インド映画夜話

ブルカの中の口紅 (Lipstick Under My Burkha) 2017年 117分
主演 コーンコナー・セーン・シャルマー & ラトナ・パータク・シャー & アハーナー・クムラー & プラビター・ボールタークル
監督/脚本/原案 アランクリター・シュリーワースタウ
"4つの、嘘と夢と"




 北インド、マディヤ・プラデーシュ州都ボーパール。
 その日、ブルカを身にまとった大学生レハーナー・アビディは化粧品店から口紅を盗み、洋服に着替えるとジーンズ禁止令の出ている大学内で行われるバンド選考会へと乗り出していく。
 同じ頃、美容師リーラーは恋人とハネムーンビジネスで起業して街を出て行きたいと欲していたが、母親から見合い結婚の婚約式を持ち込まれてしまい…。
 そのリーラーと同じ集合住宅に住む3児の母シーリーン・アスラムは、夫に内緒で訪問販売の仕事をこなしながら子育てをしている。高圧的で仕事も避妊も否定的な夫の目を盗むように…。

 3人の女性が集う集合住宅ハワーイー・マンズィルを取り仕切る管理人の寡婦"おばさん"は、財産を管理しつつ密かに官能小説を読むのが日課。ある日、孫の悪戯でプールでずぶ濡れになった彼女は、水泳コーチの男に名前を尋ねられて、ここしばらく思い出すことすらなかった自分の本名を口にすると…


挿入歌 Jigi Jigi (踊れ心よ)


 現代インドの地方都市に住む女性たちの目線で、女性をめぐる社会のいびつさを暴くヒンディー語(*1)社会派映画。
 2016年のムンバイ映画祭でプレミア上映された後、同年の東京国際映画祭がワールドプレミア上映となった。東京では、アジアの未来部門 国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞。その後、アテネフランセの「FUN! FUN! ASIAN CINEMA」、翌17年のあいち国際女性映画祭でもイベント上映。監督以下、関係者たちも来日して話題を呼んでおりました。

 当初、インド国内ではCBFC(中央映画認定委員会)から一般公開許可が降りず、関係者たちが抗議する騒ぎとなったものの、世界各地の映画祭で好評を得て、17年に入ってようやくインド本国でも正式公開。大きな評判を勝ち取ったとか。

 物語は、地方都市ボーパールの同じ集合住宅で生活する、それぞれに異なった生活スタイルを持つ4人の女性の人生上の欲求を描いて行く。
 その一般生活者としてごく普遍的な欲求が、女性であるが故に如何に束縛され、未然に封じられ、周囲の人々(男女問わず)によって抑圧され続けていくかを見せつけながらも、その語り口はどこか軽妙。とぼけたユーモアで包まれた展開が、そこまで深刻ぶらずに事態の推移を軽やかに見せてくれる。しかし…だからこそ、そこに描かれるそれぞれの女性達の苦悩が、ユーモアの対比として現代インド社会における目を覆うような深刻さをも露呈させる。
 最後にズタボロになって明日の希望すら潰えたかのような4人の女性達が、お互いに始めて同じ1つの部屋でタバコを吹かしあいながら笑い合う姿の、希望と絶望、諦観の色合いの混ざる複雑な読後感。それをどう解釈するかも、見る人やその時の社会情勢の変転具合を測るかのようで不穏でもあり、軽やかでもあり。

 監督&脚本を務めるアランクリター・シュリーワースタウはデリー出身。
 親戚に、本作プロデューサーを務めている映画監督兼プロデューサー兼俳優のプラカーシュ・ジャーがいる。
 マスコミュニケーションを専攻する中で、プラカーシュ・ジャー監督作の助監督・プロデューサー作の製作総指揮などで映画界に参加。闘病中の両親からの応援も受けながら、ムンバイに移住して17年のヒンディー語+英語映画「Turning 30!!!」で監督&脚本デビュー。本作が2本目の監督作となり、続いてネット配信ドラマシリーズ「Made in Heaven(メイド・イン・ヘブン)」に監督参加している。

 "おばさん"ことウーシャ・パルマールを演じるのは、名優ラトナ・パータク・シャー。
 1957年マハラーシュトラ州ムンバイのグジャラート系家庭生まれ。母は女優ディナ・パータク、妹も女優のスプリヤー・パータクになる。
 デリーのNSD(国立演技学校)で演技を習得。ともに演劇界で活躍している名優ナセールッディン・シャーと結婚後、83年のヒンディー語映画「Mandi(市場)」で映画デビュー。同年にはジェームズ・アイボリー監督作となる英国映画「熱砂の日(Heat and Dust)」に出演して英語映画デビューもしている。以降、映画・演劇・TV界で活躍中。
 09年の「Jaane Tu Ya Jaane Na(君が知っても、知らなくても)」以降、いくつかの映画で女優賞ノミネートされ続けながら受賞までは至らなかったものの、本作でロンドン・アジア映画祭他複数の女優賞を獲得している。

 大学生レハーナー・アビディ役には、アッサム州ディブルガッ県デュリアジャン生まれの歌手兼女優プラビター・ボールタークル。
 父親は古典音楽歌手兼教師、母親は作家の家に生まれ、姉パリニータ・ボールタークルも歌手兼女優として活躍している。ムンバイの大学に進学後、バンド"Manu and Chow"を結成して活躍。14年の「PK」で映画デビューし、本作が2本目の映画出演作となって大きく注目されることになる。

 美容師リーラを演じるアハーナー・クムラーは、ウッタル・プラデーシュ州ラクノウ生まれマハラーシュトラ州ムンバイ育ち。
 学生時代に、ムンバイのプリティヴィ劇団で働き出して演劇とモデル業で活躍。CMやTVドラマ、短編映画出演を経て、13年のヒンディー語映画「Sona Spa」で長編映画主演デビュー。15年には「Kudla Cafe」でトゥル語(*2)映画デビューもしている。

 シーリーン演じるベンガル語・ヒンディー語映画界で活躍するコーンコナー・セーン・シャルマーもさすがの貫禄演技を見せつけて、夫の欲望の対象にしかならない妻シーリーンのおぞましいほどの苦悩・どうにか前進したいという欲求を、4人の女性のうち一番アピールしていたかもしれない。心なしか、それまでの出演作より軽やかな身のこなしになってるかのようで凄まじい。
 4人それぞれの苦悩の元となる、周囲の男たちのゲスい事は言わずもがなではあるけれど、より強固な壁となる「世間」の面の厚さ、その対抗としての女性たちのささやかな抵抗、時に危ない橋を渡る無謀さを、強さと見るか弱さと見るか、そうとしか進めない窮屈さと見るかで、また問題のありようも多様に感じられてしまうよう。その、女性に「女性らしさ」を求めるが故に見えなくなってしまう部分は、なにもインドに限らず日本だって人ごとじゃないものなあ…と、男の身で思うわけです。
 にしても、劇中のボーパールの街角を切り取ったカットの、なんとも言えない美しさよ!

プロモ映像 Le Li Jaan (情熱 [それが人生を突き動かす。答えもなしに])


受賞歴
2016 東京国際映画祭 国際交流基金アジアセンター特別賞
2016 Mumbai Film Festival オックスファム男女共同参画映画作品賞
2017 加 Ottawa Indian Film Awards 業績賞(ラトナ・パタック・シャー)
2017 仏 Films des Femmes Creteli 注目作品賞
2017 英 Glasgow International Film Festival 観客選出作品賞
2017 西 Cines del Sur - Granada Film Festival 観客注目作品賞
2017 英 London Asian Film Festival 作品賞・優秀演技賞(ラトナ・パタック・シャー)
2017 米 Minneapolis St. Paul International Film Festival 観客選出アジアンフロンティア賞
2018 Star Screen Awards 批評家選出主演女優賞(コーンコナー)
CinemAsia Film Festival 観客注目作品賞
TVE Global Sustainability Film Awards スクリーンの可能性創造賞
豪 Indian Film Festival of Melbourne 最優秀インド映画賞・主演女優賞(コーンコナー)
New York Indian Film Festival 主演女優賞(コーンコナー)
Films of India Online Awards 編集賞(チャルー・シュリー・シャー)
News18 Reel Movie Awards 主演女優賞(ラトナ・パタック・シャー)


「LUMB」を一言で斬る!
・劇中の水泳教室、初心者にするにはスパルタ教育ですこと…で、普通、ヌードデッサンって身内の人とはいえ、あんな部外者が簡単に入って行ける所でやるかね?

2020.6.19.

戻る

*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 インド南西部トゥル・ナードゥ地域で使用される言語。南部ドラヴィタ語派の1つ。