インド映画夜話

マヘーシュの復讐 (Maheshinte Prathikaaram) 2016年 120分
主演 ファハド・ファーシル & アパルナ・バーラムラリ
監督/脚本/台詞/出演 ディリーシュ・ポータン
"その時が来たら、シャッターを押すだけさ"




 ケーララ州イドゥッキ県プラカーシュ村にて、父親から受け継いだ写真スタジオ"バーヴァナ・スタジオ"を運営するマヘーシュ・バーヴァナは、伯父の葬式のために帰省してきた幼馴染の恋人ソーミャとの再会を喜んでいた。

 ここぞとばかりに隠れてデートする二人を尻目に、ソーミャの父親は娘のための縁談話を持ち込んできて、ソーミャの戸惑う間に縁談はトントン拍子に進んでしまう。
 ソーミャの結婚式準備で起きたほんの少しの諍いは、芋づる式に無関係な村人たちの鬱憤を連鎖させ、ついにマヘーシュの親友ベイビーに突っかかってきた男たちとマヘーシュとの喧嘩に発展。そこで見ず知らずのジムソンという男に倒されて公衆の面前で侮辱されたマヘーシュは「奴に復讐を果たすまで、サンダルは履かない」と誓うのだった。
 しかし、友人がつきとめたジムソンの勤める工場に出向いてみれば、彼はドバイへ出稼ぎに行ってしまった後だという…。


挿入歌 Flash mob (フラッシュモブ)

*まさかインド映画で、本気フラッシュモブが見れるとは…!


 脚本家シャーム・プシュカランの故郷で起きた実際の事件を元にしたと言う、マラヤーラム語(*1)映画の傑作。
 ディリーシュ・ポータンの監督デビュー作で、当初は公開館も少なかったというものの口コミで評判が広がり、ついには多数の映画賞を獲得する大ヒット作となった。

 2018年に、タミル語(*2)リメイク作「Nimir」も公開。日本では、2016年に埼玉県にてCelluloid Japan主催で自主上映。2018年のICW(インディアン・シネマ・ウィーク)で日本語字幕付きで上映された。

 平凡ながら牧歌的な小さな村を舞台に、平々凡々とした人生をおくる主人公はじめ普通人たちの日常のちょっとしたコミカルさ・しんみりさ・日々の由無し事の多彩さを通して、過去と変わらぬ日常を過ごすマヘーシュが、ちょっと違う明日へ踏み出すまでを描く素朴ながら清々しい日常ドラマ。
 タイトルとあらすじから、白土三平ばりの「無力な主人公の突飛な方法で行われる、盛大な復讐劇」かなんかだと思ってたけど、見てみたら全く異なる邦画めいたコミカルな日常劇でございました。

 夜中に父親がいなくなったと言っては大騒ぎとなり、恋人が帰ってくると聞けば葬式の裏でイチャイチャする。そんな日常の延長線上で色々と交錯する情感の由無し事が、なんとも言えずコミカルで、しっとりとしていて、美しい。
 葬式に集まった一族で悲しみを共有するかたわら、恋人マヘーシュと目配せしては幸せそうなソーミャの心情的ギャップも楽しいし、そんな2人が外で出会う時間を作るために一肌脱ごうとして大変な目にあわされるベイビーの友情もナイスであります。
 人々が集まる村の中心に鎮座する広場の屋根とも言える巨木も「こんな村の作りがあるのか」って感心してしまう光景だし、「進撃の巨人」ばりのイドゥッキダムの巨大な壁の情景もスゴい(*3)。イドゥッキ県民からも注目されるイドゥッキ推しな風景の切り取り方も、一見の価値ありですわ。

 本作で監督デビューを果たしたディリーシュ・ポータンは、ケーララ州コッタヤム県マンジョア村生まれ。
 マイソールの大学で理学位を取得後、映画への興味からカラディーとコッタヤムの芸術大学で映画を学び、10年のマラヤーラム語映画「9 KK Road」で助監督を務めて映画界入り。映画監督アーシク・アブーのもとで助監督を続けていく中で、11年の「Salt N' Pepper」の端役で映画出演。以降、助監督兼役者として働いていったのち、本作で監督デビューし多くの映画賞を獲得する。
 続く17年の監督作「Thondimuthalum Driksakshiyum(泥棒と証人)」でも、ナショナル・ムービー・アワードのマラヤーラム語注目作品賞をはじめ多くの映画賞を授与されている。

 主人公マヘーシュを演じるのは、1982年ケーララ州コーチ(旧コーチン)生まれのファハド・ファーシル。父親は、映画監督兼プロデューサーのファーシルになる。
 92年の父親の監督作「Pappayude Swantham Appoos」に子役出演したのち、02年の「Kaiyethum Doorath(手の届かない所)」で本格的に俳優デビューする(*4)。その後、米国留学して哲学の学位を取得したのち、09年のオムニバス映画「Kerala Cafe(ケーララ・カフェ)」の1編に出演。翌10年以降は毎年複数の映画に出演するスター俳優になっていく。11年の「Akam」と「Chaappa Kurishu」でケーララ州映画賞の助演男優賞を獲得。12年のアジアネット映画賞のユースアイコン・オブ・ジ・イヤーを受賞するなど、各映画賞を次々に獲得している。
 14年の主演作「Iyobinte Pustakam(仕事の本)」ではプロデューサーデビューもしている。

 後半頭角を表すヒロイン ジムシーを演じるアパルナ・バーラムラリは、1995年ケーララ州トリシュール県パンクナム生まれ。父親は音楽監督のK・P・バーラムラリ、母親は弁護士兼歌手のソバー・バーラムラリ、父方の叔父に作曲家K・P・ウダヤバーヌーがいる。
 幼少期より古典舞踊や古典音楽を習得し、建築学を修了。13年のマラヤーラム語映画「Yathra Thudarunnu」で端役出演して映画デビュー(?)し、15年の「Oru Second Class Yathra」を挟んで、本作で主演デビューして数々の新人賞を獲得。同年の出演作「Oru Muthassi Gada(おばあちゃんの杖)」とともに、この2本の挿入歌で歌手デビューもしている。その後も、女優兼歌手として活躍中。

 小さな村(町?)故に、いろんな人間がそれぞれに主人公たちに関わりを持ち、色々な騒動を広めていく世間の狭さを象徴するように、マヘーシュの復讐がすぐ周囲の人々の語り伝える有名な話として広まっていくし、その相手の動向をすぐに探し出せてしまう村々の情報共有度も田舎ならでは…ってことなんでしょか。
 後半に登場するマヘーシュの生き様を変えるヒロイン ジムシーが、前半部分(*5)にちらほら登場してたっていうんだから、もう1回そこんとこを注意して見直して見たいよぅ。
 ジムシーとマヘーシュのやりとりで、マヘーシュが今まで半分惰性で続けていた写真技術を見直す姿も、爽やかで美しい人生賛歌。今の自分を振り返りたくなるその前向きな姿勢は、特に説教臭くもなく素直に「ああ、人生っていいなあ」と思えてくるからスンバラし。それを静かに見守っているマヘーシュの父親のような人間に、ワタスはなりたい。うん。

挿入歌 Idukki (イドゥッキは)


受賞歴
2016 Asiavision Awards センセーショナル演技賞(アパルナ・バーラムラリ)
2016 Asianet Film Awards 脚本賞(シャーム・プシュカラン)・女優賞(アヌスリー)・批評家選出作品賞
2017 Filmfare Awards South マラヤーラム語映画作品賞・マラヤーラム語映画監督賞・マラヤーラム語映画音楽アルバム賞(ビジバール)
2017 Kerala State Film Awards オリジナル脚本賞(シャーム・プシュカラン)・審美的人気作品賞
2017 National Film Awards オリジナル脚本賞(シャーム・プシュカラン)・マラヤーラム語注目作品賞
2017 米国 North American Film Awards 作品賞・脚本賞(シャーム・プシュカラン)・センセーショナルヒロイン賞(アパルナ・バーラムラリ)・コメディアン賞(サウビン・シャーヒル)・監督デビュー賞・音楽監督賞(ビジバール)・撮影賞(シャイジュー・カーリド)
2017 South Indian International Movie Awards 音楽監督賞(ビジバール)
2017 Vanitha Film Awards 作品賞・人気女優賞(アヌスリー)・音楽コンポーザー賞(ビジバール)・撮影賞(シャイジュー・カーリド)


「マヘーシュの復讐」を一言で斬る!
・インド人が、よくプールとかで腹から水に飛び込むのは、あれは川で水浴してる時の仕草だったのね!

2018.10.12.

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*1 南インド ケーララ州の公用語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 よけいに村とその住民の小ささを強調する仕掛け? …かしらん。
*4 が、売り上げは散々だったよう。
*5 マヘーシュの喧嘩に行き着くまで1時間くらいある!