国道10号線(NH10) 2015年 107分 デリーのIT企業に勤めるミーラー・シン(旧姓プリー)とアルジュン夫婦は、近づくミーラーの誕生日に小旅行を計画していた。そんな深夜、チンピラに襲われ軽傷を負ったミーラーは、警察から銃の携帯を薦められ…彼女はそれを承諾する。 それから数日後。夫婦の小旅行は順調に始まった。 不安定な天気の中、車で国道10号線を進む2人は、とある道路脇の食堂で若い夫婦が数人の男たちに暴行され連れ去られる現場を見てしまう。制止しようとしたアルジュンに男は「あれはオレの妹だ。口を出すな」と鉄拳制裁して去って行ってしまう。煮え切らない中、再度男たちの車を山中で発見したアルジュンは、ミーラーの制止も聞かずに彼女の銃を取り出して山の中へ… プロモ映像 Chhil Gaye Naina ([神よ、目が苦痛に出会った時] 我が目は引っ掻かれたのだ) *歌担当のカニカー・カプールのプロモ映像。 原題のNHとは、National Highwayの略で、NH10で国道10号線の意。 デリーから北西部ヘ延び、ハリヤーナー州を通ってパンジャーブ州の印パ国境まで延びている国道のこと。映画は、この国道に近い片田舎で起こった凄惨な事件を、ドキュメンタリー風に淡々と描いていく。 日本では、2015年にカナザワ映画祭で「印度国道10号線」として初上映。同じ年にIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて「国道10号線」のタイトルでも上映された。 アッパーミドル層の主人公が体験する、未知のインド。 そこは、インド都市部の常識もルールも通用しない異郷であり、法律も法治主義も相互理解も用をなさない別世界である。ウッタル・プラデーシュ州西部からハリヤーナー州を中心に存在する村落の独自組織"カープ"による、独自ルール、独自制裁機能、コミュニティ維持のために警察すら味方につける組織力や政治力、村人同士の人脈や利害関係で成り立つコミュニティに図らずも侵入してしまった部外者がたどる袋小路。映画が描き出すのは、現実と地続きの恐怖、実際に過去何度も問題になっているインドの孤立村落地帯の排外主義の恐怖である。 映画は、夜のデリーからすでに不穏な空気を描き出し、婦女暴行や名誉殺人で有名なインドの暗部を暴露していく。平和な日常を過ごしていた主人公ミーラーが「街中を夜一人で行動していた」事からチンピラの攻撃に遭い、「部外者が村の名誉殺人に首を突っ込んだ」事から夫婦共に命を狙われる。 車で追ってくる相手に対して移動手段を奪われ、銃弾も底をつき、足を負傷し、周囲の人間を頼ることも出来ない。1つ1つの逃げ道を封じられていく重苦しい恐怖度は徐々に高められ、ようやく辿り着いた出口と思われたそれすらも、別の袋小路である展開は「おおぉぉぉ…」と唸るしかない。 しかし、この映画の凄まじさはこういったスリラー展開だけではない。1時間半続いた恐怖の逃亡劇から一転、ラスト20分の映画構造の逆転にこそ、その真価は発揮される!! これはもう、是非見て確認してくれ、ってなもんで主役兼プロデューサーをこなしたアヌーシュカ、スゲエええええええ!!!!!! そのアヌーシュカ・シャルマーは、1988年ウッタル・プラデーシュ州アヨーディヤーにて、陸軍大佐の父親、ガルワーリー系(*1)の母親の元に生まれ、カルナータカ州ベンガルール(*2)で育つ。 ベンガルールの陸軍学校に通って、大学で芸術を修了。モデル業のためにムンバイに移住し、業界で活躍する中で映画界の目にとまって、08年のシャールク主演映画「Rab Ne Bana Di Jodi(神は、夫婦を創らせたもう)」で映画&主演デビュー。スターギルド・アワード新人女優賞を獲得した他、数々の新人賞にノミネートされ、その後も順調に主役街道爆進中。様々な新境地に挑戦するボリウッドのトップ女優の一人である。本作で、主役の他初めてプロデューサーにも就任している。 俳優業の他、女性解放運動や災害支援、動物保護などのNGO活動を支援。経済学の学位を所得したり、マハリシ・マヘーシュ・ヨギ創設の瞑想治療の研究していたり、ベジタリアン活動を始めたことも有名。 ストーリーライン自体は、スピルバーグの「激突!」型の不条理な逃亡劇の連続で、余計なものを一切排除して淡々と進む物語が余計に恐怖度を上げてくる。 最後の台詞にもある通り、ただそこにある出来事に居合わせただけで起こったこのお話が、ただ現代インドを映す鏡であると言う一点において、とんでもない存在感を放つ一本である。 プロモ映像 Main Jo (貴方の言葉で安らいで)
「国道10号線」を一言で斬る! ・田舎でも、クソガキはやっぱりクソガキなのが、なんか安心できるネ。
2016.2.19. |
*1 ウッタラーカンド州ガルワーリー地方を起源とする、ガルワーリー語を母語とするコミュニティ。 *2 旧バンガロール。 |