パドマーワト 女神の誕生 (Padmaavat) 2018年 163分
主演 ディーピカ・パドゥコーン & シャーヒド・カプール & ランヴィール・シン
監督/製作/脚本/音楽 サンジャイ・リーラー・バンサーリー
"人の一生を三語で表すなら、なんとする?"
"直感、愛情、…そして犠牲"
時に、13世紀のアフガニスタン。
ハルジー朝(*1)を創始せんとデリー侵攻を計画する将軍ジャラールッディーン・ハルジー(*2)の娘メヘルー(*3)と結婚する将軍の甥アラーウッディーン・ハルジー(*4)は、己の欲するもの全てを手に入れようとするその強欲さで、周囲に恐れられていた。
同じ頃、遥か海を越えたシンガル(現スリランカ)の女王パドマーヴァティを見初めたグヒラ朝メーワール王国(ラジャスターン地方にあった王国)の王ラタン・シン(カナ表記では、一般にラタン・シングとも。別名ラトナシンハ)は、シンガル滞在中に女王との仲を縮めて愛を誓い合い共にメーワールの首都チットール(現チットールガル)に凱旋していた。
だが、その幸せな結婚は王宮司祭ラーガヴ・チェータンの追放によって崩れ始める。デリー・スルターンとなったジャラールッディーンを殺してスルターンの座についたアラーウッディーンは、逃亡してきたチェータン司祭から聞いた絶世の美女パドマーヴァティに興味を抱き、彼女を手に入れんとメーワール王国への進軍を開始していたのだ…。
挿入歌 Ghoomar (ゴーマルの舞踊)
*ゴーマルとは、ラジャスターン地方に住むビール族に伝わる女性用伝統舞踊。
ただし、劇中のダンスはその伝統舞踊を踏襲していない亜流であると多方面から批判されたそうな。
このミュージカルシーンは撮影に4日を要したそうだけど、この曲が発表されるや、24時間以内に1000万回以上の再生回数を記録し、T-シリーズ歴代最高再生回数となったと言う。
1540年にスーフィー詩人マリク・ムハンマド・ジャーヤスィーによって書かれたと言う、アワディー語(*5)の詩を映画化した(と言うことになっている)、歴史大作ヒンディー語(*6)映画。
主要登場人物のうち、アラーウッディーンとラタン・シンは実在の人物ではあるけれど、パドマーヴァティは歴史学的裏付けのない架空の人物とされる。
本作は、その製作が発表されるや舞台となるラジャスターン地方で「ラジャスターンを冒涜する映画である」との噂が流れ始め、数々の妨害行為や暴動、暴力事件、関係者たちへの殺害予告が多発する事態に発展し公開延期を余儀なくされた映画でもある。…が、公開されてみれば多方面から「内容的に全く問題ない」と受け入れられ大ヒットを飛ばす事に(*7)。一連の騒動と、政治家たちの対応、検閲委員会の煮え切らない態度などから、インドにおける"表現の自由"とはなんなのかが様々に議論される大きな騒ぎとなっていた。
元々は、パドマーヴァティ伝説そのものの映画化企画だったそうだけども、各地での抗議活動と破壊行為の連続によって、「Padmaavati」のタイトルから「Padmaavat」に変更され、スーフィー詩の映画化作品であることが強調される形となったそう。
公開延期でありながら(だからこそ?)インドと同日公開で、ドイツ、スペイン、フランス、インドネシア、オランダ、ポルトガル、スウェーデン、米国で、その翌日にはオースリア、スイス他でも公開。オーストラリアでは、公開初日の興行収入が「ダンガル(Dangal)」「バーフバリ 王の凱旋(Baahubali: The Conclusion)」を越える史上最高額を達成。一方、劇中のイスラーム教徒の扱いの悪さから、マレーシアでは内務省の指示で公開禁止措置が取られているそう。
日本では、2018年にSPACEBOX主催の自主上映(英語字幕版)が行われ、翌2019年に「パドマーワト 女神の誕生」のタイトルで一般公開!
まさに絢爛豪華。過去のバンサーリー監督作を踏襲する美学と、それらを昇華した映像密度に彩られたインドの映画文化と伝統をこれでもかとアピールする映像美は、とにかく必見。
壮大な王宮文化の豪華さ、ラジャスターンの黄土色の暖色世界とシンガルの緑濃い仏教岩窟の幻想さ、ハルジー朝の黒と濃緑世界の荘厳さ、それぞれに色彩を画面ごとに一定方向へまとめ上げる色彩計画とその象徴性、衣裳宝飾品の惜しげもない豪華さ…それらを、布越しや砂煙越し、光輝越し、炎越しに透かせて見せる画面構成が、ラストに向かって様々な意味性を包み込んでいく映像体験は、これまでのバンサーリー監督作からまた1段階も2段階も進化しているような感じですわ。
なんとなく、その抑制された色彩の洪水や、あえて時代考証を無視したかのような様式美(*8)の追求などなどが、晩年の黒沢明監督作の時代劇映画を彷彿とさせるのは、穿ち過ぎ…かなあ(*9)。
まあ、劇中のハルジー朝の描き方…特に悪役であるアラーウッディーンの描写が、かなり蛮夷的に描かれているのは、そりゃあ気に入らんって人が出てきてもおかしくないよなあ…とは思いますけども。
実際には奴隷王朝時代からそれなりに宮廷文化を吸収していたハルジー族は、アラーウッディーンの強権政策があったにしろ、「テュルク系のインド支配」から「インドのイスラーム化(イスラームのインド化?)」へと舵を切った重要な分岐点を作った部族となったってことでは、インド史の中ではそれなりに注目されていい時代なのかもねえ…と、背景を調べていて思うにわかですわよ。
同じくデリー・スルターン時代を描いた、80年代のウルドゥー語(*10)映画「Razia Sultan(女帝ラズィーヤ・スルターン)」の描く奴隷王朝の様子もあわせて楽しみたいものですネ!(*11)
劇中の三角関係は、バンサーリー監督の過去作「銃弾の饗宴 ラームとリーラー(Goliyon Ki Raasleela Ram-Leela)」「Bajirao Mastani(バージーラーオとマスターニー)」のような悲恋劇を中核に持っていながら、交錯する三者三様の情念と画面を彩る様式美から、重厚であっても重苦しくはなく、オペラ的な絢爛さもただただ美しく、ラタンとパドマーヴァティの愛の強さ、アラーウッディーンの孤独とその裏返しとしての果てしない強欲さが、物語的対立構造として徹頭徹尾効果を発揮していく完成度。話が進めば進むほど、ラタンとパドマーヴァティの愛の完成と、その中に入っていけないが故に孤独の只中から抜け出せなくなるアラーウッディーンの業の深さが際立っていく。その周囲の人々を動かす情念の渦が、メーワール王国の(一時的な)最期という壮絶な事件を彩っていくことになる荘厳さが、全く嫌味に見えないんだから凄まじい映画ですよ…。
ラストを飾る男同士の決闘の泥臭さ、メーワールの女官たちを前に三又槍を背負って演説するパドマーヴァティの凄味、その女官たちが敵を前にした時に見せる女性としての・ラージプートとしての誇り。それらが彩る映像的イメージの重複の美しさ・儚さ・力強さは、なにをおいても必見!!!
プロモ映像 Nainowale Ne (美しい目を持つあなた)
受賞歴
2017 Gaana User’s Choice Icons 女性歌手賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Ghoomar)
2018 HELLO! Hall of Fame Awards 批評家選出主演男優賞(シャーヒド)・エンターテイナー・オブ・ジ・イヤー男優賞(ランヴィール)・エンターテイナー・オブ・ジ・イヤー女優賞(ディーピカ)
2018 Dadasaheb Phalke Excellence Award 主演男優賞(ランヴィール)・記念碑的主演男優賞(シャーヒド)
2018 Star Screen Awards 主演男優賞(ランヴィール)
「Padmaavat」を一言で斬る!
・「ホビット」3部作のリチャード・アーミティッジ演じるトーリンのスタイルを外見的モデルにしたと言う、ランヴィール演じるアラーウッディーンのぶっ飛んだ演技力を刮目せよ!
2018.12.28.
2019.3.31.追記
2019.6.8.追記
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