の層は厚いよなあ…と感心しますよ。その後は、アニー役のプリヤー・パルレーカルは「ディル・セ(Dil Se..)」に出演したきり。サム役のプラティーク・ガラは10年代から助監督として映画界で働いてるらしいけど…。

 後のバンサーリー監督作のような、画面全体を彩る強烈な色彩世界というのはまだ本作にはないけれど(*16)、その分、饒舌なインド映画界にあって「制限された音世界」から家族を、世界を、人と人の関係性を捉え直す詩的空間は、映画でしか描けないバンサーリー監督作がその最初から編み出す美学でありましょうか。
 「ディル・セ」で魅せるマニーシャーの美しさとはまた異なる、理想的ひなびた田舎を彩る信心深い少女演じるマニーシャーの、父母の世界と恋人や友人たちとの世界とを交互に渡り歩く、その儚げでありつつ1人の人間として生きる姿の美しさ・たくましさ・楽しさの、その田舎の風の匂いまで伝わってきそうな空間設計は、なにはなくとも必見。バンサーリー監督作に魅了された人なら間違いなく必見!!


受賞歴
1996 Filmfare Awards 批評家選出作品賞・批評家選出主演女優賞(マニーシャー・コイララ)・女性プレイバックシンガー賞(カヴィター・クリシュナムルティ / Aaj Main Upa)・美術監督賞(ニティン・チャンドラカーント・デーサーイ)・音響デザイン賞(ジーテンドラ・チョウドリー)
1996 Star Screen Awards 主演女優賞(マニーシャー・コイララ)・助演女優賞(シーマ・ビシュワース)・女性プレイバックシンガー賞(カヴィター・クリシュナムルティ / Aaj Main Upa)・作詞賞(マジュロー・スルターンプーリー / Aaj Main Upa)


「Khamoshi: TM」を一言で斬る!
・映画の手話コミュニケーションの有様に影響されて、手話ガイド本買っちった…。

2021.8.28.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 他に、同名TVドラマもあるよう。
*3 インド独立後、1950年までボンベイ管区だった所を再編してできた州。1960年の新たな再編でグジャラート州とマハラーシュトラ州に分割された。
*4 ラダック連邦直轄領とジャンムー・カシミール連邦直轄領の公用語の1つで、パキスタンの共通語。主にイスラーム教徒の間で使われる言語。
*5 西インド マハラーシュトラ州の公用語。
*6 第4等国家栄典。
*7 現在はナルバーリー県所属。
*8 インド北東部アッサム州の公用語。
*9 南インド ケーララ州の公用語。
*10 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*11 西インド パンジャーブ州の公用語。パキスタンでも言語人口の多い言語。
*12 西インド グジャラート州、ダマン・ディーウ連邦直轄領、ダードラー及びナガル・ハヴェーリー連邦直轄領の公用語。
*13 西インド ゴア州の公用語。
*14 ラージ役演じるサルマンの義母。
*15 画面上での共演はしてないけども…。まあ、インドのゴシップはどこまで信じられる話なのかって部分を差し引かないといけないけどさ。
*16 所々で意味ありげな色使いってのはある。特に白色の使い方。