マドラス・カフェ (Madras Cafe) 2013年 130分 シンハラ人とタミル人の間で、血で血を洗う殺戮が繰り返されたスリランカ内戦。 その渦中の1991年5月21日。スリランカの平和維持を目的にインド軍介入を決定したインド元首相は、LTF(タミル解放戦線)の自爆テロによって公の場で殺害された…。 それから3年後の94年。ヒマーチャル・プラデーシュ州カソーリに暮らすヴィクラム・シンは、あの時の悪夢に苦しめられ、酒に溺れ、ついに沈黙していた事実を教会で告白し始める。「…裏切り、権力、欲望…あれはゲームだった。あの時、オレは首相を救えたはずなのに…」 5年前。インド陸軍大佐だったヴィクラムは、RAW(=Reseach and Analysis Wing インド情報局)の要請により、スリランカ内戦のこれ以上の激化・インドとスリランカの政情不安・諸外国や野党の政治介入による国家危機を阻止し、終戦のためのスリランカ普通選挙を実施するため、スリランカ北部の街ジャフナに潜入して独立国を自称するLTFの弱体化…LTFリーダー アンナー・バースカランの拘束、もしくはNo.2のマラヤ、対立するタミル人組織TPAのリーダー シュリーを懐柔して同士討ちさせる工作を命じられる。 妻を一人残してジャフナに潜入したヴィクラムは、現地リーダーのバーラーから権限を譲渡され、さっそくシュリーと接触。LTFへの対抗を約束する代わりにTPAへの武器供与を承諾する。ヴィクラムと同時期にジャフナに入ったロンドン在住のインド人ジャーナリスト ジャヤー・サーニもまた、独自に内戦の真実を追究。アンナー・バースカランの取材に成功するが…。 6月6日。ヴィクラム発のTPAへの武器が、事前に情報操作されてLTFに渡った事を発端に、彼と彼を取巻く戦争とテロの真実、その裏に暗躍する数々の組織の陰謀は、あらぬ方向へと導かれて行く…。 首相暗殺まで、残り2年。 挿入歌 Sun Le Re 1983年〜2009年にかけて起こったスリランカ内戦と、スリランカ内戦の終結を公約に掲げたラージーヴ・ガンディー暗殺爆破テロをインド側(*1)の視点から描く社会派サスペンススリラー。タミル語(*2)吹替版も公開。 日本では、2014年のIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて上映。2017年よりNetflixにて配信されている。 監督自身が語る所によれば、「タイガー(Ek Tha Tiger)」や「エージェント・ヴィノッド(Agent Vinod)」のようなジェームズ・ボンド風の諜報員ではなく、よりリアルで人間的に苦悩する諜報員の活動を、元首相暗殺の裏側を舞台にして描こうとしたと言う事らしい。戦争終結のために奔走する主人公が、1つの戦争を取巻くさまざまな組織の思惑に翻弄され、情報戦と言う現代の戦争の中で全てを失って行く様を描いていく重ーーい1本。ヴィクラムの回想が始まった瞬間から、元首相暗殺の日までのカウントダウンが始まる映画構成はインパクト大。 本作に登場するLTFは明らかに、スリランカ内戦において政府軍と戦争していた"タミル・イーラム解放のトラ(*3)"がモデルであり、その指導者として登場するアンナー・バースカランは、実際のLTTE指導者ヴェルピッライ・プラヴァーカランに対応する。劇中、巧妙に名前が伏せられていたインド元首相も、LTTEによる史上初の要人暗殺自爆テロで殺害されたラージーヴ・ガンディーがモデルである事は、スリランカ内戦を知る人にとっては自明の理。タイトルにも使われている"マドラス・カフェ"も、シンガポールに実在するのだとか。 現実に起こったスリランカ内戦中の衝撃的テロを背景として、虚構を織り交ぜつつ、現代のテロと戦争構造を物語的に浮かび上がらせた映画で、その政治・社会・1つの戦争を背景にうごめく数々の世界情勢の描き方は、日本で想像するような戦争もの映画なんかとは比べ物にならないくらい緻密かつ複雑。インドとスリランカ関係だけでもややこしい状況を描き出さねばならない背景にあって、そこにさらにインド内部の政争、ゲリラ同士の対立や諜報戦、インド洋をめぐる国際社会の支配権争いまでも細かに描写されて行くのがスゴい。 内戦が09年のLTTEの完全敗北によって終結したとは言え、いまだにその戦後処理問題が尾を引き、シンハラ人による政治支配やタミル人差別が解決されない状況、タミル・ナードゥ州を巻き込んだ難民問題や人権問題、元首相暗殺の実行犯たちの処遇をめぐって問題山積みの状態での映画公開は、色々と物議をかもしたと言う。 この複雑な映画企画を実現させたのが、CM界出身の映画監督兼プロデューサー ショージット・シルカル。西ベンガル州コルカタ生まれで、05年にライジング・サン・フィルムズ初の映画作品「Yahaan」で監督デビューしてスター・スクリーン・アワード監督賞と作品賞を獲得。ジョン・エイブラハム初プロデュース作品「ドナーはヴィッキー(Vicky Donor)」を経て、本作が3本目の監督作となる。 テーマ故に頓挫しかけていたショージット監督の本作企画をプロデュースして実現させ、自身で主演したジョン・エイブラハムは、13年には、役者として本作の他に「Race 2(レース2)」「I, Me, aur Main(私と私のと、私自身と)」「ワダラの抗争(Shootout at Wadala)」にも出演。プロデューサーとしては、本作が2本目。なんでもリアルさを出すために、ヴィクラム役を演じるために筋肉をかなり落としたのだとか(*4)。 実在のジャーナリスト数人をモデルにしたと言うジャヤー・サーニ役には、自然な英語発音が出来る役者をと探しまわった結果、パキスタン=チェコハーフのアメリカ人ナルギス・ファクリーの初めての吹替えなしでの出演となった(*5)。ナルギスの出演作では、11年のデビュー作「ロックスター(Rockstar)」に続く2本目。13年には「うそつきは警察の始まり(Phata Poster Nikhla Hero)」にもゲスト出演している。ただのヒロイン然とした前作よりも、よりたしかな演技力を発揮していた本作だけど、思ってたより活躍場所がなかったのがさみしい。ま、基本ジョン映画だし、社会派戦争映画だからなあ…。 映画ロケはインドの他、マレーシア、タイ、ロンドンで行なわれ、スリランカロケが不可能である事を見越して、ジャフナ用のセットをタミル・ナードゥ州とケーララ州に作ったのだそう。戦闘シーンは、インド国内ではマシンガンや砲弾の実弾発射が許可されないとの事から、バンコクに出向いてのロケとなったとか。 実際の戦争と情報戦の中で、騙され、傷つき、出し抜かれ、守るべき妻と信頼できる部下、裏切者を抱えた味方の間で苦悩し翻弄される、人間としての諜報員。その個人に襲いかかる国家、企業、組織の陰謀と、戦争を利用する人々。単純な敵味方、善と悪、加害者か被害者かで割り切れない混沌とした社会情勢は、もう第2次世界大戦レベルの戦争論で語れるような単純なものではなくなっていると言う事を浮かび上がらせてくれる。LTTEの自爆テロ以降、世界各地で同様のテロリズムが横行している昨今、果たしてそれに対処する方法をインドは、日本は、世界は持ち合わせているのかと言うと… ジョン・エイブラハム インタビュー(ヒングリッシュ字幕なし)
受賞歴
「マドラス・カフェ」を一言で斬る! ・こう言うのを見てると、もはや"戦争"とか"戦場"と言うものの定義から考え直さないといけない気になって来るのですよ、日本!
2015.8.1. |
*1 ヒンディー圏側? *2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。 *3 Liberation Tigers of Tamil Eelam 通称LTTE。 *4 他の出演作とは、どうスケジュールを合わせたんだろう?。 *5 最初、フリーダ・ピントーにオファーしていたらしい。 |