魔法使いのおじいさん (Kummatty) 1979年 88分
主演 ラームンニ & マスター・アショーカン
監督/脚本 ゴーヴィンダン・アラヴィンダン
"クンマッティだ、クンマッティが来るぞ!!"
ケーララの辺境農村地帯。
悪戯好きの子供たちは、「クンマッティに来てもらうよ!」と怒る寺の奉公婆の言葉通りに村に現れた不思議な老人に興味津々。
奇妙な歌を歌い、身につけた鈴の音とともに踊り、寺近くの大木に寝泊まりするクンマッティは、警戒する子供達を優しく招き入れ、徐々に仲良くなっていく。そのうち、大人たちに隠れてこの老人と遊ぶことが日課となった子供達だったが、ある日彼は「もう行かなくては」と旅立ちを宣言してしまう。
なんとか引き留めようと追いすがる子供達に「じゃあ、最後に魔法を見せてあげよう」と踊り出すクンマッティは、動物の仮面をつけて一緒に踊る子供達を次々と本物の動物に変えてしまう…!!
原題は、マラバール地方(*1)に伝わる民話・民謡に登場する「お化け」「人さらい」「妖精」のこと…らしい?
オーナム祭で今でも演じられている、ケーララに伝わる舞踏スタイルの1つとして伝わる名前でもあるよう。
インド本国の他、チェコの映画祭でも上映。英題「Bogeyman(お化け)」としても知られる。日本では、1982年の「国際交流基金映画祭 -南アジアの名作をもとめて-」他で上映。東京都の川崎市民ミュージアムや、福岡県の福岡市フィルムアーカイヴ所蔵作品でもある。
2021年の東京フィルメックスではデジタルリマスター版で上映。22年にも、福岡市総合図書館映像ホールの「アジア映画を観る 〜追悼 佐藤忠男〜」でも上映されている。
サタジット・レイ監督作「大地のうた(Pather Panchali)」やブッダデーヴ・ダースグプタ監督作「虎男(Bagh Bahadur)」にも通じる、広大なインド農村地域の豊かな自然と、そこで育まれるさまざまな生活文化(*2)をフィルム上に保存しようとでも言うような、土俗的でお伽話的な少し不思議な映画でありました。
サタジット・レイ映画を代表とする寡黙で文芸的な映画を得意とするベンガル語映画界とは、地理的には対極にあるケーララの大地を舞台に、より生命力旺盛で陽光の強い地域に息づく動植物や人々の暮らしが、やはり寡黙に力強く映画を彩っていくマラヤーラム語(*3)の世界の美しさ。
主人公の男の子チンダの他は、登場人物や地理的な固有名が登場しない寓話的なお話で、登場する人々のその背景も匂わせる程度。おそらくは厳しい環境を生きて来たであろうクンマッティその人(*4)や奉公婆の暮らしも、それなりに描かれる程度であくまで子供の視点からブレない子供映画の側面が強い(*5)。
監督を務めるゴーヴィンダン・アラヴィンダンは、1935年トラヴァンコール藩王国コッタヤム(*6)生まれ。父親は、有名なコメディ作家M・N・ゴーヴィンダン・ナーイル。
まず漫画家として活躍し始め、その傍で舞台演劇に参加して演劇人と知り合う中で、自身の漫画アイディアをもとに74年の「Uttarayanam(山羊座の玉座)」で映画監督&脚本デビュー。ナショナル・フィルム・アワード注目マラヤーラム語映画賞他多数の映画賞を獲得する。続く77年の「黄金のシーター(Kanchana Sita)」で、独立系マラヤーラム語映画の新潮流を生み出したと評判になり、本作は続く78年の「サーカス(Thampu)」を挟んだ4本目の監督作。その後も、マラヤーラム語映画界にて芸術系映画やドキュメンタリー映画を次々と監督。ケーララ州内の数々のマラヤーラム系諸文化を描いた映画を作り続けて行った。
1991年、監督作「追われた人々(Vasthuhara)」の公開を見ることなく物故される。享年56歳。
とにかく印象的なのは、その豊かすぎる自然とそこで前近代的な暮らしをしている人々の様子。
日本映画やアニメはセミや鈴虫なんかの虫の声がよく入ってくるなんて言われてたりするけど、こちらは常に鳥の鳴き声が聞こえてくる世界。小学校なんかは、洋服着た生徒が近代的教育を受けているものの、家に帰れば洋服脱いだ半裸生活で、クンマッティの土俗的歌声が何者にも妨害されないままでこだまする、黄昏めいた自然と陰影の強さが子供目線に美しくも、異様なほど。
その土俗性を象徴するようなクンマッティが、突如子供達を動物に変える黄昏時(*7)の光景もシュールで印象的ながら、犬になった主人公のその後1年の様子をきっちり描いていく所も律儀ですわねえ…。後半物語に見える、英語でしか会話しない富裕層の様子とか、農村の台所界隈の様子とか、クリシュナ(?)を讃える奉納舞とか、呪医の活躍とか、生活文化・格差の様子も色々に描かれていくけれども、子供視点で描かれていく映画は「不可思議なもの」は「不可思議なもの」として説明なしで続いていくから、いわゆる戯曲的起承転結を期待してると肩すかしを食らいかねない。まあ、教条的要素はかなりわかりやすい面もあるけれど、かつその子供たちを取り巻く自然の重層さ・濃密さ・旺盛な生命力が詩的であり、圧巻の映像美となっている一本。
それにしても、主人公役の犬をどうやって選んだのか知らないけど、しっかり主人公的な表情してくれるのがすごいと言うか、エラいと言うか…。
「魔法使いのおじいさん」を一言で斬る!
・出てくる動物たちの、目に知性を宿しているような表情の切り取り方が…カワイイのですよ!
2018.9.14.
2022.11.7.追記
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*1 インド南西部海岸地域。インド洋貿易の中心的地域の1つ。
*2 特に民謡の世界。
*3 南インド ケーララ州の公用語。
*4 まあ、人間なのかどうか怪しい限りだけど。
*5 その牧歌性は、絵本的とも言えますでしょうか…?
*6 コチャムとも。現ケーララ州コッタヤム。
*7 逢魔が刻、と言えば黄昏ですね!
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