私が恋した泥棒 (Monchora) 2016年 96分(オリジナルは135分)
主演 ライマー・セーン & アビル・チャタルジー
監督/脚本/音楽 サンディープ・レイ
"貴方に更正するチャンスをあげる。忘れないで…"
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コルカタ郊外のお屋敷に住むナンダーは、亡き両親に変わって祖父の面倒を見ながら屋敷を取り仕切る日々。
変わらぬ日常を守らせようとする祖父の命で、平和だが退屈な日々が続く中、心配事と言えば遊び呆ける兄マンマトーが祖父の命令を無視して夜遅くにしか帰って来ない事と、"家の祭壇にあるうちは一族が繁栄する"と伝えられる家宝の特大ルビーの厳重な管理であった…。
ある晩、あいかわらず兄の帰りが遅い夜。
突如屋敷に泥棒騒ぎが起こり、ナンダーは自室でばったり出くわしてしまったその泥棒…ディバーカル・ローイが、両親の死後生活に困窮しての犯行と知らされ、彼を救うため一計を案じる。
次の日、手相占いが趣味の祖父を訪ねて現れたディバーカルは、ナンダーの計画通り生活の苦しい成り行きを語りながら、働き口を探していると相談。ナンダーも手伝って彼を屋敷の会計兼雑用係に雇ったらどうかと祖父に口添えし、最終的に祖父に了承させる事に成功する!
全ての仕事をそつなくこなし祖父を喜ばせるディパーカルだったが、そのうち、だらしないナンダーの兄マンマトーの様子や、祭壇に鎮座するルビーを目撃した彼は…。
原題は、ベンガル語(*1)で「心の盗人」。
シャラディンドゥー・ボンドパッダーヤイ著の同名小説を原作とする、サタジット・レイの息子サンディープ・レイ監督によるベンガル語映画。
日本では、2016年にIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて短縮版が上映。
ベンガル映画によく出てくる、とある伝統的な一家の屋敷を舞台に、そこへの来訪者の侵入によって家族の再構成が行なわれる様を淡々と、しかし情感を持って描く一本(*2)。
最初はミステリアスな雰囲気を漂わせながら屋敷に潜入して来た泥棒が、食べ物に釣られるシーン、ナンダーとの交流で緊張がほぐれていくシーン、翌日の手相占いでの会話で屋敷の仕事をもらおうと丁々発止を繰り返すシーンなどによって、妙にコミカルで人のいい人情家の一面を見せつけて、ナンダーともども観客に「あ、この人は良い人かも」と思わせてしまえばこっちのもの。
「貴方を信用したわけでなくてよ」と言いつつディバーカルに惹かれていくナンダーや、金をせびってくるわりに小物臭全開な兄マンマトーとの交流、屋敷の雑用を通してその有能ぶりを発揮するディバーカルの姿が、ほのぼの家族ドラマとゆるやかなラブロマンスを構築していく静かで上品な映画を作り上げていく。
しかし、マンマトーの周辺でくすぶる不穏な空気と共に、中盤以降屋敷の財産を狙う人物の影が徐々に表面化していくと、元泥棒だったディバーカルのミステリアス成分が再び顔をもたげ、彼の謎めいた行動によって物語のドキドキ感は高まっていく。
元泥棒をどこまで信用するのか。元泥棒だった自分がどこまで他人に不審がられるのか。映画は、ナンダーの視点とディバーカルの視点を織り交ぜながら、「人を信用する」事が如何に難しく「人を疑う」事が如何に簡単か、口で言うほどには人の心はやすやすとは変化しない様を描いていく。屋敷のお嬢様と元泥棒、元泥棒と彼を信用する屋敷の主人、兄と妹、祖父と孫、男と女、恋人同士…どこかにウソを含んだ人間関係を壊さないようにと動く人の姿、心の有り様を、ゆるやかに静かに、そしてまたコミカルにも描いていく映画である。
本作の監督を務めたサンディープ・レイは、1953年(54年とも)西ベンガル州カルカッタ(*3)生まれ。かの有名な映画監督サタジット・レイの一人息子である。
学生時代から父親の映画制作現場で手伝いに入っていたらしいけど、カルカッタ大学を卒業した22才の頃、サタジット・レイ唯一のヒンディー語映画「チェスをする人(Shatranj Ke Khilari / 公開は1977年)」で助監督に就任して正式に映画デビュー。助監督や撮影班で働きながら、父の書いた小説(戯曲?)「Fatik Chand」を元にした83年のベンガル映画「Phatik Chand」で監督デビュー。
その後は、劇映画やTVドラマ、ドキュメンタリーなどの監督や、サタジット・レイ監督作の撮影監督を務めたり、曾祖父の代から続く子供向け雑誌"サンデーシュ"の編集を父と共に手掛けたりしていたと言う。有名人である自分と常に比較される事をサタジット・レイ自身もインタビューで言及していて、それがハンデになっていること、その撮影技術は自分よりも優れていることを生前サタジット・レイが語っていたとか。
本作は、監督作としては21本目(*4)にあたる。
元泥棒ディバーカルを演じるのは、1980年西ベンガル州コルカタに生まれたアビル・チャタルジー。父親は役者のパルグニ・チャタルジー(*5)。母親も役者のルムキー・チャタルジー(*6)になる。
TVドラマから俳優業をスタートさせて、06年のベンガル語映画「Rabibarer Bikalbela」にて映画デビュー。09年の「Cross Connection(クロス・コネクション)」で主演デビューする。本作と同じシャラディンドゥー・ボンドパッダーヤイ原作の10年のベンガル語映画「Byomkesh Bakshi(探偵ビョームケーシュ・バスキー)」に主演したり、12年の「女神は二度微笑む(Kahaani)」でヒンディー語映画デビュー(*7)したりしている。
ナンダー演じる主演女優ライマー・セーンは、10年の日本ロケベンガル語映画「妻は、はるか日本に(The Japanese Wife)」でもヒロイン演じてた人だし(*8)、ナンダーの兄マンマトーを演じるシャーシュワト・チャタルジーは、「Byomkesh Bakshi」や「女神は二度微笑む」でもアビルと共演している役者。そう言うつながりも注目ポイントだったりする?
一見うまくいってるようでディスコミュニケーションの続く仮面家族の間に、一人の男が割り込んでくることで不協和音が広がる家族の再生劇は、劇中ではシリアスに、見てる観客側ではわりとコミカルに進んでいく軽快な一本。ベンガル映画界の上品さや小粋な語り口は、見習いたいモンですネ。
「私が恋した泥棒」を一言で斬る!
・家宝の巨大ルビー、照明のせいかカットのせいか、どーも赤く塗られた偽物臭が強いのは、ワタスの目がイカンのかのぅ…。
2017.6.10.
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*1 北東インド 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*2 こう言うのを勝手に「ベンガルお屋敷もの」と呼んでいるワタス。お屋敷と言ってもそんな大きな規模じゃなさそうだけど。
*3 現コルカタ。
*4 うちTV映画3本。ドキュメンタリー1本を含む。他にミニTVドラマ監督を2シリーズこなしている。
*5 日本公開作「女神は二度微笑む(Kahaani)」にて小学校の校長役で出演。
*6 やはり「女神は二度微笑む」にて地下鉄のお婆さん役で出演。
*7 主人公の夫役。奇しくもこの映画で、両親とも共演している!
*8 本作と同じ16年には「Bastu Shaap(呪いの館)」で、本作で共演しているアビルともまた共演してるそうな。