インド映画夜話

途中のページが抜けている (Naduvula Konjam Pakkatha Kaanom) 2012年 156分(155分とも)
主演 ヴィジャイ・セートゥパティ & ヴィグネーシュワラン・パラニサミィ & バーガヴァティ・ペルマル & ラジクマール
監督/脚本 バーラージ・ダラニダラン
"OK、OK。大丈夫。すぐに治るよ"




 さては皆様、お耳を拝借。空前絶後のお話だよお立ち会い。
 我らが主人公、気難しいプレームクマールには結婚間近な恋人ダナ(本名ダナラクシュミー)がいて、恋の病の真っ最中。
 そんな彼には親友3人。1番年上のバグス(本名バーガヴァティ・ペルマル)は役立たずなお荷物兄貴分。同い年のサラスは几帳面で神経質。唯一プレームが素直に言うことを聞く男。逆に同じ同い年なのにバッジ(本名バーラージ・ダラニダラン)はイカレ野郎の問題児。
 文無し親友に囲まれて、頭痛の種の両家の親を説得できて、なんとか恋人と結婚できるプレームだけれど、最近バイクを盗まれ憤懣やるかたない。はてさて、これからなにが起こるかと言いますと…。

 結婚式予定日の2007年3月28日水曜日……の2日前、26日月曜日の正午過ぎ。
 親友4人組は、暇つぶしに近所の公園へクリケットをしに出向いていた。悪態をつきあいながら試合が進む中、野手のプレームは飛んでくるボールを追う途中に転んで後頭部を強打! そこから、呆けたようなプレームは何度も何度も同じ話をし続ける。「どうしたっけ? …そう、クリケットしてた……あいつが打った球を…こうやって取ろうとして……OK、OK。大丈夫。すぐ治るよ…………どうしたっけ?そう、クリケットしてた……」
 様子のおかしいプレームを一旦落ち着かせようとする親友たちだったが、プレームは親友たちの名前は覚えていても、自分の家の位置も、結婚式のことも、10日前にバイクが盗まれたことも覚えていない。
「おい…こいつ、ダナのこと覚えているのか?」
「ん? なんだよ? ああ…結婚式の招待状か……新郎新婦…プレームクマール…は俺の名前だ。そうだよな。うん。ダナ…ラクシュミー…? 綺麗な名前だ。誰なの?」
「……!!」


プロモ映像 Omelette Potta


 バラージ・ダラニダランの監督デビュー作となる、大ヒット・タミル語(*1)ユーモアコメディ映画。略称「NKPK」。

 その評判から各地でリメイク作が製作され、2013年にテルグ語(*2)リメイク作「Pusthakamlo Konni Pageelu Missing(本のページが抜けている)」が、2014年にはカンナダ語(*3)リメイク作「Kwatle Satisha(悪戯っ子サティーシャ)」、マラヤーラム語(*4)リメイク作「Medulla Oblangata」、2018年にはグジャラート語(*5)リメイク作「Shu Thayu?(なにが起こった?)」、2019年にはマラーティー語(*6)リメイク作「Dokyala Shot」が公開されている。
 日本では、2022年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)リターンズにて「途中のページが抜けている」の邦題で上映。翌2023年と2024年のIMWでも上映され、2024年にはCSムービー・プラスにて放送されている。

 新人監督・脚本&(ほぼ)新人キャストでおくる低予算シチュエーション・コメディながら、人生を決定する大事な結婚式を前に記憶喪失になった男を取り巻く、3人のダメダメ親友たちの慌てふためき具合のテンポの良さで一気に見せてしまう、軽快な魅力に仕上げられた1本。
 主人公プレームクマールを演じるヴィジャイ・セートゥパティの主演作とは言え、実際に物語を動かして行くのはプレームクマールの親友3人組で、いつまでも記憶喪失が治らないプレームクマールの、ようやくで漕ぎ着けた結婚式をなんとかつつがなく終わらせようと影ながら(*7)奔走し、悪態つき、場を混乱させて行く親友たちの疲労困憊ぶりが高まれば高まるほど、記憶喪失のセリフに響く無力感が強くなればなるほど笑えてきてしまう、ユーモア溢れる物語運びが楽しい楽しい。

 本作を手がけたバーラージ・ダラニダランは、これが監督デビュー作。
 実際の体験談を脚本化して製作した本作で、大きな話題を呼び(*8)注目を集め、ヴィジャイ・アワードはじめ複数の映画賞を獲得。
 その後もタミル語映画界で活躍中。本作の後、ヴァサン・ヴィジュアル・ヴェンチャーズからのオファーで脚本制作していたものの、一時企画凍結して現場を離れて別会社にて2本目の監督作となる2018年の「Seethakaathi」を公開。その制作と並行してヴァサン・ヴィジュアル・ヴェンチャーズ企画の監督作も再開して、2020年に3本目の監督作「Oru Pakka Kathai(1ページの物語)」も公開させている。続く2023年のオムニバス映画「Modern Love Chennai(モダン・ラブ・チェンナイ)」では、6編のエピソード中「Imaigal(まぶた)」「Margazhi(12月)」の2編で脚本を担当している。

 お荷物兄貴分ことバグスを演じたのは、1978年生まれのバーガヴァティ・ペルマル。
 チェンナイの工科大学に通ったのち、助監督として映画界入り。その後、バーラージ・ダラニダランと共に体験した実際の事件を元にした本作の脚本をバーラージ監督から渡され、本人役での出演を快諾して男優デビュー。本作の大ヒットにより、以後"バグス"の愛称で親しまれているそうな。
 以降、主にタミル語映画界で活躍中。2021年には、Webシリーズ「Navarasa(ナヴァラサ)」にも出演してネット配信ドラマシリーズでの出演も増やし、2022年にはネット配信映画「愛しのモニカ(Monica, O My Darling)」でヒンディー語(*9)映画デビューもしている。

 4人組中1番のイカレ野郎と紹介されるバッジを演じたのが、1985年生まれの(G・)ラジクマール。
 監督の体験談における監督自身の役を引き受けて男優デビューして、本作の大ヒットに乗ってタミル語映画界で活躍中。2020年には、「Triples」でWebドラマシリーズにも活躍の場を広げている。

 几帳面なサラスを演じたヴィグネーシュワラン・パラニサミィも、本作が映画&男優デビュー作ながら、その後は2014年の「Appuchi Gramam」に脇役出演しただけで、以降映画界から去っているよう。

 話運びの基本がシチュエーション・コメディなので、1つの場所で起こる1つの事象の中で、延々と登場人物たちが言い合いしたりボケ倒したりする話芸コメディを見せてくれる構成が続き、ややもすると冗長でダレる展開になりかねないながら、親友たちの「親友であるが故に」友達プレームクマールの世話を焼かずにはいられない、ひねくれた友情の現れが清々しい。口を開けば遠慮のない悪態ばかりでチームワークもあったもんじゃない親友3人が、プレームクマールの家族や婚約相手の家にも秘密な上で彼の記憶を取り戻そうと奔走する姿の、健気かつ滑稽かつ哀れな様子のごった煮感は、1点を突き抜ける事で人情コントのような笑いへと昇華させてくれるんだから、日常の中に展開する不条理ユーモア劇の、当人たちは人生さえ潰されかねない危機意識のもとでアタフタする様の、恐怖感と笑いと呆れの何重もの劇としての面白さは、映画制作という点から見ても秀逸でっせ!
 なによりも、ラストに明かされる「実話がもと」という本作のお話のどこまでがリアルなのかはわからないにしても、その「誰にでも起こりそう」な日常世界の導入が「誰でもが混乱して自分を見失いそう」な姿を笑い飛ばす、あっけらかんとしたポジティブ思考(*10)は、やはりタミル人のタミル語話法のなせる空気感、とかで納得して…いいのかなあどうなのかなあ。



メイキング




受賞歴
2012 Edison Awards 監督デビュー賞
2013 Vijay Awards 監督デビュー賞・審査員特別賞(ヴィジャイ・セートゥパティ)
2013 ノルウェー Norway Tamil Film Festival 原案賞
2013 Ananda Vikatan Cinema Awards 監督デビュー賞


「途中のページが抜けている」を一言で斬る!
・「どうした?」のタミル語は「ナッチ?」。覚えました。…覚えたっけ? OK、OK、覚えましたとも………覚えたっけ?

2024.6.21.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 南インド カルナータカ州の公用語。
*4 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*5 北西インド グジャラート州、連邦直轄領ダードラー・ナガル・ハーヴェリーおよびダマン・ディーウの公用語。
*6 西インド マハーラーシュトラ州と連邦直轄領ダードラー・ナガル・ハーヴェリーおよびダマン・ディーウの公用語。
*7 どころか表に出まくりだったけど。
*8 試写会で好評を得た事により、公開規模の拡大のため封切りが2ヶ月延期されるほどだったとか。
*9 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*10 と言っていいんだかどうなんだか? ただ単に親友たちが責任を被りたくないから、隠蔽に走ったとも取れるけど…w