インド映画夜話

マントー (Manto) 2018年 116分
主演 ナワーズッディーン・シディッキー
監督/製作/脚本 ナンディタ・ダース
"語れ、言うべきことは全て"




 1946年のボンベイ(現マハラーシュトラ州ムンバイ)。
 短編小説家兼脚本家として活躍する作家サアーダット・ハサン・マントーは、作家仲間や各編集者たちの間でも「刺激的すぎる話を書く」と有名な人物。娼婦を主人公に置いた社会派テーマの短編を書き続ける彼に対して、社会は彼に猥褻罪を訴えてくる…。

 そんな中、翌47年8月15日のインド独立によって分離独立闘争が勃発。その混乱は、マントー周辺の交友関係にも影響を及ぼして行く。
 友人たちが集い、両親の眠るボンベイを離れたくないと思っていたマントーだったが、激化するヒンドゥーとイスラームの対立による暴力から逃れるざるを得なくなり、ついに家族そろってのパキスタン移住を決意。だが、パキスタン社会もまた、彼の小説を問題視して彼を攻撃してくるのだった…。


プロモ映像 Bol Ke Lab Azaad Hain


 ウルドゥー語(*1)文学における著名な作家、サアーダット・ハサン・マントー(1912生〜1955没)の激動の作家人生を描く、ヒンディー語(*2)+ウルドゥー語映画。
 2012年のパキスタンTVドラマシリーズ「Main Manto」および2015年のパキスタン映画「Manto」は、同じく作家マントーの生涯を描く点では共通の作品ながら、本作とは別物。

 日本では、2019年に監督を務めたナンディタ・ダース来日の上でTUFS(東京外国語大学) Cinema上映作品として上陸。同年には早稲田奉仕園スコットホールでも上映。

 映画冒頭からマントー著作の短編小説の映像化で始まり、マントー自身の人生劇と等価値でそれらが配置されて描かれていく本作の構成は、マントーという作家の創作に対する姿勢・原動力・世間への懐疑や反発心・社会に翻弄される人の心の有り様を、作家の人生と著作の双方から探って行く。
 劇中に登場する著名人マントーを招いての講演会で、彼の作品への聖俗併せ持った興味で集まる群衆から発せられるマントー著作群への容赦ない批判、猥褻罪で告訴された裁判で招集される証人たちの思いもかけない作品論主張といった、公刊される小説作品に対する世間と作家との心情の乖離、人の心の頑迷さをここぞとばかりに描写する一連のシークエンスは、世間への痛烈な批判であるとともに作家マントーというその作家像(*3)に対する懐疑でもあるような。
 それは、映画のテーマとは一切関係ないよなあ…と噛み締めつつも、ここ日本における「インド」「インド映画」に対する世間のイメージ先行議論の有様とシンクロさせて見てしまう自分がいて、もうね…。

 猥褻罪裁判の無意味さを強調するかのような、マントー作品群の映像化シーンなんかどれも切れ味が鋭くて印象的。
 下町の売春業という、印パともに人々(*4)が目を閉じ見ないふりをしようとする現実の所業を白日の元に晒すその鮮やかな起承転結が、短編でしか表現できない鋭さで見てるこっちの心をえぐってくるんだから、たしかに世間一般では高評価を得るとともに問題視されるほどのインパクトはあるよなあ…と感じてしまう。
 その導入がマントーの人生劇の変遷に沿った形で、なんの違和感もなく、より混濁させる形でフィクションの中にフィクション劇を入れてくる様も秀逸。物語が人に与える影響、物語を語る意味、物語を人が欲する意味をも内包しながら、複数の視線を意識させられる映画構成は「物語論」「映画論」をも問いかけて行くかのよう。早速、原作を読んで見たくなりますことよ。

 印パにおける公共の場での良識と言ったものが、如何に現実のそれと違うか、そのギャップが大きくなればなるほどマントーの小説が持つ"痛み"が意味を持ち始め、だからこそ人々がそれを認めたがらないにもかかわらず読んでしまうというアンビバレンツ。そう言った社会の矛盾を真っ向から受け止めざるを得なかったマントーという人は、たしかに生きるに辛い人生を送るしかなかっただろうし、そうせざるを得ない状況の中で友人知人を巻き込んでもがき苦しむことになった訳だけど、そう言う「作家」としてイメージされるマントーの苦しみ・悲しみ・喜びといったものを「本当はどうだったのだろうか?」「現実の我々と、なにが違いなにが同じだったのだろうか?」と問いかける本作は、表現に関わる人々、その表現物に触れようとする人々に対する永遠の命題を突きつけてくるよう。

プロモ映像 Nagri Nagri


受賞歴
2018 Asia Pacific Screen Awards 主演男優賞(ナワーズッディーン) 2019 Filmfare Awards 衣裳デザイン賞(シェータル・シャルマー)


「マントー」を一言で斬る!
・リシ・カプールとかディヴィヤー・ダッタの出演はすぐにわかったけど、ランヴィール・ショーレイとかパレーシュ・ラーワルとか、よく見てる俳優が出てるのはまっっっっっっったく気づかなかったよぉぉぉぉ(役者ってスゲエ!!)

2019.7.14.
2019.10.5.追記

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*1 ジャンムー・カシミール州の公用語でパキスタンの共通語。主にイスラーム教徒の間で使用される言語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 世間がイメージする作家像?
*4 文芸雑誌を読む教養人層?