インド映画夜話

Life in a Metro 2007年 131分
主演 ダルメンドラ & シルパ・シェッティ & ケイ・ケイ・メノン & シャイニー・アーフージャ他
監督/脚本/原案 アヌラーグ・バス
"1つの街にたゆたう、数えきれない思い"




 雨降るムンバイで、いつもの1日が始まる…。
 8年間すれ違う仮面夫婦を続ける主婦シカー・カプールは、その朝娘を学校へ見送り、介護施設にいる恩師シヴァーニーの世話をしに行った後、偶然道端にて演劇人アーカーシュ・シャルマーと出会ってしまう…。

 同じ頃、シカーの妹のラジオプロデューサー シュルティ・ゴーシュは、婚活サイトを通じてお相手モンティと直接会ってみたものの、会話は弾まず無礼な彼に怒り心頭のままその場で別れて来た。仕事は順調な反面、未だに結婚相手がいない自分に焦りを感じている彼女に上司は、社内のプレイボーイRJヴィシィ・Kとの仕事を振ってくれて、徐々に彼との距離を詰めて行く事になるのだが…。

 シヴァーニーの方は、シカーに読んでもらった手紙に、40年も前の初恋の人で古典舞踊の先生だったアモールが米国から会いに来ると書かれていた事に驚き、悩んだ末シカーに付き添われて待ち合わせ場所に行く事を決める…。

 一方で、シカーの夫ランジートの会社で働くラフールは、上司たちの情事に自分の部屋を提供する事で会社での地位を上げていっていたが、最近同僚の女性ネーハの事が気になりだしていた。なんとか口実を作って彼女の気を引こうとするラフールだが、実はネーハはランジート社長の愛人になっていて、そのことを知らず2人に自分の部屋を提供する事になる。
 そのネーハは、ルームメイトのシュルティの恋の相談を受けながら、自分が彼女の姉の家庭に亀裂を作っている事を自笑しているのだった…。


OP Rishtey


 タイトルの「Metro」は、この場合「都市」の意味だそう。つまり、「ある都市での人生」の意。
 TV界出身のアヌラーグ・バスによる6本目の監督作(*1)となる、ヒンディー語(*2)映画。
 タイトル表記は「Life in a... Metro」とも。

 ムンバイに住む9人の男女が織り成すすれ違い群像恋愛劇で、そのエピソード群の中に1945年のイギリス映画「逢びき(Brief Encounter)」、1960年のハリウッド映画「アパートの鍵貸します(The Apartment)」をアイディア元にしたものがある。
 インドと同日公開で、オーストラリア、英国、アイルランド、オランダでも一般公開。

 雨降るムンバイを舞台に、それぞれに微妙に交錯しながらそれぞれの恋愛劇を綴る9人の男女を並列的に描くオムニバス的な映画で、冷え切った夫婦関係から逃げるように展開する不倫劇、結婚を焦る年代の仕事と恋愛の悩み、都会に夢を持ってやってきた若者がぶち当たる諦観的な恋愛模様、40年以上の時を越えた再会から始まる終活を見据えた恋愛…と、それぞれの人生上の節目・蹉跌に現れる恋愛模様をアンニュイな空気濃厚に描いて行く。
 挿入歌が流れるシーンでは、実際に歌を担当したメトロ・バンド(*3)が登場人物たちと同じ空間に現れて歌を歌う演出がなされ、ああ「バルフィ!」のあの音楽演奏シーン演出の元祖はここか、って発見もある(*4)。

 それぞれの恋愛劇は、単品としてはそれほど複雑ではないしっとり系ロマンスながら、それぞれの恋愛劇が別の恋愛劇に影響を与え、日常生活では接点のないはずの主要人物たちそれぞれの行動理念を、わずかながら変え続けて行く。それが、「雨の中の出会い」に始まり、共通して「駅での別れ」で終わるシンクロ展開によって、物語的起伏は何倍にも盛り上がる相乗効果がスンバラし。

 「逢いびき」をネタ元にするエピソードの主婦シカーを演じるのは、1975年カルナータカ州マンガロール(別名マンガルール)のバント家系(*5)に生まれた、シルパ・シェッティ(*6)。
 製薬品の不正開封防止パック製造業に勤める両親の元で育ち、学生時代にバラタナティアム(*7)とバレーボールを特訓。卒業後にモデル業を始め、その評判から映画界から声をかけられて「Gaata Rahe Mera Dil」に出演するも未公開のままお蔵入り。続く出演作「賭ける男(Baazigar)」が93年に公開されて映画デビューとなり、フィルムフェア助演女優賞ノミネートとニューフェイス賞ノミネートする。翌94年には「Aag(炎)」で主演デビューし、さらに同年公開の主演作「Main Khiladi Tu Anari(俺は玄人、君は素人)」「Aao Pyaar Karen」も公開されて主演女優として活躍し始める。
 以降、ヒンディー語映画界で活躍する中、96年には「Mr. Romeo(ミスター・ロミオ)」でタミル語(*8)映画に、同年公開の「Sahasa Veerudu Sagara Kanya(冒険野郎と人魚)」でテルグ語(*9)映画に、98年の「Preethsod Thappa(恋に落ちてはダメ?)」でカンナダ語(*10)映画にもデビュー。98年のヒンディー語映画「Pardesi Babu」でボリウッド・アワード助演女優賞を、08年には本作でZeeシャイン助演女優賞を獲得。その後も、数々の功労賞を贈られている。
 映画の他、TVショーでも多数活躍していて、中でも07年のイギリスのリアリティーショー番組「Celebrity Big Brother 5」に、インドの有名人として初めて招待されたこと・番組中に様々な外国人差別の対象にさらされ出演者の多くに謝罪される事態となり、番組の中断をもたらした事で英印関係が緊張状態となった事が話題となっている(*11)。
 その他、06年にはマドゥライ裁判所からリーマ・セーンと共に「猥褻な写真を新聞に載せた」として告訴され、07年にはエイズ撲滅キャンペーンの最中に米国男優リチャード・ギアにキスされたことに反発した団体の抗議運動によって、ラージャスターン裁判所からも告訴されていた(*12)。

 本作では、暗がりの影の濃い中で見る顔がなんとなくシュリーデーヴィーを彷彿とさせるシルパさんの美貌も妖艶でカッコよか。ま、この映画は全体的に色を抑えたブルートーン気味な画面で、出演者皆様が全体的になんとなくシュッとしてはるんですが。
 アイディア元の「逢いびき」では良い人だけしか出てこない中での不倫劇の切なさが描かれていたものの、本作のそれはハッキリと夫ランジート(*13)の一方的な不倫と妻への抑圧という悪役っぷりがこれでもかとアピールされる。もう一方のネタ元「アパートの鍵貸します」の嫌味の上司役も引き受けるランジートの悪役芝居は、そりゃ愛想もつかして不倫に走りますわなあ…と思ってしまいかねない説得力。そんな中で、最終的に一線を越えそうになったと告白するシカーと一線を越えていたことを告白するランジートの対比具合はいい効果を出していたとは言え、「逢いびき」に対応するようにエンディングで普通に元の鞘に戻ったらしいことが描かれるのは「えええええ…」って感じ。お互い、子供だけは心底愛してるからなんだろうけどさ…(*14)。
 それに対して、「アパートの鍵貸します」エピソードを担当する、シャルマン・ジョーシー演じるラフールとカングナー・ラーナーウト演じるネーハは、ネタ元のドライさを引き写した感じで話が進むものの、映画後半には割と駆け足気味ながらいい具合に話がまとめられて、「アパートの〜」とは違う形に脚色されて終わるってのはニクい構成。
 「アパートの〜」をネタ元とする2人がコールセンター勤めというのはしっかり元映画に対応した作りだけど、「逢いびき」の方は、元映画が有閑マダムと医者だったのが、ダンサーの夢を諦めた主婦と演劇青年と言う芸術畑同士の出会いに変わってる脚色具合もバランスとしてうまくできてるなあ…と感心しますわ。まあ、恋のお相手シャイニー演じるアーカーシュがドバイに行って成功するのかどうか、どーも疑わしい感じが残るのはあれだけど。

 それ以外の、コーンコナー演じるシュルティとイルファン演じるモンティのぎこちない恋愛や、ダルメンドラ演じるアモールとナフィサー演じるシヴァーニーの老いらくの恋はよくある恋愛劇展開とは言え、基本を押さえた手堅い作りで、2つの往年の名作恋愛映画ネタと対比関係にあるような、いい感じにレトロでいい感じに現代的なバランス具合が、オリジナル展開としてそれぞれに繊細でいて美しい。特にアモール&シヴァーニーの愛のあり方、老いた自分たちを十分自覚しながらのバイクデートシーンやキスシーンの儚さ・麗しさは、今までのインド映画ではあまり見なかった描き方(*15)。終活を見据えた上での人生の見つめ直しと言う、現代的なテーマをも描き出すようで、抜かりないですわ。

挿入歌 Baatein Kuch Ankahein Si


受賞歴
2008 Filmfare Awards 助演女優賞(コーンコナー・セーン・シャルマー)・助演男優賞(イルファーン・カーン)・脚本賞(アヌラーグ・バス)
2008 Zee Cine Awards 助演女優賞(シルパ・シェッティ)
2008 IIFA(International Indian Film Academy Awards) 助演女優賞(コーンコナー・セーン・シャルマー)・助演男優賞(イルファーン・カーン)・脚本賞(アヌラーグ・バス / 【Chak De India】のジャイディープ・サーフニーと共に)
2008 Screen Awards コミカル演技賞(イルファン・カーン)・男性プレイバックシンガー賞(ソーハム・チャクラボルティ / In Dino)・脚本賞(アヌラーグ・バス)
2008 Stardust Awards 期待の新人女優パフォーマンス賞(カングナー・ラーナーウト)
2008 Apsara Film Producers Guild Awards 助演男優賞(イルファン・カーン)・助演女優賞(コーンコナー・セーン・シャルマー)
2008 Producers Guild Film Awards 助演女優賞(コーンコナー・セーン・シャルマー)・助演男優賞(イルファーン・カーン)


「LIM」を一言で斬る!
・「めぐり逢わせのお弁当(The Lunchbox)」と同じく、イルファンがインド式お弁当をオフィスに持ち込んでお昼にしてる映画だ!

2020.8.28.

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*1 この次が「カイト(Kites)」で「バルフィ!(Barfi!)」と続く。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 本作のために結成されたバンド。メンバーは、映画音楽界で大活躍しているプリータム、スハイル・カウル、バングラデシュ人歌手ジェームズ(本名ファルク・マーフーズ・アーナム)。
*4 この手の演出は、本作がインド映画初になるそう。
*5 トゥル語を母語とするトゥル族またはトゥルバ族の地主階級。
*6 09年の結婚後は、シェッティ・クンドラ姓。
*7 タミル地方の古典舞踊。
*8 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*9 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*10 南インド カルナータカ州の公用語。
*11 その後、本作のロンドンプレミアで当時の共演者と再会して、すでに和解していることを公表している。
*12 後者は、シルパ自身の声明によって告訴が取り下げられている。
*13 演じるは、悪役俳優として活躍するケイ・ケイ・メノン。
*14 &結婚は破られるものではない、と言うインド物語の結婚観の反映でもあるだろうけど。
*15 探せば、そう言う映画もあるだろうけど。