インド映画夜話

マスター -先生が来る!- (Master / 2021年タミル語版) 2021年 179分
主演 ヴィジャイ & ヴィジャイ・セートゥパティ
監督/脚本/原案/カメオ出演 ロケーシュ・カンガラージ
"みんなまとめて更生だ!"




 2002年のタミル・ナードゥ州ナーガルコーイル。
 トラック組合長の息子バワーニは、親を殺した犯人たちにその罪をなすりつけられて少年院へ送られていく。院内での虐待に耐え続ける彼はついに脱走し、元少年院組の仲間を集めて資金を貯め始める。金があれば、人を意のままに動かせることを知り、自分をこんな目に遭わせた犯人たちと取引するために…!!

 時は過ぎ、2019年。
 バワーニは、親を殺してトラック組合を乗っ取った犯人3人組を前に金を積んで語る。「…さあ仕事をやめて集まれ、お前ら。これからこの3人を殺したやつに賞金を払おう。500万から始めるぞ…!!」

 同じ頃、チェンナイの聖ジョセフ大学にて、酒浸りながら学生たちに大人気の寮長兼心理学教授のJ.D.がいた。
 素行の悪さと大臣からの圧力によって教授連に目をつけられていた彼が協力した学生選挙が、その結果に不満を持つ生徒たちの大乱闘に発展してしまうと、J.D.は責任を取らされて3ヶ月の停職・その間に悪名高きナーガルコーイルの少年院への赴任が言い渡されてしまう。
 そこで無気力なままダラダラと過ごそうとしていた彼に対して「あなたに期待していたのに」と語る少年院職員が現れる…「ここの子供達の半数以上は麻薬にやられている。薬のためにすぐ武器を取るような連中ばかりです。気をつけて、気を配ってください。ここは、そう言う子供が集められる更生施設なんです…」
 その日、必死の思いで"マスター"こと新任のJ.D.に助けを求めてきた少年院の兄弟からの電話に気づかなかった彼は、翌日に衝撃的な場面に連れていかれることに…!!


挿入歌 Vaathi Coming (マスターが来る!)


 「囚人ディリ(Kaithi)」のロケーシュ・カンガラージの、「囚人ディリ」に続く4本目の監督作となるタミル語(*1)映画。

 コロナ禍による公開延期を経て、テルグ語(*2)吹替版、カンナダ語(*3)吹替版、ヒンディー語(*4)吹替版「Vijay the Master」と同時公開。その数日後に、Amazonプライムビデオでの最速配信が始まり、マラヤーラム語(*5)吹替版も公開された。

 公開から賛否両論を巻き起こしながら、その大ヒットによってその時の世界興行収入1位記録を樹立した初のインド映画となった他、タミル語映画史上最高興行収入を記録。パンデミックによる映画館ビジネスの損失を回復させた映画として、経済人から賞賛を贈られている映画でもある。
 インド本国と同日公開で、オーストラリア、英国、シンガポール、米国でも公開。
 日本では2021年にSPACEBOX主催の自主上映で英語字幕版が、同年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)パート2にて「マスター 先生が来る!」の邦題で上映。翌22年に一般公開されている。23年の渋谷インド映画祭にてアンコール上映されている他、東京は大森と池袋で開催されたマーダム・オル・マサラ上映作にも選定。2023年のIMWパート2でも上映されている。翌2024年には群馬県の高崎電気館の「インド映画特集2024」、池袋インド映画祭@シネ・リーブル池袋、同年の鹿児島のガーデンズシネマ「秋のインド映画特集」でも上映されている。

 毎年出演作が公開されるタミルの人気映画スター ヴィジャイ主演作として、コロナ禍で1年の空白期間が空いてしまったのちに公開された、待ちに待った待たされた主演作としての期待を大いに超えて来る傑作マサーラーアクション大作!
 主人公J.D.演じるヴィジャイの格好良さ、飄々とした態度の魅力も全開フルスロットルで、その魅力をさらに倍々増させてくれるアニルド・ラヴィチャンデルの音楽、サティヤン・ソーリャンの撮影技術と空間描写の画作り、フィロミン・ラージの絶妙な編集技術、何と言ってもそれをまとめ上げる抜群の映像センスを発揮するロケーシュ・カンガラージの思い切りの良い画面構成にうなりっぱなしの最高の映像の洪水ですわ(*6)。

 ヴィジャイによるヴィジャイ万歳映画である本作。
 1年越しのヴィジャイ主演作公開を祝うように、画面の端々、セリフの端々に過去のヴィジャイ映画ネタも色々にぶっこまれていてお得感も倍増。それに対抗する敵役バワーニ演じるヴィジャイ・セードゥパティによるヴィジャイVSヴィジャイの構図がもう、「狙ってますよネ!」って言いたくなるくらいカッコええわ、サマになってるわ、その眼力の哀愁対決も美しいわ、初共演でありながら息ぴったりの対決具合で面白すぎる。

 その上で本作がヴィジャイ万歳映画以上のものになっているのは、映画開始から15分に及ぶ敵役の背景説明による悪役側の事情を描くことで、バワーニを裏主人公的な主人公との対称性をガッツリ表現している点。焦らしに焦らしたヴィジャイ登場のお祭り騒ぎ〜少年院派遣の経緯までさらに45分が費やされ、悲惨な過去の復讐に動く麻薬王と、過去は明かされないままに現実に対処し周囲の人々の問題解決に動く意思をこそ説明されていく主人公J.D.(*7)の姿を通して、はっきりとした勧善懲悪の中で蠢く社会悪や多数の人々のすれ違いという社会批判も含めた、善悪2人のヒーローの対決を盛り上げていく。
 やたらと多い登場人物とその背景描写、本筋に絡まる数々の脇エピソードによって、物語は様々なきしみを見せていきながらも、それらの要素が集まって最後にはヴィジャイVSヴィジャイ対決を最高にカッコいい構図で見せつける。ヒーロー映画はこうでなくっちゃ、とこちらの気合も高まる一方ってもんですわ。

 あらすじから想像される、熱血教師物語とは別次元の熱血ぶりを見せる物語の変幻自在さも、勢い優先気味とはいえ小気味好い。
 熱血ぶりが悪役への物理的鉄拳制裁で発揮される本作の、その時々の感情の動き優先で描かれるインド文法の物語が、喜怒哀楽を最大限揺すぶって来ると同時に、主人公J.D.の過去やバワーニとの対決時にJ.D.にその心情を揺さぶられるダースのバワーニとの関わりがどれほどのものがあったのかとか、語られない部分への想像が刺激されていくのも意図的演出ってやつでしょか。
 カンガラージ監督の前作「囚人ディリ」、その続編「Vikram(ヴィクラム)」にも出演しているダース役のアルジュン・ダースは相変わらず美味しいところを持っていくし、出番が少ないとは言えヒロイン的な危機を演出されていく大学教師チャルー役が誰かと思えば、傑作「Beyond the Clouds(ビヨンド・ザ・クラウド)」で主演していたマラーヴィカー・モハナン。学生選挙でJ.D.の助力を仰いでいた女子生徒サヴィタ役には、ヴィジャイ・セードゥパティ主演作「'96」で準主役で映画デビューしていたゴウリ・G・キシャンが堂々とした演技を見せつける。選挙運動もクリーンにやって、その勝敗も握手1つで平和的解決を成し遂げたサヴィタが、後半人殺したちに向ける躊躇のない殺意もビックリながら超カッコEEEEEーーーー!!!(*8) 現代のヒーローの武器も、神話と同じく拳と弓が鉄板ヨネ!

 しかしまあ、序盤の大学生のワルぶりが可愛く見えるタミル社会の少年犯罪の根の深さ、大人たちの都合に利用される少年・青年たちの立場の弱さ、人生の振り回されっぷりの悲惨さ、解決不能なまでに絡まりあった裏社会ありきで回る社会の姑息さは、ため息しか出ない恐ろしさ。映画で1時的な解決を見せたところでどうなるだろうとニヒリスティックに考えてしまいたくもなるけれど、例え1時的であろうと解決の道筋を描いて見せる映画の力、それを見た観客たちが作る未来に期待する物語の力を信じられる社会もまた健全であろうか。少なくとも、これを爽快な娯楽として楽しめるんだから、タミル映画界の芯の強さたるや相当に強靭でありますわ。



挿入歌 Master the Blaster (マスター・ザ・ブラスター)




受賞歴
2022 Filmfare Awards South 南インド映画ダンス振付賞(ディネーシュ・クマール / Vaathi Coming)
2022 Ananda Vikatan Cinema Awards 音楽監督賞(アニルド・ラヴィチャンドラン)・スタント監督賞(スタント・シヴァ)・振付賞(ディネーシュ・クマール / Vaathi Coming)
2022 SIIMA (South Indian International Movie Awards) 監督賞(ロケーシュ・カンガラージ)
2022 Edison Awards 作品賞

2022 Mirchi Music Awards South タミル語映画アルバム・オブ・ザ・イヤー賞・タミル語映画中毒ソング・オブ・ザ・イヤー賞・ユース・アイコン賞


「マスター」を一言で斬る!
・ヴィジャイがヴィジャイに『I’m waiting』って言いやがったーーーー!!!!!!!

2023.6.10.
2023.11.23.追記
2024.2.23追記
2024.9.20.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 南インド カルナータカ州の公用語。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*5 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*6 撮影中、役者に対しての演技指導があやふやな監督に対して主演ヴィジャイが怒って、別室で説教していたとか言う話ですが。以降、監督は朝一で脚本持ってヴィジャイに詳細な撮影意図を説明しに来るようになったらしい…。
*7 本名も、最後の最後まで明らかにされない!
*8 って単純に喜んでいいのか一瞬悩むは悩みますけど。