Marthanda Varma 1933年 84分(118分とも)
主演 ジャイデーヴ(推定) & A・V・P・メーノーン(推定)
監督/脚本 P・V・ラーオ
"崩れし王統の救い主は、何処へ"
その昔(*1)、パターン族隊商率いるハキムは森の中で瀕死の男を見つけ、天幕に引き入れて治療を施す。一体この人物は何者なのか…。
その翌朝。分裂する王国(=ヴェーナード王国 *2)内にある寺院にて、王位継承争いの救済を願う王子マールタンダ・ヴァルマーの姿があった。
王位を狙うパドマナバン・タンピの刺客から逃げる彼と腹心パラメースワーラン・ピッライは、道端で出会った狂人チャナン(*3)の機転によって追手を巻くのだが、逆にチャナンと彼を手助けした射手チュッリーイル・マールタンダ・ピッライがタンピ部隊に捕縛され牢屋に入れられてしまう。しかし、侍女の力を借りて脱獄する2人は、パターン族隊商との交渉に出向く王子たちを襲撃に行ったタンピ部隊に対抗するため、道場の戦士たちを味方につけて危難迫る王子のもとへと走るのだった。
時あたかも、重税に反対する地方領主たちの反乱が広まり、重病の国王ラーマ・ヴァルマー崩御の報が国内を駆け巡って、戦乱の兆しが近づいてくる…!!
その渦中、名家チャンパカッサリィの娘パルクッティはタンピからの求婚に悩まされていた。
彼女には王宮警護の将軍アナンタパドマナバンという恋人がいたのだが、彼は長い間行方不明になっている。恋人の失踪にタンピが関わっていると知った彼女は、王宮内の陰謀に恋人が巻き込まれた事、彼がなお生き延びている事を確信し、忠実なるマドゥラの戦士にその捜索を願い出る…。
主な登場人物 ()内は役者名
B・ナノー・ピッライ (本人) 史上初のトラヴァンコール警察長。冒頭の当時のパレード風景にのみ登場。
森で倒れていた男/アナンタパドマナバン/狂人チャナン (A・V・P・メーノーン) 本編前半の主人公。タンピの陰謀によって瀕死の重傷を負い、回復後にチャナン他多数の名を名乗って王子の危機を救うために八面六臂の活躍をする。
ハキム 心優しいパターン族隊商のリーダー。森で倒れていた男を介抱する。
優美なるズレイカー ハキムの姪。
ノールッディーン ハキムの甥。
ファティマ ハキムの姪。
バイランカーン ファティマの夫。ムスリムへの改宗者。森で倒れていた男の第1発見者。実は王国の大臣(?)クダモン・ピッライの遠縁にあたり、かつてスバドラーと夫婦だったが、タンピの陰謀で別れざるを得ず出奔。イスラームに改宗してパターン族に入った身。
マールタンダ・ヴァルマー (ジャイデーヴ) 通称ユバラージャ(=王子)。ヴェーナード王統を受け継ぐマラヤーラム系バラモン。現ヴェーナード国王の母方の甥(王位継承権1位)で、トラヴァンコール王家の養子。
パドマナバン・タンピ (V・ナーイク) ヴェーナード王統簒奪を狙う王族。現ヴェーナード国王の息子で、母方の甥継承の王制を破棄して直系の父系継承で王位を継ごうと企む。
エットゥヴェーダン ヴェーナード王統簒奪を狙う王族。
スンダラム・アイアール (S・V・ナート) タンピの腹心。タンピとパルクッティの結婚を強引に進めさせる。
パラメースワーラン・ピッライ マールタンダ王子の忠実な腹心。
ヴェルクルプ (V・C・クッティ) 残虐なタンピの副官。
チュッリーイル・マールタンダ・ピッライ 森の射手。マドゥラの戦士? タンピ部隊に攻撃されていた狂人チャナンに手助けを申し出、共に捕縛される。
スブドランマ (デーヴァキ) タンピが仕掛ける王子を襲う刺客。狂人チャナンに返り討ちにあい殺される。
モーサ・ピッライ 狂人チャナンとマールタンダ・ヴァルマーを逃がすために侍女たちが用意した人物。台詞上のみ登場。
パルクッティ (パドミニ) 別名パールヴァティ・ピッライ、タンカムとも。チャンパカッサリィ家息女。アナンタパドマナバンの恋人だが、彼が死んだと聞かされ、タンピとの結婚を迫られる。
ラーマ・アイアール パルクッティに助力するマドゥラの戦士。
スバドラー 通称チェンバカム・アッカ。クダモン・ピッライの母方の姪。ヴェーナード王宮人(侍女?)。かつての結婚生活を破壊したタンピへの復讐を誓っている。本人には知らされていなかったが、実はアナンタパドマナバンとは異母兄妹関係。
ヨンデル
クダモン・ピッライ 次期王位継承会議が設けられた家の主人。王国の大臣?
ティルムカトゥ・ピッラ マドゥラの戦士? パルクッティとアナンタパドマナバンの父親。
ケーララ人小説家兼劇作家のC・V・ラーマン・ピッライ著の、1891年刊行のマラヤーラム語(*4)小説「Marthandavarma」を映画化したサイレント映画。
タイトルのアルファベット表記は「Martanda Varma」とも。
史上初となる、マラヤーラム語文学の映画化作品で、現存する最古のマラヤーラム語映画でもあり(*5)、インド独立前のトラヴァンコール藩王国時代の作品。
劇中字幕の多くは原作からの借用で、そのために原作出版社から著作権侵害で訴えられ、公開初日で上映差し止めが言い渡されたと言う(*6)。その後、カマララヤ図書館倉庫内にフィルムが保管されていたのを、1974年になって発見されたことで再度陽の目を見ることとなり、1994年のケーララ映画祭、2011年のティルヴァナンタプラムで開催されたフィルカ国際映画祭で上映されている。
本作と同じ原作の映画化作品として、1997年のマラヤーラム語映画「Kulam」が、同じ原作を元にした複数のTVドラマもあるよう。
インド映画史上初の「頬にキス」シーンのある映画、と言う人もいる(*7)。
現在のケーララ州南部にあったトラヴァンコール王国の初代王となったマールタンダ・ヴァルマー(1705生〜1758没。在位1729〜1758)の即位以前の混乱を描く1作。
映画冒頭5分強ほど、撮影当時のトラヴァンコール藩王国の藩王寺院行幸パレードの映像が流れたあと本編が開始。タイトルから、トラヴァンコール王国初代王となったマールタンダ・ヴァルマーの一代記を描く物語かと思いきや、王国成立直前のヴェーナード王国(*8)の没落時代の後継者争いの内紛を描く物語で、マールタンダ王子は登場しても物語の中心ではなく、彼の命を守ろうと奔走する武人アナンタパドマナバンが前半〜中盤の主人公。
アナンタパドマナバンと悪役タンピ一統の追いかけっこで1時間くらい費やし、映画後半はヒロイン パルクッティと侍女スバドラーも主役に迎えてタンピたちの攻撃に対抗する策略と戦いが描かれて幕となる。
ぼやけた映像や乱れた映像が多いので、長文の英語字幕は文字の判別がほぼほぼ不可能で、短文の字幕画面頼りで物語を追うしかなく、細かい登場人物の背景や血縁関係なんかはWikiの原作あらすじ頼りで理解するしかない感じ。あるいは、この戯曲の物語は当時のトラヴァンコール人なら説明不要で理解できる構図なのかどうなのか…(*9)。
それでも、原作を換骨奪胎して細かい部分の省略や入れ替えもされているらしい本作は、84分の中に、王統争いの混乱の中で右往左往する様々な人々の活躍の場を次々に表現して、多数の人々が入り乱れる群衆ロケも敢行している意欲作であり、当時の映画人が「まずうちらの王国の開祖の話を大々的に作っちゃおうぜ!」と気合い入れて製作したであろう画面の大きさ・その意気込みが見えてくるボリュームを持っている。
本作を監督したのは、P・V・ラーオ(またはV・V・ラーオとも)。現在のアーンドラ・プラデーシュ州内に生まれたといわれるものの、詳しい記録は残っていないそう。本作で映画監督&脚本デビューしたものの、その後映画界には関わってないよう(*10)。
映画冒頭のクレジットで、主要登場人物を演じた役者名を表記しているものの、映画以外のマラヤーラム文字記録と名前が食い違っていて、実際のところがどうだったのか不明な点が多いそうな。
クレジットを信じるとして、英語での詳しいデータが出てくるのはマールタンダ・ヴァルマー役のジャイデーヴくらいか(*11)。
物語は、史実としてのトラヴァンコール王国発足直前の歴史に完全に忠実というわけではないけれど、マールタンダ・ヴァルマーが何度となく暗殺されかけていたことは本当だったそうで、王統争いしていたパドマナバン・タンピや主人公アナンタパドマナバン始め登場人物も実在の人物。マドゥライの戦士たちやイスラーム教徒集団となるムキラン(*12)の介入、それら多数の勢力が参加した戦争も歴史的事実であると言う。
原作は、映画よりもさらにいろいろなエピソードが組み込まれた複雑な物語を紡いでいるみたいだけども、なんとなく「トラヴァンコールを舞台にした壮大な叙事詩を作ろうとしてそうだな」とか勝手に深読みしてみてみたくはなってくる。もっとも、原作の時点でマールタンダ伝説を記した王国内各地の叙事詩碑文や伝説を基に作られた詩歌の影響が指摘されている他、イギリス文学の「アイヴァンホー」やシェイクスピア戯曲「リア王」の構成と酷似していることが指摘されているそうな。
そう言われると、物語の登場人物配置は「なるほど」と腑に落ちるような気も…しなくはないし、わかりにくくなってしまっている映像を素直に受け止める材料にはなってくるか。多数の登場人物を出して、王族以外の人々の暮らしも描かれているのはいまになっても貴重。映画後半から「実はAとBは血が繋がってたんだ!」と言うドンデン返しも用意され、畳みにくそうなまでに広げられた風呂敷がなんだかんだで綺麗に畳まれていくテンポの良さは、この頃からインド人の得意技よネ。
「MV」を一言で斬る!
・戦える、変装できる、交渉できる、騙し合いできる、闘えるアナンタパドマナバン。ほんに貴方は、インドの山奥で修行した忍者でおま。
2024.8.11.
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*1 コッラム歴901年=西暦1727年頃。
*2 中世〜近世にかけて、今のケーララ州内にあった主要首長国の1つ。コッラムを首都として、伝説では8〜9世紀頃にアイ家系から派生したヴェーナード・アディカル族が断続的に支配権を保持していた(断続的にパーンディヤ朝やチョーラ朝の支配下に入っていた時期もある)。「ヴェーナード」は「ヴェル族の長の領土」の意か。独立国家としては1124〜1729年頃まで存続。
17世紀に入って、マドゥライのナーヤク族や英国東インド会社の影響力の拡大を止められず、国内勢力が分裂して行く中、トラヴァンコール(現地発音的には、ティルヴィタムコール)王家に養子に入っていたマールタンダ・ヴァルマーによる統一がなされたことで、トラヴァンコール王国が成立する。
*3 森の中で倒れていた男の変装した姿。
*4 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*5 この前に、1930年公開記録のある「Vigathakumaran(さらわれた子供)」があったものの現存していない。その経緯は2013年公開作「セルロイド(Celluloid)」に詳しい。
*6 これが、インド映画界初の著作権訴訟事件となる。ただ、映画公開そのものは裁判が終わるまでの期間続けられていた。
*7 キスシーン自体は、1928年のサイレント映画「Shiraz(シーラーズとセリマ)」で既に出ているけども。
*8 本編では王国名は言及されず、「トラヴァンコール王家」とか「王国」と何回か書かれているだけ。
*9 ぼやけた映像のため、顔の判別も難しく、衣裳と持ち物で誰が登場してるのかを推察する感じになってしまう。さらに、マールタンダ・ヴァルマーとチュッリーイル・マールタンダ・ピッライとか、〜〜ピッラとか、似た名前も多くてさ…。
*10 V・V・ラーオの名前は、1948年のマラヤーラム語映画「Nirmala」の監督名として出てくるけど、同名別人?
*11 検索すると1918年生まれと出て来るから、同名別人の可能性大…? マラヤーラム文字が読めれば、あるいは…? でもそれだと記録違いの情報とかが出てくるらしいからなあ…。
*12 ムガル帝国に従う小規模首長。
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