インド映画夜話

同意 (Raazi) 2018年 140分
主演 アーリア・バット
監督/脚本/台詞 メグナー・グルザール
"これは、信じがたい真実"




 現代インドを作り上げた数々の犠牲の中で、名も知られず、なんの恩恵も与えられないまま、当時の人々の記憶にのみ刻まれる人々もいる…

 1971年。東パキスタン(現バングラデシュ)に巻き起こる独立戦争への印パ介入に先んじて、双方の情報戦が激化していた。
 デリー大学に通うサフマト・カーンは、急に実家からの知らせを受けてカシミールへと帰宅。そこで、父親がパキスタンスパイの仕事の傍、本業としてパキスタン軍の情報をインドに送る二重スパイを祖父から受け継いで行っていたこと・その父が病気で余命いくばくもないことを知らされる。父から、インド情報局のスパイ業を受け継いで欲しいと請われたサフマトは、父の生き様を肯定するためにもこれに同意。短期間の情報局での厳しい特訓を受けた彼女は、父のパキスタンでの上官であり親友であるブリガディール・サイード将軍の息子イクバールの元へ嫁いでいくことに。その瞬間から、彼女は妻となり、パキスタン人となり、スパイとなったのだ…。


挿入歌 Raazi


 実話をもとにした、ハリンダル・シッカ著の小説「Calling Sehmat(サフマトの連絡)」のヒンディー語(*1)映画化作品。
 日本では、2018年に千葉県にてSPACEBOX主催で英語字幕上映。同年のICW(インディアン・シネマ・ウィーク)にて日本語字幕付きで上映された。

 バングラデシュの独立戦争直前を描くバングラデシュ映画「泥の鳥(Matir Moina / The Clay Bird)」、戦争当時に起こった戦闘をテーマにした「インパクト・クラッシュ (The Ghazi Attack)」、独立戦争後のベンガル難民問題を扱ったヒンディー語映画「ならず者たち(Gunday)」なんてのもあったけれど、その辺りとほぼ同じ時期に当の戦争とは遠く離れたパキスタン国内にて、戦争に翻弄されて自滅していく人々の悲劇があったことを明らかにする一本。
 冒頭と最後に入る、物語を語って聞かせる海軍士官のシーンはやや説明的な導入とオチではあるけれど、語らずにはいられない"忘れられた悲劇"の重さが、尋常でないことを強調する。

 印パ分離闘争の悲劇が続くカシミールに生まれ育った主人公が、父親に請われてスパイとしてパキスタンの軍人家庭に嫁に出される、という時点でもう「これはヤバイ」って展開なわけだけど、実際にそういう人(たち)が存在し、自身の命も家族も人生も捨てて国のために殉死することに同意せざるを得ない状態にされていたと言うんだから、凄まじい。

 映画は、そのほとんどが嫁ぎ先の屋敷内を舞台としていて、屋敷内を行き交う人々の間を縫って盗聴や文書コピー、インド本部への暗号通信などを行なっていく主人公サフマトの危なっかしいこと。
 1週間の訓練による素人スパイを敵国の真っただ中へ送り込み、状況の進展に伴って適切なサポートを行うと嘯く情報局の危うさ、その情報局がパキスタンに潜り込ませているスパイたちの広範な活動実態、それでもなお 命の危険に晒され続けるスパイたちが、状況によって本国からも切って捨てられる無情さを、これでもかと盛り上げる巧みな物語展開が、どんでん返しも組み込んで映画を盛り上げていく。

 監督&脚本を務めるメグナー・グルザールは、1973年マハラーシュトラ州ボンベイ(現ムンバイ)生まれ。父親はかの有名な詩人グルザール(*2)。母親は女優ラーキー(・マジュムダール)になる。
 学生時代から詩を始めライターとして活動しつつ、社会学を修了してTVドラマ助監督として働き始める。95年にニューヨーク大学芸術学部ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アーツに短期留学し、帰国後に父グルザールの監督作「Hu Tu Tu」で助監督のほか脚本補助に参加。ドキュメンタリーやミュージックビデオの製作を経て、02年のヒンディー語+英語映画「Filhaal…(つかの間の…)」で監督&原案デビューする。本作は、娯楽映画監督作としては5本目の作品。

 お屋敷もの映画としても、しっかりとそこの住人たちを描き分けてパキスタン人たちの人となりを共感を持って主人公にあたらせている部分が珠玉。
 特に、サフマトの夫となるイクバール・サイードの気配り・不器用な献身・その高潔さ・インド人の妻を通したインドへの理解が優しく高まれば高まるほど、その愛情を利用して裏切り行為をしているサフマト自身の心をさいなんでいくさまがもう…。
 情報局の上官カーリド・ミールが突きつける「周囲に身元がバレそうだと感じた時は、すでに確実にバレている。その時は適切な"処置"を速やかに実行しろ」と言う教訓によって、サフマトの人生が次々に狂い始めていく痛々しさと恐ろしさ。動物も傷つけたことのない少女が、簡単に人の命を奪わなければならなくなる状況の冷酷さ、そのツケを自分自身で払わねばならないと突きつけられる現実の惨さ…。最後の最後で彼女が選択する自身の生き方が、全て「自身で望まずとも、そう望むように仕向けられた結果」として彼女自身が抱え込まねばならないものとなっていき「結局、自分自身が望んだ結果」として受け入れる以外に前を向く手段がないと言う不条理が、なんとも重く儚い人生を映し出していく。

プロモ映像 Ae Watan



「同意」を一言で斬る!
・サフマトにスパイ業を徹底的に教えこむ教官カーリド・ミール演じるジャイディープ・アフラーワト、『キングスマン』に出てきても違和感なさそ。

2018.9.21.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 本名サンポーラン・シン・カルラ。