インド映画夜話

クイーン 旅立つわたしのハネムーン (Queen) 2014年 146分
主演 カンガナー・ラーナーウト(台詞補も兼任)
監督 ヴィカース・バウル
"あなたは大丈夫よラーニー。あなたは勇敢で、元気な女の子。さあ行きなさい"






 デリー東部ラジョウリー・ガーデンのお菓子屋で育ったラーニー・メヘラーは、結婚式2日前に突然婚約者ヴィジャイから「気が変わった。君とは結婚しない」と断言されてしまい、ラーニーともども結婚披露宴準備中のメヘラー家は失意のどん底に…。

 1日部屋にこもりきりだったラーニーは、突然出てきたかと思うと「ハネムーンに行く」と宣言。とまどう家族を残して、たった一人でパリへと旅立っていく。「ハネムーンで、パリとアムステルダムに行くのが夢だったの」…数日前まで幸せの中で夢見ていた台詞が、パリを独り彷徨う今のラーニーの心中に突き刺さる…。

 そんな中、パリで宿泊しているホテルのインド系従業員ヴィジャヤラクシュミーと知り合ったラーニーは、「ヴィジャイ」と言う元婚約者の名前に拒否反応をしめすも、自由に恋も性も人生も謳歌する彼女に連れられて、パリの人々に混じり徐々に自分の殻をぶち壊していく…。


挿入歌 Badra Bahaar (ああ雨雲よ [この少女のことを彼に伝えよ])



 タイトルは、主人公の名前"ラーニー"の語義「女王」から。
 人生の主役になれると思っていた結婚式が破談になり、人生暗転、失意のどん底で孤独を味わう主人公が、異国の地で出会う様々な人々の生き様や遠い故郷の家族との関わりに触れて、徐々に周りに感化されながら全ての物事から解放され、自立した新たな人生の主役(=女王?)に昇り始めるまでをコメディタッチで描く、ヒンディー語ロードムービー。
 映画のほとんどを占めるヨーロッパロケは、25人のスタッフで40日間の強行軍で撮影されたんだそうな。
 日本では、2016年に東京・神奈川で編集版が公開され、翌17年に東京・大阪にて完全版が一般公開!

 結婚破談から始まる傷心旅行の中、主人公ラーニーを初めとする登場人物たちがまー面白可愛い人たちばっかり。
 腕に新婦用のヘナをつけたまま、固い顔してインド人としての自分を捨てきれず一人でパリの異国文化に翻弄されるラーニーもいい味出して可愛いけども、そこからヴィジャヤラクシュミーを始めとする旅先の人々と関わっていくうちに、服装から表情からハッキリ彼女が脱皮していく過程が美しく心地よく、さわやかに描かれる。
 ヘナが消える頃には、ラーニーはラーニーとしての自分を発見し、それを押し通していく自信を身につけていくわけで、ロードムービー的なエピソードの積み重ねそのものが、人と人の関わりを描きながら、一人の女性の自立する姿を追い、同時に周りと共に歩んでその変化を受け入れる人生模様を描き上げていく。
 ああ、なんて映画っちゅーのは爽やかで美しい人生讃歌を描くのがウマいものなんでしょう!

 主役ラーニー役のカンガナー・ラーナーウト(*1)は、ヒマーチャル・プラデーシュ州マンディ県出身の女優。父親はビジネスマンで母親は教員の家に生まれ、曾祖父が立法議会員で祖父も政府関係者のため、幼少期は一族の集まる大邸宅で暮らしていたとか。
 元々は親の希望通り医者を目指していたものの、試験に失敗し親への反抗もあって16才で勘当同然にデリーに単身移住。劇団にて演技を学び、その成功によって映画界に参入。映画界入りをよく思わない親戚や貧乏生活(*2)を乗り越え、2006年のアヌラーグ・バス監督作「Gangster(ギャングスター)」で主演デビューし、撮影当時若干17才(*3)にしてアル中のギャングの妻を演じきったことで業界から大絶賛され、数々の新人賞を獲得。続く07年には、同じアヌラーグ監督作「Life in a... Metro(ライフ・イン…メトロ)」でスターダスト・ブレイクスルー新人賞を受賞。08年には「Dhaam Dhoom」でタミル語映画に主演デビューし、同年のヒンディー語映画「Fashion(ファッション)」では主演のプリヤンカ・チョープラをしのぐ勢いの演技力を見せつけてこれまた数々の助演女優賞を獲得した。その後は「Once Upon a Time in Mumbaai(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ムンバイ)」「Tanu Weds Manu」「クリッシュ(Krrish 3)」など大ヒット作に次々出演し活躍中。2012年には、アメリカのショートフィルム「The Touch」で監督兼製作もこなしているとか。本作では主演の他ダイアログライターも務めている。

 ラーニーを振る都会派を気取る男ヴィジャイを演じるのは、「我が人生3つの失敗(Kai Po Che!)」「Shahid(弁護士シャーヒド)」等で活躍中のラージクマール・ラーオ。どっかで見た人だなぁと思ってたら「Shaitan(サタン)」のイヤミな警官役の人じゃないか!
 パリのヴィジャイことヴィジャヤラクシュミーを演じるのは、モデル兼女優兼ファッションデザイナーのリサ・ヘイドン(本名 エリザベス・マリー・ヘイドン)。本作のヴィジャヤラクシュミー役はインドとスペイン=フランスのミックスと言う設定だったけども、本人はマラヤーラム=オーストラリアンハーフでタミル・ナードゥ州チェンナイ出身なんだそうな。2010年の「Aisha(アイーシャ)」で映画デビューして、本作が4本目の出演作となる。
 ロシア人オレクサンダー(通称オレク)役は英国人ミシュ・ボイコ。日本人のタカ役にはこれが映画デビュー作となる英国在住の中国系マレー人(マレー系中国人?)ジェフリー・ホー。フランス人の黒人ティム役はやはり映画デビューとなるフランス人俳優ギトベ・ジョセフ(・トーマス)。イタリア人シェフ マルセロ役にはマルコ・カナデア…と言う面々。

 ラーニーの体験するヨーロッパ文化とインド的なるもののボーダレス化と、比較されることで浮かび上がる両文化の違いも面白い。
 伝統と集団主義と言うしがらみ故に、一大事には家族全員で対処して人生上の苦難を最低限避けながら共有する方法が確立しつつも停滞と不自由に甘んじないといけないインド。逆に自己責任の上での自由と個人主義故に、現実の自由を謳歌しながらも孤独と隣り合わせのヨーロッパ。孤独を避けようとして、その孤独がよりクローズアップされる人生の中で、それぞれの登場人物たちがそれぞれの生活文化を持ち寄って、それぞれの方法で孤独を遠ざけようとする様がやるせなくも美しい。
 ヴィジャイのように、インド的なものを嫌いながら結局インド的なしがらみから抜け出られない生き方。ヨーロッパ人でありながらヨーロッパ的な自由の中で生きにくさを感じ迷うルームメイトたち。孤独と悲劇を内に隠しつつヨーロッパ人たちに混じって生きている日本人タカや、自らミックスだと自己紹介するヴィジャヤラクシュミー。それぞれが、それぞれの多種多様性を認め合いつつ、それぞれの人生とその生活文化を見つめ直しながら孤独と向き合っていく姿が、コメディタッチのロードムービーの中に仕組まれていてスンバラし。

 惜しむらくは、タカ役に日本人が配役されないでエセ日本語演技を延々聞かされる所(*4)で、せっかくの「日本人」である劇中の必然性が弱くなってしまったのが…。その辺、もっと日本とインドとの結びつきが強くなってほしいもんですわ(*5)。

 隣で見てたおかんが終始「この人可愛いよねぇ」を連呼するんで、「そうねぇ。カンガナーは、今までアングラ的な役ばっかやってるの見てたけど、こう言う役もピッタリハマるってスゴいわ」と返したら「そこは知らないけど、パンジャビ?っていうの? ヘナとかインドのファッションは可愛いわあ」とか返された。むぅ。


挿入歌 O Gujariya ([君は] 荒野の遊牧民)

*いくつか編集点あり。



受賞歴
2014 Stardust Awards 作品賞・監督賞・主演女優賞
2014 BIG Star Entertainment Awards 娯楽映画監督賞
2014 Indian Film Festival of Melbourne 主演女優賞
2014 Jagran Film Festival 主演女優賞・音楽賞(アミット・トリヴェディ)・女性歌手賞(シェファーリー・アルヴァレス/ O Gujariya)

2015 Filmfare Awards 作品賞・監督賞・主演女優賞・BGM賞(アミット・トリヴェディ)・編集賞(アヌラーグ・カシャプ&アビージット・コカテ)・撮影賞(ボビー・シン)
2015 Lions Gold Awards 人気助演女優賞(リサ・ヘイドン)
2015 National Film Awards 主演女優賞・人気ヒンディー語映画賞
2015 Screen Awards 作品賞・監督賞・撮影賞(ボビー・シン)
2015 Star Guild Awards 監督賞・原案賞・脚本賞・編集賞(アヌラーグ・カシャプ&アビージット・コカテ)
2015 Global Indian Music Academy Awards 音楽アレンジ&プログラム賞(アミット・トリヴェディ&ソウラーヴ・ローイ)・音楽賞(アミット・トリヴェディ)・映画音楽賞(London Thumakda)
2015 IIFAインド国際映画批評家協会賞 作品賞・主演女優賞・原案賞(ヴィカース・バール&チャイタリー・パルマル&パルヴェズ・シェイクー)・脚本賞(ヴィカース・バール&チャイタリー・パルマル&パルヴェズ・シェイクー)・編集賞(アヌラーグ・カシャプ&アビージット・コカテ)




「Queen」を一言で斬る!
・そんなフランス料理があるんかい!? そんな日本人がいるんかい!?w

2015.1.2.
2017.9.30.追記
2018.1.9.追記

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*1 またはカングナー・ラーナーウト。
*2 と、本人曰くつたない英語力。
*3 公開当時でも19才!
*4 本人的には必死に日本語勉強しての演技だそうだけど。
*5 でも、インド映画界が日本人の背景まで取り入れて役を作ってくれたことはありがたや。