インド映画夜話

Raabta 2017年 145分(148分とも)
主演 スシャント・シン・ラージプート & クリティ・サノーン
監督/製作 ディネーシュ・ヴィージャン
"生も死も愛も…全てのことが、繋がっている"




 800年に1度、地球に最接近するラヴジョイ彗星が近づいてくる頃、パンジャーブ州都アムリトサルに住むお調子者の銀行員シヴ・カッカルは、友人ラーダ・チェンバレと共にブダペストの銀行へ喜び勇んで赴任していった。

 そこでヨーロッパ生活を満喫するシヴはある日のデート中、チョコレート屋で働くインド系パティシエのサイラー・シンと出会い一目惚れしてしまう。最初こそシヴを不審者と思って遠ざけるサイラーも、なぜか彼に惹かれていくことを止められなくなって…。
 そんなサイラーは、幼少期に両親を亡くした水難事故のトラウマからずっと悪夢に苦しめられ続けていたのだが、ラーダの入り浸るユダヤ人街の占い師の館での話でそのトラウマをシヴに打ち明け、心の重荷を軽くすることができた。そんな彼女に占い師は語る…「晴れた日に初めての雨が降る時……あなたの人生の全てが変わるだろう。そう、誰かが貴女を迎えにくる…王子様が…。でも、貴女の運命を変えられるのは、貴女だけよ」

 しばらく後、シヴの1週間の出張を悲しむサイラーは、再び悪夢を見るようになっていた。
 そんな彼女の前に、以前のパーティーで知り合った富豪ザキール(通称ザック)が現れ、雨の中での彼女の話し相手になっていく。ついには酔いつぶれたサイラーを車に乗せたザキールは、護衛に囲まれながらある孤島の屋敷へと彼女を運んで行き護衛たちに命じるのだった……「彼を…殺せ」!!


挿入歌 Raabta (Title Track) (貴女とのつながりを見つめて)

*特別出演で、大女優ディーピカ・パドゥコーンがメインダンサーとして登場することで話題となった、タイトルソング・ミュージカルシーン。
 原曲は、2012年のヒンディー語映画「エージェント・ヴィノッド(Agent Vinod)」(*1)の同名挿入歌で、様々な歌手によってリミックス・バージョンが発売されていた人気歌曲。今作では、原曲を手がけたアリジート・シンをむかえ、新たに歌手ニキーター・ガーンディーが歌う。


 タイトルは、ウルドゥー語(*2)由来の単語で「つながり」「絆」の意とか。
 そのタイトルは、劇中でも使用されてる2012年のヒンディー語(*3)映画「エージェント・ヴィノッド(Agent Vinod)」の同名挿入歌から取られたもの? …かもしれない。

 映画会社マドック・フィルムズの創設者にしてプロデューサーとして活躍するディネーシュ・ヴィージャンの、監督デビュー作となるヒンディー語映画。
 公開前の段階で、その物語が2009年のテルグ語(*4)映画「マガディーラ(Magadheera)」と酷似していると論争が起こり、「マガディーラ」プロデューサーのアッル・アラヴィンドから提訴されている(*5)。
 インドより1日早くアラブで、インドと同日公開でオーストラリア、英国、ニュージーランド、スウェーデン、米国でも公開されたよう。

 これは完全なデートムービーですわ。
 お話の基本は、ブダペストを舞台にした男女のサクサク進む恋愛模様の方に比重を置いていて、「マガディーラ」のパクリ疑惑で騒がれた「前世の因縁も含めた恋愛劇」は、とにかく現代の恋愛を盛り上げるためのスパイスの1つでしかない感じ。恋愛や不吉の象徴としての彗星、占い師による予言、フラッシュバックする記憶、悲恋で終わった前世などなど、「マガディーラ」に通じる要素もあるはあってアイディア元にはなってそうな感じはあるにしろ、話の方向性は全然違う方を見ている。一番の違いは、前世の時代劇をそんなにキッチリ描こうとしていない点か。もはやインドなのかどうかもわからない、ゲーム的な時代劇の中での部族間抗争の断片しか描かれないので、前世に残した想いというものがそこまで重くなく、過去編の世界観はただ主役級3人の恋愛模様1点に集中してしか描かれていないのは大きな違いと言える。

 度々繰り返されるメインテーマソング「Raabta」のオペラ的重々しさがブダペストの風景と合間って重厚な恋愛劇の雰囲気を醸しているけれど、お話の進行は基本スピーディーな会話で盛り上げて繋いでいるので、重厚な風景の中で軽めなかけあい恋愛劇が展開されるお気楽な映画という感じ。これがプロデューサーの初監督作と聞くと「ああ、売れ線を意識したのかな」とか勘ぐってしまいたくなる構造をしている映画でもある。
 まあ、あんなマッチョでチャラい銀行員がいてたまるか! とか、とにかくブダペストの白人たちが完全な当て馬キャラでしか出てこないじゃん! とか色々ツッコミたい部分はあれど、オシャレに恋愛する主役2人の美貌とスタイリッシュさをこれでもかとアピールして「ああ、ブダペスト行ってみたいなあ」と思わせられてしまうデートムービーとしての本領を映画前編で発揮している映画である。そんな意味では、映画前半の強引なストーキングラブ展開の方がやりたかった事の中心と違うかねえ。

 監督&プロデューサーを務めたディネーシュ・ヴィージャンは、1981年生まれ。
 2004年まで銀行員として働いていたものの、その翌年にホーミー・アダジャーニアー監督(*6)作の英語映画「Being Cyrus」で映画プロデューサーについて映画界入り。同年にプージャー・ヴィージャンと共に映画会社マドック・フィルムズを創設させている。以降、「今時の恋愛(Love Aaj Kal)」「エージェント・ヴィノッド」「インド・オブ・ザ・デッド(Go Goa Gone)」などヒンディー語映画界でプロデューサーとして活躍。「今時の恋愛」でスターダスト・アワード年間最高話題作品賞を獲得し、以降も数々の映画賞を受賞している。2014年の「ファニーを探して(Finding Fanny)」から自社製作の映画プロデュースも多数手がけていき、マドック・フィルムズ4本目の元請け映画である本作で映画監督デビュー。以降はずっと、プロデューサー業に専念しているよう(2025年現在)。

 中盤から登場する恋敵ザキールを演じるのは、1987年マハーラーシュトラ州都ボンベイ(現ムンバイ)生まれのジム・サルブ。
 父親は海運会社の南洋&中東地域担当監督をしている元船長。母親は理学療法士で、共にパールシー教徒(*7)の家育ち。幼少期にオーストラリアへ移住して、8才時にボンベイに戻り、そこのアメリカン・スクールに通う。その後、米国留学して心理学の学士号を取得。大学卒業後、インターンとしてジョージア州アトランタのアライアンス劇場で働き、舞台演劇で活躍して数々の演劇賞を獲得する。
 インド帰国後もムンバイの劇場で役者兼演出家として活躍。その活躍からフォーブス・インディア誌の30歳以下注目の30人の1人に選ばれている。
 2014年のオムニバス・ヒンディー語映画「Shuruaat Ka Interval」で映画デビュー。その他短編映画出演を挟んで、2017年の「ニールジャー(Neerja)」でIIFA(国際インド映画協会)悪役賞他を獲得して一気に知名度を上げ、「パドマーワト(Padmaavat)」などで印象的な脇役を多く手がけている。

 「マガディーラ」の前世劇が遺跡としても残ることになる都市国家を舞台にしていたのに対し、こちらはどことも知れない密林の中の部族社会で、それなりに武器製作技術を持っていつつも軽装で戦いに出る辺境未開人的な雰囲気。
 ブダペストで出会った前世に因縁持つ3人が、なぜにブダペストに集まってきたのかとかそんな疑問は野暮ってもので、オシャレなヨーロッパ暮らしを満喫するスタイリッシュな現代インド人と、カッコいいゲーム的世界で爆走する戦闘民族な野生児たちの格好良さを両方アピールしようとした結果としての前世劇なのかな、と思わなくはない。まあ一番は歴史考証(*8)する気があるのかないのかって点ではあろうけど…。
 ま、蛮族的習俗に身を包んだスシャント、クルティ、ジム・サルブが意外と様になってるって驚きもあって、こっちの路線も悪くないからもっと見たかったって欲求はある。クルティとジム・サルブはこれからもそう言う可能性は残されてるけどねえ……合掌。
 そんな前世劇が重厚な仕掛けとして機能しないで、恋愛劇のスパイスの1つとしてのみ機能してるのは、映画全体の流れが台詞の応酬に頼りまくって感情表現が置いてけぼりになってるシーンが多いからとも言える。その辺でのエモーショナル的な盛り上がりが薄いので、前半の強引かつ軽めなラブコメの方が楽しくなってて、後半の展開がそれを支えるにはやや雑に見えてしまう原因になってしまってる感じもする。やっぱ、お話のキモはブダペストでのお洒落デートの方を見ている映画ですわねえ。ブダペストって綺麗で楽しそうな街ですねえ。そんなすぐ街に馴染んで楽しめる街なんですかねえ。ええ(*9)。



ED Main Tera Boyfriend (だって僕は、君のボーイフレンドだから)




受賞歴
2018 Zee Cine Awards 女性プレイバックシンガー賞(ニキーター・ガンディー / Raabta)


「Raabta」を一言で斬る!
・ブダペストの風景を見て「あ、【ミモラ(Hum Dil De Chuke Sanam)】で見た風景だ」とか思うほどには、インド映画に毒されてますわー!

2025.3.21.

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*1 本作監督のディネーシュ・ヴィージャンも、プロデューサーで参加している。





*2 北インドのラダック連邦直轄領、ジャンムー・カシミール連邦直轄領、ビハール州、デリー連邦直轄地、ウッタル・プラデーシュ州、南インドのアーンドラ・プラデーシュ州、テランガーナー州の公用語の1つ。パキスタンの国語でもある。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*4 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*5 裁判の結果、「Raabta」の盗作疑惑は否定されている。
*6 本作のプロデューサーでもある。
*7 ゾロアスター教徒のインドにおける名称。元々は「ペルシャ人」の意。
*8 と言うか、歴史を利用した映画的仕掛け。
*9 むかーし、連れてってもらったことあるけど、全然覚えてない…悲し。