インド映画夜話

ニュートン (Newton) 2017年 106分
主演 ラージクマール・ラーオ
監督/脚本/台詞/原案 アミット・V・マスールカル
"選挙は続くよ、どこまでも"




 インド中央部チャッティースガル州の密林は、毛沢東派(またはナクサル)と呼ばれる共産主義武闘派ゲリラの活動拠点でもある。彼らは30年に渡り、武力革命による政府打倒を掲げ活動している…。

 迫り来る選挙を前に、立候補者が毛派ゲリラによって殺害され選挙のボイコットが叫ばれる事件が続いていた。
 そんな中で選挙管理員に志願した公務員ニュートン(本名ヌータン・クマール)だったが、ゲリラたちによる妨害行為が予想される選挙に対し、選挙管理委員からは「とにかく抵抗しない。ダメになったら再選挙すればいい」と言明される。
 真面目ながら「傲慢」と評されるニュートンは、誰も行きたがらないほどゲリラ活動の激しいダンダカランヤ森の僻地コーンダナールの投票所担当となる。…蛇やサソリの出るジャングル、廃墟同然に破壊された選挙会場の村、怠惰な事務員、やる気のない軍人の護衛隊、選挙が何かも知らず言葉も半ば通じない村人、選挙のたびにその担当員を殺害してまわるゲリラたちの脅威と、前途は多難すぎて…。


プロモ映像 Chal Tu Apna Kaam Kar


 タイトルは、主人公の自称名。
 劇中、本名を笑われるから名前を変えたという主人公に対して、偉人"ニュートン"の起こした社会の変革具合を諭すセリフが、ラストの展開にもシンクロして行くようで、なんとなーくタイトルの意味を象徴してくれて…るのかなあどうかなあ(*1)。

 ベルリン国際映画祭でプレミア上映されてCICAE(国際芸術映画祭連盟)賞を獲得したのち、各国の映画祭でも上映。米国アカデミー外国映画賞のインド選定作に選ばれた1本(*2)。
 日本では、2018年の大阪アジアン映画祭にて「ニュートン」のタイトルで上映されている。
 アカデミーのインド選定作に選ばれて以降、2001年のイラン映画「Secret Ballot(無記名投票)」からの盗作疑惑が報じられたものの、制作側はこれを否定していて、「Secret Ballot」のバーバク・パヤミ監督も「コピーされたようには見えない」とインタビューに答えている。

 日本公開のヒンディー語(*3)映画「パッドマン(Padman)」と同じく、日本では意識しないほど普通な物事が、所変われば全く普通ではなくなってしまい、その普通なるものが如何に色々な障害を乗り越えた上で維持されているのかを意識させられてしまう…ような映画でもありました。
 危険地帯での投票所開設に命の危険がつきまとうのはもちろん、選挙権を持つ地域住民との意思疎通もままならず、選挙がなにかという所から一人一人に説明していかないといけないほどの異郷で、同じ国民であるはずの主人公たちが「選挙に行こう」と呼びかけ、投票所運営しなければならない大変さと皮肉さが、回り回ってコミカルに見えてくる微笑ましい作風がなんとも。

 武装組織の暗躍するインド中央部の危険地帯を描写する、冒頭シーンの緊迫感から一転、色々な物事が起こる物語本編はどこか常にのんびりとした気だるい空気に満ちた語口。
 偏屈的に投票所運営を進めて行こうとする主人公ニュートンの必死さと空回り具合、「選挙がなにかもわからない連中が来るわけない」とさっさと終わらせようとする軍人たちの無気力さ、事務員以外誰もいない投票所の暇を持て余す空気のアンニュイさが、シリアスな社会派ドラマというよりも、絶妙なバランスで構成されたユーモア劇に仕立てていってるようで微笑ましい。肩の力の抜けた、静かなテンポの画面に時々挿入される無音シーンのナイスタイミング具合も見やすくて良きかな。

 監督&脚本を務めるアミット・V・マスールカルは、マハラーシュトラ州ムンバイ育ちの映画監督兼脚本家。
 工学を専攻しつつも、20歳の時に映画製作を志して学校を中退(*4)。TVのコメディ番組の構成作家を務めたのち、12年のヒンディー語映画「Chaar Din Ki Chandni」の脚本に参加して映画界入り。13年の「Sulemani Keeda」で監督(&作詞)デビューとなり、2本目の監督作である本作で一躍名監督の仲間入りとなったよう。

 ロケも実際にチャッティースガル州で行われたそうで、そう知って見てると実際の密林でのあれやこれやの演技のパワフルさが俄然スンバラし。ワタスだったら、あんな虫やら蛇やらホコリやら(&不安定な治安)立ち込める廃墟にいたら、どうなってまうやろか…(都会病持ちの発言)。
 主要登場人物中の紅一点マルコ・ネータム演じる女優アンジャリ・パーティルは、マハラーシュトラ州ナーシク出身のマラーティー人だそうだけど、してみると劇中「地元人だから言葉はわかります」と言って話していたゴーンディー語(*5)は1から習得したものって事なのかなあ…スゴイわ…。いちおー、マハラーシュトラでもゴーンディー語話者はいるらしいけれど。

 システマチックなインドの選挙システムに対して、辺境地区の機械と無縁の生活をしている人々の中央システムとの乖離具合、海外取材用に軍隊を使って投票に行くよう促す絵面が武装ゲリラに襲撃されてるように見えてしまう皮肉、強硬に公務を執行しようとするニュートンの頑なさと正義感が、周りに与えて行く影響という映画構造も楽しい。最後の最後、そうした事件とも言えない日常の経験と縁が作り出す、別の日常の始まりを予感させるようなさりげなさも、詩的効果として抜群であり静かな余韻を残してくれまする。

プロモ映像 Panchi Ud Gaya (鳥は飛び去った)


受賞歴
2017 独 Berlin International Film Festival 国際芸術映画祭連盟(CICAE)賞
2017 香 Hong Kong International Film Festival 若手映画コンペ批評家選出賞
2017 International Film Festival of Kerala FIPRESCI外国映画賞・NETPACアジア映画賞
2017 Asia Pacific Screen Awards 男優賞(ラージクマール・ラーオ)・脚本賞(アミット・V・マスールカル & マヤンク・テワーリー)
2017 Star Screen Awards 批評家選出主演男優賞(ラージクマール・ラーオ)
2018 Films of India Online Awards 主演男優賞(ラージクマール・ラーオ)・批評家選出特別功績編集賞(シュウェーター・ヴェンカト・マシュー)・批評家選出特別功績プレイバックシンガー賞(モーハン・カンナン / Panchi Ud Gaya)
2018 Filmfare Awards 批評家選出作品賞・オリジナル原案賞(アミット・V・マスールカル)
2018 Bollywood Film Journalists Awards 注目作品賞・主演男優賞(ラージクマール・ラーオ)
2018 Asian Film Awards 脚本賞(アミット・V・マスールカル & マヤンク・テワーリー)
2018 News18 Reel Movie Awards 監督賞・助演男優賞(パンカジ・トリパティ)・編集賞(シュウェーター・ヴェンカト・マシュー)
2018 National Film Awards ヒンディー語注目作品賞・特別功績男優賞(パンカジ・トリパティ)
2018 Internatinal Indian Film Academy Awards 編集賞(シュウェーター・ヴェンカト・マシュー)・原案賞(アミット・V・マスールカル)


「ニュートン」を一言で斬る!
・インドにも、蟻を食べる地域があるのね!(オーストラリアだけかと思ってたヨ!!)

2021.1.29.

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*1 そういや、ヌータンって名前の女優がいましたけど、笑われるってそのせい…なのかどうなのか?
*2 結局、ノミネートには至らなかったよう。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*4 のちに、歴史学の学位を取得したそうな?
*5 中南部ドラヴィダ語派に属する、先住民ゴンド族が使用する言語。