インド映画夜話

Naan Kadavul 2009年 135分
主演 アーリヤ & プージャ
監督/脚本/原案 バーラ
"汝の今生の救済と、来世からの解放を祈願せん"




 北インドの聖地カーシー(*1)。
 ここを娘シャンターと共に訪れたタミル人ナマチヴァーイは、14年前にカーシーに置き去りにした息子を探していた。「何故そんなことを?」「占星術師たちが、息子を家に置いておいたら一族が断絶すると言ったのです…だから私は…」「なんということを! 恥を知れ!!!」

 必死の捜索の末、ナマチヴァーイはついに息子を発見する。
 だが、当の息子はあろうことかアゴーリ(*2)になっていた。俗世と縁を切っていた彼は、今やルドラン(またはカーラ・バイラヴ)と名乗る異端派苦行僧だったが、父娘はタミル人祈祷師の助力を得て彼を故郷のタミル・ナードゥ州南部マライコイルへと連れ帰る。しかしルドランは家に馴染もうとせず、大麻を求めて”生神様”を奉じる寺院に寝泊まりするように…。
 同じ頃、マライコイル周辺の障害者や奇形児を集めて物乞いに仕立てる人身売買業者タンダヴァンの元に、警察を介して視覚障害の少女ハムサヴァッリが引き渡されて来ていた…。


挿入歌 Om Sivoham (シヴァの名を讃えよ)


 タミル語(*3)とマラヤーラム語(*4)文学界で活躍する、B・ジャヤモーハンの小説「Yezhaam Ulagam」を脚色した大ヒット タミル語映画(*5)。
 ヒンディー語(*6)吹替版「Pandav ― The Punch」、テルグ語(*7)吹替版「Nenu Devudini」も公開。

 予告編を見た時には「オカルトパワーを身につけたサドゥーのヒーローが、超絶パワーで悪を滅多打ちにする話」かと思っていたけども、蓋を開けてみればこれは…なんとも強烈な社会風刺に彩られた、とてつもなく救いのないインド社会の有様を描く内容に、ただただ呆然。「スラムドッグ$ミリオネア」の恐ろしさ再びって感じ。これが大ヒットしたってんだから、タミル映画界もスゲえなあ…。

 占星術師の予言によって捨てられサドゥーとなって戻ってきたルドラン、視覚障害の身の上に生まれて遊業歌手として生活しながら警察の手で人身売買組織に譲渡されていくハムサヴァッリと言う両者が、どちらも家族から離れて自活していく姿を共通点としつつ、その家族なるものへの態度や距離感が全く相反する立場にある所が興味深いポイント…なわけだけど、それが最終的に「人の生死」の受け止め方のギャップへと昇華され、「生きること」そのものが苦行であるインドの現実を嘆き訴え続けるハムサヴァッリの絵面が、とんでもなく痛々しい。
 そこに、輪廻からの解脱を目的とするサドゥーのルドランが行う解決策があまりにも厳しく、悲しく、諦観に満ち、救いのない現実を突きつけていくのがもう…。外国人であるこっちの価値観が、いかにインドの厳しい現実を見ていないかを実感させられますよホント。

 サドゥーという存在は、「苦行者」とか「修行者」とか言われるようだけども、俗世・物質文明と縁を切って各人それぞれの苦行の実践によって宗教的救済や解脱(*8)を目指す人々のことのよう。
 簡単に総論できるような存在ではないんだけども、本作で重要なのは「師匠の元で修行し、家族も名前も捨てる」「法的には死者と同じ扱い」「貧困や困窮から逃げるため、サドゥーを志望する者が多い」「世間の制度に縛られない」という所でしょか。
 カーシーでのルドラン発見までの異様なオーラはカッコよかったものの、マライコイルに舞台が移ってからはラスト近辺に怒涛のアクションを見せる以外に動きが少なかったのが意外。まあ、ルドラン演じるアーリヤの眼力は終始印象的な強さを持っていましたが。

 本作の監督を務めたのは、タミル・ナードゥ州ユタマパラヤン出身のバーラ(・スブラマニアン・ナラヤーナテヴァンパッティ)。
 監督&脚本デビュー作となる、99年のタミル語映画「Sethu(セットゥ)」で大きな話題を呼び、ナショナル・フィルム・アワード注目タミル語映画賞他多数の映画賞を獲得。タミル語映画界の新風と称されるヒットメーカーとなっていく。05年には、シンガンプリ監督作「Maayavi(奇術師)」でプロデューサーデビューもしている。
 本作は4本目の監督作。スタントマン出身のラージェンドラン(タンダヴァン役)を主要悪役に抜擢した他、175人もの身体障害者をスクリーンデビューさせた事も話題になったよう。

 ヒロイン…と言うか、中盤〜後半の主役ハムサヴァッリを演じたのは、1981年スリランカはコロンボに生まれたモデル兼女優プージャ(・ガウタミ・ウマシャンカル)。
 カンナダ系ブラーミンでHUL(*9)マネージャーの父とスリランカ人の母を持ち、ベンガルールの大学を卒業している。
 学生時代に、友人の紹介で撮影監督兼映画監督ジーヴァの監督作に参加することになり、それが縁となって03年のタミル語映画「Jay Jay(ジャイとジャイ)」で映画&主演デビュー。公開が遅れたジーヴァ監督作も、05年に「Ullam Ketkumae(心からもっと)」として公開され、多方面から賞賛されていた。
 その後タミル語映画界で活躍しつつ、06年には「Anjalika」でスリランカ映画デビューし、翌07年に「Panthaya Kozhi」でマラヤーラム語(*10)映画に、10年には「Orange」にゲスト出演してテルグ語映画にもデビュー。14年からはスリランカのTVドラマ「Daskon」でも主演している。
 デビュー当時から、その演技を賞賛されつつも本作で初めてフィルムフェア・サウスのタミル語映画主演女優賞他を獲得。12年にはスリランカ映画「Kusa Pabha」でデラーナ・フィルム・アワード人気女優賞を受賞している。

 キャスティングに二転三転したと言う本作は、それを通過した主演コンビ(+容赦ない主要悪役)の演技力の凄まじさもトンデモないけれど、それに輪をかけて実際の障害者たちを多数配置したその演技も前代未聞。他の国ではマネもできないだろうなあ…と仰天しつつ、そのインドの現実の突きつけ方もただ事では納めてくれない。
 そのどうやっても解決の見込みのない貧困・暴力・差別の蔓延する社会における「生きるとは何か」「救いとは何か」と言うヒンドゥー的死生観が、膨大な諦観の中から生まれてくるような、仏教の苦界の思想の根本をみるような、なんとも言えない重ーーーい寂漠感を刻み込んでくる映画ですよ…。見た後、世の中を見る目が変わりそうな衝撃。恐ろしや…。

挿入歌 Pitchai Paathiram (物乞いの盆を持って参りました)


受賞歴
2008 National Film Awards 監督賞・メイクアップ賞(U・K・サシ)
2008 Tamil Nadu State Film Awards 女優賞(プージャ)・悪役賞(ラージェンドラン)・撮影賞(アルトゥール・ウィルソン)
2009 Filmfare Awards South タミル語映画主演女優賞(プージャ)・タミル語映画監督賞
2009 Vijay Awards 監督賞・主演女優賞(プージャ)・悪役賞(ラージェンドラン)・メイクアップ賞(U・K・サシ)


「NK」を一言で斬る!
・誰だ、インド映画は元気になれるとか言った奴はあああああああ!!!!!!!(そりゃ、物にもよりますよ映画だもの、って話だけど)

2018.6.15.

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*1 ウッタル・プラデーシュ州ヴァーラーナシーの古名。
*2 火葬儀式に従事するシヴァ派サドゥー。








*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*4 南インド ケーララ州の公用語。
*5 クレジットでは、バーラ監督の原案って出てたけど…。
*6 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*7 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*8 または単に喜捨を求めること。
*9 ヒンディスタン・ユニリーバ。家庭用品メーカー ユニリーバの子会社。
*10 南インド ケーララ州の公用語。