恐怖症 (Phobia) 2016年 111分
主演 ラーディカー・アープテー
監督/脚本/原案 パーヴァン・クリパラーニー
"―外に出られない"
"家の中が怖いー"
"ーそれは、仕掛けられた孤立"
ー鳥籠が、鳥を探しにきた。(フランツ・カフカの言葉)
新進気鋭の画家メヘク・デーオは、個展の帰り道にタクシー運転手に襲われ、以来広場恐怖症に苦しめられていた。
彼女は、不特定多数の人々が歩き回る公共の場では極度の緊張状態に陥り、4ヶ月もの間家から一歩も外へ出られない。彼女の治療の匙を投げた姉アヌ(本名アヌーシャー・デーオ)に代わり、親友の画商シャーンは空き家になっている知り合い名義の部屋を彼女の生活の場として提供。かつてジヤという女性に貸し出されていながら、家賃も払わず失踪した前の住民の私物が散乱する部屋を片づけながら、生活リズムを取り戻そうとするメヘクだったが、新しい部屋の中では症状は出なくなったとは言え、シャーン流の治療もなかなか効果を表さず外へは出ていけないまま。そのうち、部屋の中にありもしない幻覚(時折聞こえる女性の声、冷蔵庫のアイスボックス内にある切断された人間の指、監視カメラに映り込む不審な人影、バスルームの床に転がる赤いナイフ…)を感じるようにもなっていく…。
ある日、部屋に迷い込んできた猫との格闘中に、見知らぬ男の幻覚にパニックになったメヘクは、隣室の少女ニッキに助けられ、恐怖症発症以来初めて新しい友人を家に迎え入れる。彼女から、このアパートの住民の変人ぷりを聞かされつつ、前の住民ジアがもう一方の隣室の住人マヌ(本名マンヌー・マルホートラ)との恋人関係にいた事、いつも喧嘩して暴力を振るわれていた事を聞かされると……
挿入歌 Roke Na Ruke
広場恐怖症に苦しむ主人公が体験するサイコスリラーを描く、ヒンディー語(*1)映画。
1980年の同名カナダ映画を始め多数の同名映画があるけれども、全て別物。大ヒットによって、プロデューサーから飛行機恐怖症をテーマにした続編企画の告知がされていたりするけど…?
日本では、2016年のIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて上映。
タイトル通り、恐怖症に苦しむ主人公の「家の外へ出られない」焦燥感を軸に、「家の中に何かいる」と言う幽霊屋敷ものホラーと絡めた恐怖を描く映画ながら、1つ1つの伏線が意味を持ってくるオチの秀逸さがインパクト大の傑作。
主人公メヘクを演じたラーディカー・アープテーの、適度に辛辣で、適度に可愛らしく、適度に振り回されっぱなしの恐怖演技が、物語の不穏さをかきまわし、主人公目線と超常的現実、その他の登場人物たちの脇役目線の見ているもののの落差を激しくする。それ自体すでに伏線として、舞台となる部屋の「起きた事」「これから起きる事」「いま、現実に起きている事」が混濁し逆転して行く様は、まさに映像的なトリックとして秀逸。こう言うスリラーの組み立て方もあるのね! って新鮮さに驚きっぱなしでありますわ。
監督を務めたパーヴァン・クリパラーニーは、2011年の新機軸ホラー映画「Ragini MMS(ラギニ MMS)」で監督&脚本デビューしてスターダスト作品賞ノミネートされた人で、2014年の「Darr @ the Mall(恐怖@ショッピングモール)」を挟んで今作が3本目の監督作。その全てで脚本も自ら手がけ、以降も方向性はそれぞれ違うも監督作全部ホラー映画の新境地を開いている人でもある。
メヘクの相談役でもあるシャーンを演じたのは、1972年ウッタル・プラデーシュ州デヘラードゥーン(現ウッタラーカンド州の冬の州都)生まれのサティヤディープ・ミシュラー。
デリーの大学で歴史と法学の学位を取得後、企業専属弁護士や政府役員として働きだし、2007年(02年、05年とも)に女優アディティ・ラーオ・ハイダリーと結婚(*2)。その後、2010年にムンバイに移住して俳優活動を始める。
2010年のヒンディー語映画「ムンバイ・ダイアリーズ(Dhobi Ghat / *3)」に端役出演した翌11年に、「No One Killed Jessica(誰もジェシカを殺してない)」でクレジットデビュー。同年には「Turning 30」「Chillar Party(子供パーティー)」「Love Breakups Zindagi(失恋生活)」にも出演して、以降ヒンディー語映画・TVシリーズ・配信シリーズで活躍中。
2017年のTVシリーズ「P.O.W. - Bandi Yuddh Ke」でアジアン・テレビジョン・アワード主演男優賞ノミネート他を獲得。同年のソウル国際ドラマ賞ではアジア・スター賞を獲得している。
タイトルの出し方から、ヒッチコックの「めまい(Vertigo)」的な連想も入ってきそうだなあ…と思ってしまうこちら側の読み解きも了解しているような、「わかってますよ。でもそっちとは違う方向で楽しませてみまっせ」ってサイコスリラーからの超常現象的ホラーへの自然な形での移行も鮮やか。
現実の恐怖体験による孤独、他人の無理解、孤立、そこに現れた新しい知り合いとの交流が繊細に描かれるほど、メヘクの中の外界への拒絶、他者との距離感、自身の無力さへの焦燥感が、物語の緩やかなスピードとシンクロしてある事実を浮かび上がらせながら、それ自体が現実とは思えない価値の転倒を起こす。常道ホラー要素を逆手に取ったような映画的・物語的配置のどんでん返しへの流れへの共鳴も効果的。ホラー文法を丁寧に配置して「さあホラー展開ですよ」と誘いつつ、それを搦め手で処理しながらその裏の物語を用意してくる、インド物語の映画文法の多彩さは毎度驚かされますわ。
そうしたトリッキーな脚本をより以上の魅力におしあげているのが、不穏な画面の中を右往左往するラーディカー・アープテーの1人演技の細やかさ。
「めまい」その他のスリラー映画を踏襲するような不安さを助長させるカメラアングルの中、自分の精神力、見えているものへの自信を持てないで恐怖と戦う主人公像をこれでもかと好演。たった1人で、映画全編を支える魅力の全てを担っている存在感でありますわ。ほぼ出ずっぱり、1人演技ばかりは大変だったでしょうに…。無言で部屋の中を歩き回り、不安と格闘する各シーンそれぞれに目の離せない演技力を見せつけてくるのはさすが。それを、不穏な部屋の小物越し、鏡に映る多重鏡像越しに捉える画面構成もカッコええ!
メイキング
受賞歴
2017 Filmfare Awards 音響デザイン賞(ヴィヴェーク・サチダナンド)
「恐怖症」を一言で斬る!
・だらっとした部屋着のはずなのに、スタイリッシュにカッコいいラーディカー姉さん、サスガっす。
2025.2.16.
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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語で、フィジーの公用語の1つでもある。
*2 後、2013年に離婚している。
*3 この映画で、当時夫婦だったアディティ・ラーオ・ハイダリーと共演している。
*4 食だけでも小麦中心か米中心か、菜食か肉食か、アルコールを飲むかどうかも地域やコミュニティごとに大きく異なってくる。
*5 結婚時のダウリー始め結納品の有無とか。
*6 屋内で靴を脱ぐのか脱がないのか等。
*7 多少メルヘン的なニュアンスも匂う?
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