インド映画夜話

ラーヴァン (Raavan) 2010年 139分
主演 アイシュワリヤー・ラーイ・バッチャン & アビシェーク・バッチャン & ヴィクラム
監督/製作/脚本 マニ・ラトナム
"…変幻自在なる悪魔ラーヴァンは問う。悪を悪と断ずる境界はなにか?"







 デーヴ・プラタープ・シャルマー警視が、ジャングル生い茂るラールマティーに赴任してきて早々、ジャングル一帯を支配する反政府ゲリラによる警察襲撃が勃発! 爆弾テロの数々をおこし、ゲリラの首領ビーラー・ムンダーはデーヴの妻ラーギニーを誘拐する!!

 ビーラーに連行されるラーギニーは、殺されるくらいならとスキを見て崖から飛び降り、これに驚いたビーラーは、一命をとりとめた彼女を自分のアジトまで連れて行くことにする。
 ジャングルに住む少数民族の村で養われるラーギニーは、困惑しながらも、自分を殺すつもりのないらしいビーラーに次第に興味を憶え始めるのだった。

 ビーラーは、彼女とゲリラ仲間の写った写真を新聞に載せて警察を挑発しながら、ジャングル内を移動し、追手を翻弄し襲撃し続ける。
 一方でラーギニーの救出に奔走するデーヴは、弟分の部下ヘーマントや森林警備員サンジーヴァニーの助けを借りて、徐々にゲリラを追いつめていくが…。

 最初は、デーヴが助けにくる事を切望していたラーギニーだったが、ヘーマントを捕らえて拷問するビーラーの動機……妹をデーヴたちに陵辱された彼の怒り……を知るようになると、彼女はビーラーに共感せざるを得なくなっていく…。


挿入歌 Behene De (流しておくれ [浸しておくれ。流れる滝のように])



 タイトルは、インドを代表する叙事詩「ラーマーヤナ」にて主役ラーマ王子と対立する羅刹王ラーヴァナのこと(サンスクリット名詞の語末のaが抜けると、ヒンディー単語になるそうな)。

 「ラーマーヤナ」の現代劇であり、その主役を敵役のラーヴァナに置き換えて再構成された、映像詩人マニ・ラトナム久々の大作!
 一部キャストを入れ替えたタミル語版「Raavanan(タミル語で"ラーヴァナ"の意)」が同じスタッフによって同時並行で製作されていた。
 日本では2010年に東京国際映画祭で上映された。

 叙事詩の善悪を逆転させ、
・"不死なる羅刹王ラーヴァナ"=アビシェーク演じる義賊ビーラー
・誘拐される"大地の娘シーター"=アイシュ扮するラーギニー
・"ヴィシュヌ神の化身ラーマ王子"=ヴィクラム演じるデーヴ警視
 …に、それぞれ仮託している(*1)。

 なんでも、南インドでは悪魔ラーヴァナに同情的な伝説や価値観が根付いてるそうな。
 簡略化された話では、ラーマに退治されるための絶対悪でしかない羅刹王ラーヴァナなんだけど、本来の伝説では、
「ラーヴァナの妹シュールパナカーがラーマを愛し、そのためにラーマと弟のラクシュマナによって侮辱され鼻を削がれてしまった事に腹を立て、ラーマへの復讐に彼の婚約者であるシーターをさらう」
 …と言う話になっている。

 しかも、ラーヴァナは、さらってきたシーターを愛するようになるも一度も手を出す事をせず、ラーマに救出されたシーターは、夫から貞操を疑われた時にハッキリと自身の潔白を証明してみせた(*2)。

 ラーマへの復讐のためにシーターを誘拐し、彼女を愛するようになったラーヴァナが絶対悪なのか。はたまた羅刹兄妹を力づくで征伐した上に自分の妻を信じる事ができなかったラーマが絶対善なのか。映画は、「ラーマーヤナ」の中に眠る、そう言った善悪への懐疑を現代劇に翻案して表現していく。

 もっとも、そんな神話を知らなくても、ビーラーとラーギニーの関係性の変化を楽しめるものにはなってるけども。
 映画は、ラーギニーの視点で、ゲリラの親玉であるビーラーのイメージが徐々に変化していく過程を描きつつ、ビーラーのラーギニーへの様々な思いをも同時に映していく(*3)。
 ラストの、断崖絶壁の吊り橋でのビーラーとデーヴとの対決とそれぞれの問いかけが、三者三様の人間模様の変化を映しているようで美しい。
 ピカレスク・ヒーロー ビーラーの暴れっぷりを楽しんで見るのも一興。まるで怪獣映画の主役みたいなアビも、なかなか様になっとるでよ。

 撮影監督を務めるのは、マニ・ラトナム映画になくてはならない名カメラマンのサントーシュ・シヴァン。この2人が組んだ時の映像美はまさに圧巻!
 サントーシュ自身も映画監督として高い評判を呼んでいるけど、サントーシュ映画に比べてマニ・ラトナムの演出の芸術性は数段階上。マニ・ラトナムの映画にはまずなによりも「湿気」が焼き付いている!(*4)。
 本作は特に、物語が単純化され神話的隠喩が散りばめられてるぶん、映像の美しさが徹底しているよう。

 冒頭のラーギニーの誘拐シーン(凄まじく官能的!)と言い、大滝から落ちるラーギニーなどのシーンで多用される水流・汗・雨・血と言った湿り気の使い方は本当に美しく、これほどの映像美を生み出せる演出家は世界にはいない……んじゃないかな。
 少なくも、ここまで水をコントロールできる演出を見せつけられるのは、他には日本のアニメくらいしか思いつかない私(*5)。


挿入歌 Thok Di Killi (釘を打て!!)


受賞歴
2011 Apsara Film & Television Producers Guild Awards 撮影賞(「Guzaarish」と共に)・録音賞

2011.4.29.

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*1 タミル語版ではヴィクラムがビーラー役を演じていたりする!
*2 しかし、結局ラーマがシーターを信じなかったために彼女は地中に還り、ラーマは永遠にシーターを失うのである…。
*3 台詞ではほとんどなにも語られないけれど。
*4 サントーシュ映画はどちらかと言うと「陰影」の映画だとおもふ。
*5 真下監督作とか山内監督作とかダイスキー。