インド映画夜話

プシュパ -覚醒- (Pushpa: The Rise) 2021年 179分
主演 アッル・アルジュン & ラーシミカー・マンダンナ
監督/脚本/原案 スクマール
"金輪際、俺から何か奪いことを許さない"




 高額な日本の弦楽器の材料にもなる貴重な木材「紅木(こうき)」が自生する、南インドのアーンドラ・プラデーシュ州チットゥール県セーシャーチャラムの森。
 その高額さから密輸業者が後を絶たないこの森に、その男はいた……。
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 話は1年前まで遡る。
 ふてぶてしく破天荒ながら有言実行の青年プシュパ・ラージュは、その態度を咎められて仕事を解雇された後、「1日1000ルピーの仕事」という怪しげな触れ込みの車に乗り込み紅木密輸組織の仕事を引き受る。伐採現場の荒くれたちをすぐさままとめ上げた彼は警察の目をかいくぐって紅木を守りきり、彼に惚れ込んだ舎弟ケーシャヴァと共に紅木密輸業者コンダ・レッディ一派の中で頭角を現して大金を稼ぐようになる。

 そんな中、街中で見かけた美女シュリーヴァッリに一目惚れしたプシュパは、あれこれと彼女の気を引こうとするもうまくいかず、ケーシャヴァの口添えでなんとか婚約式まで執り行う仲になっていく。しかし、シュリーヴァッリとの結婚は「プシュパが、有力者モッレーティ家の息子」であることで承諾されたものだったのだが、モッレーティ家の息子たちは彼を「愛人の息子」と蔑み、モッレーティの名を名乗る事を許していなかった。
「俺は5才だった。喧嘩の仕方さえ知らなかった俺から…あいつらは全てを奪い取っていったんだ…。俺はプシュパ…プシュパ・ラージュ……奪われたものを取り返すためなら、1ミリも妥協しない!」


挿入歌 Daakko Daakko Meka (ヤギは隠れてろ [トラがノドを噛み切る])

*微妙にネタバレ要素あり。注意。


 原題は、主人公の名前。
 2004年の「Arya(アーリヤ)」で監督デビューした、スクマールの8本目の監督作。
 企画当初は1本完結の単独映画の予定だったが、制作の中で2部作構想になり、本作ラストにて続編「Pushpa 2: The Rule(プシュパ2 -盟約-)」がアナウンスされている。

 インドより1日早くアイルランドで公開が始り、インドと同日公開でアラブ、フィンランド、フランス、インドネシア、シンガポール、米国でも公開されたよう。
 日本では、2023年の「熱風!! 南インド映画の世界」の1本として上陸。その後に一般公開され、2024年にはインド大使館での上映会も開催。DVD&BDも発売している。

 スクマール監督の前作「ランガスタラム(Rangasthalam)」とはまた違う方向性で、それでも前近代的な辺境地域に育った土俗的ヒーローが、地域の権力者、富裕層に喧嘩を売りまくる、近代的精神を足蹴にする野性の爆発が爽快なマフィア抗争もの映画。
 マサーラー映画で定番の街中での抗争劇ではなく、高額取引される紅木伐採業者たちの住む山奥が舞台になっているだけで、前近代的生命力を見せつける主人公の破天荒さ、古代的な厳しさ、近代社会に仕える現代人との対比としての破天荒さの魅力が増幅されて、唯我独尊の道を突き進む主人公の態度そのものにもなにか神々しさすら感じてしまう、その「世間」なるもの全般に喧嘩を売っていくプシュパの突破力そのものが、スクリーンのこちら側である現実社会すら破壊してくれそうな「暗い希望」を抱かせてくれる妖しさを放ちまくる。危険ですよ。危険な魅力全開だよ、アッル・アルジュンったらもうううううううー!!

 まあ、その絵面など俗的神秘さに対して、物語構造は常に「主人公に難題が降りかかる→主人公がふてぶてしく笑って解決を約束する→強面の周囲の男たちが鼻で笑って、主人公の邪魔を企てる→障害の全てを主人公がケレン味優先の強引さで粉砕して勝利を手にする」の繰り返しで、見てると「ああ、これはインド版『隠し砦の三悪人』と言っても良いんじゃなかろか」とか思えてきてしまいますよ。え、ダメ?
 ま、全編舞台的リアリティで彩られた画面構成が徹底され、投げた石やら木材やらトラックやらの空中での軌道1つ取っても「どうすれば、よりカッコ良く見えるか」を追求する漫画的なレイアウト優先。それこそ、難題とその解決法もケレン味あってこそ「画面映え」が効果的に演出されてるもんだから、そりゃあ「プシュパ兄貴にどこまでもついていきますゼ」って説得されてしまいますってことよ。うん(*1)。

 主演作ごとにヘアスタイルが変わるアッル・アルジュンは、今回は古代的社会でのし上がる野性味を強調するためかのようなボサ髪&濃い髭で、その近代文明下の文明人の持つ上品さを否定するような髭しごきで、得体のしれない生命力を見せつけてくるよう。
 よくあるマサーラーヒーローが、街中で家族や地域的しがらみに縛られながらマフィアたちと対峙していたのに対し、野生児ヒーローである今作では主人公のしがらみは母親関連のみ(*2)で、悪役たち密輸業者の方が親兄弟や親分子分のしがらみに縛られていて、それがために自由な発想から遠ざかっていることを主人公に突かれる構図なのも興味深い。
 そうは言っても、プシュパがターザンばりの野生児かと言うとそうでもなく、世事にはある程度精通はしていて(*3)人心掌握にも巧み。ビジネスの仕方も知っていると言う万能人間であるのは、通例通りのヒーロー像とも言える。そんな彼が金や暴力、組織のルールで従わせようとする悪役たちの言葉を逆手に取りながら、口八丁と大胆不敵な発想力で全ての妨害を乗り越えていく様は、まさに虐げられる庶民の見る一発逆転の夢の体現でありましょか。美女との偶然の出会いからの恋愛模様も一方的な男の夢的な話ではあるのがなんともだけど、あれだけ大胆不敵なプシュパが恋愛方面では次から次に下手を打って思い通りにいかないためにふてくされてしまう姿も微笑ましきかな。その姿は、まんまストーキングラブな所は、微笑んでもいられないとはいえ、ね…。

 出てくる悪役たちの残酷さが、マフィアの頭目も警察も等価で描かれているのが映画の主要テーマへとシンクロしていく、その「裸になれば人間はどいつも一緒」「人の違いは生まれではなく、その行い…その結果としてのブランド…にある」と言う態度が、徐々に画面の前面に出てくる爽快さは、画面の圧も組み込んで映画後半へのアクセルとなっていく。
 底辺からの上層への啖呵の切りよう、土俗世界からの文明社会を足蹴にするその態度から見える「文化辺境部から見た世界の有り様」が、近代以降の「都市文化人の見る世界の有り様」と衝突し等価にされていくその視点とも同調しつつ、その視点を築いていくのが、土俗世界のヒーローである主人公プシュパ側から提示される価値観の改革になっているところも刺激的。

 やりたい事は大体やりきってる風に見える本作は、それでもなお続編がアナウンスされ、より高い壁にプシュパが挑んでいくだろうことが予告されていくのだから期待はうなぎのぼり。
 今回ではまだ触り程度しか説明されていない、プシュパの父方の名家の背景とその衝突がメインになるのか、はたまた密輸業界でのプシュパの存在感からくる業界人や警察との抗争の激化を描くのか、本作だけでもいろんな要素をランダムに観客に放り込んでいくそのパワフルさが、総括しにくい魅力を生み出している高密度さでありますが、続く物語が一体どんなスタイルを作り上げるのか、どこまで高密度な映像になっていくのか、それを分析する言葉をこっちが持っているのかどうかも含めて、楽しみでありますことよ。

 それはそうと、映画界に入って来た当初は悪役俳優になるつもりだったと言うスニールさん(*4)、本作でまごうことなき悪役の凄味と儚さの魅力を存分に演じきっていてブラボー!(*5)



挿入歌 Oo Antava Oo Oo Antava (おじ様、認める? それとも認めない?)

*メインで踊ってるのは、ゲスト出演の女優サマンタ!


受賞歴
2022 Filmfare Awards South テルグ語映画作品賞・テルグ語映画監督賞・テルグ語映画主演男優賞(アッル・アルジュン)・テルグ語映画音楽監督賞(デヴィ・スリー・プラサード)・テルグ語映画男性プレイバックシンガー賞(シド・スリラーム / Srivalli)・テルグ語映画女性プレイバックシンガー賞(インドラヴァティ・チャウハン / Oo Antava Oo Oo Antava)・テルグ語映画撮影賞(ミロスラヴ・クバ・ブロゼク)
2022 Mirchi Music Awards 男性ヴォーカリスト・オブ・ジ・イヤー賞(ジャヴェード・アリー / Srivalli) 2022 Sakshi Excellence Awards 人気作品賞・人気監督賞・人気主演男優賞(アッル・アルジュン)・人気主演女優賞(ラーシミカー・マンダンナ)・人気音楽監督賞(デヴィ・スリー・プラサード)・人気作品賞(チャンドラボース / Srivalli)・人気男性プレイバックシンガー賞(シド・スリラーム / Srivalli)・人気女性プレイバックシンガー賞(インドラヴァティ・チャウハン / Oo Antava Oo Oo Antava)
2022 SIIMA (South Indian International Movie Awards) テルグ語映画作品賞・テルグ語映画監督賞・テルグ語映画主演男優賞(アッル・アルジュン)・テルグ語映画助演男優賞(ジャガディーシュ・プラタープ・バンドリ)・テルグ語映画音楽監督賞(デヴィ・スリー・プラサード)・テルグ語映画作品賞(チャンドラボース / Srivalli)・デザイン特別賞(S・ラーマ・クリシュナ & モニカ・ニッゴトレ・S)
2022 DPIFF (Dadasaheb Phalke International Film Festival) フィルム・オブ・ジ・イヤー賞
2022 Nickelodeon Kids’ Choice Awards 南インド人気男優賞(アッル・アルジュン)・南インド人気女優賞(ラーシミカー・マンダンナ)・南インド人気作品賞
2022 Bollywood Life Awards 人気歌曲賞(Srivalli)・主演男優賞(アッル・アルジュン)・主演女優賞(ラーシミカー・マンダンナ)・監督賞・歌曲賞(Oo Antava Oo Oo Antava)
2023 National Film Awards 主演男優賞(アッル・アルジュン)・音楽監督賞(デヴィ・スリー・プラサード)


「プシュパ -覚醒-」を一言で斬る!
・日本の結婚式では、三味線(?)を花嫁に贈んないといけないのか……硯箱とにまかりません?

2024.9.25.

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*1 実際の紅木とかの紫壇属の木…以外の木を含むこともある名称のようですが…は密度が濃いため、水に浮かないんだそうですよ! ケレン味の勝利だネ!!
*2 続編で、よりそのしがらみが強くなるのかもだけど。
*3 世間の常識を守る気はないけど。
*4 「あなたがいてこそ(Maryada Ramanna)」の主役!
*5 今も本人がそう望んでるのかは、知りませんが。