インド映画夜話

ランガスタラム (Rangasthalam) 2018年 174分(170分とも)
主演 ラーム・チャラン & サマンタ & ジャガパティ・バーブ
監督/脚本/原案 スクマール
"この世は芝居の舞台、俺たちは操り人形さ"




 時に1980年代。
 村のエンジニア チッティ・バーブはその日、目の前で頼みの綱の州会議員がトラックに轢かれるのを目撃する。重症の議員を病院に連れて行ったチッティだったのだが…。

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 話の発端は、その数ヶ月前まで遡る。
 ランガスタラム村で重宝されているエンジニアのチッティは、難聴持ちだが毎日騒がしい村を駆け回りながら、村中の田んぼに給水ポンプを取り付け補修する毎日。
 この村は、30年この方"プレジデント"と呼ばれる村長率いる黎明党とその傘下組合に牛耳られており、農民たちは組合からの借金に縛られ、反抗すれば人知れず殺されてしまう。ドバイから帰ってきたチッティの兄クマール・バーブは、そんな村の状況を見て村長と組合をなんとかしないと村はずっと変わらない事を嘆いていた。

 そんな中、チッティは美しいラーマラクシュミーと出会い、難聴である事を隠しながら彼女に近づこうと必死。次第にお互いを意識し始める2人だったが、ラーマラクシュミーの家の組合への借金が水増しされている事を知ったクマールは、パンチャーヤト(村会)に訴え組合の不正を正そうとするが、ラーマラクシュミーの父は村長を恐れて組合に屈して借金を認めてしまい、村長は、騒ぎを大きくして組合員に怪我をさせた代償として、クマールの家に2万ルピーの罰金を命じてその家族全体を笑い者にする!
 これに怒るチッティは組合を襲撃して逮捕されるが、八方手を尽くしてチッティを保釈したクマールは、チッティに促されるまま復讐を誓う。彼らは、そのまま選挙管理局へと向かうと…「今度の村議会選挙に立候補します。名前はクマール・バーブ。父の名前はコテスワラ・ラーオ……立候補する村は、ランガスタラム!!」


挿入歌 Ranga Ranga Rangasthalana (ここは芝居の舞台、ランガスタラム村)


 タイトルは、劇中舞台となる村の名前ながら、その語義はテルグ語(*1)で「舞台」または「劇場」の意。
 2004年の「Arya(アーリヤ)」で監督デビューした、スクマールの7本目の監督作。

 インドより1日早くアラブ、クウェート、米国で公開が始まり、インドと同日公開でオーストリア、英国、ニュージーランド、シンガポールで公開されているよう。日本では、2023年にSPACEBOX主催の自主上映で埼玉、兵庫で英語字幕上映。indoeigajapan主催の「ラーム・チャラン バースデイ記念上映会」でも英語字幕上映された後、一般公開されている他、同年の池袋インド映画祭@シネ・リーブル池袋、 大阪の七藝術劇場+扇町キネマ ゴールデンウィーク映画祭などでも上映。DVD&BDも発売された。

 架空の農村ランガスタラムを舞台に、その外の世界を知らない主人公チッティの目線で、兄や恋人との交流を通して広がって行く世界にはびこる因習、弱肉強食の世間の恐ろしさが露わになっていく、「のどかな農村」に隠される世界の縮図が空恐ろしさを見せつけていく1本。
 外の世界を知らぬまま、古代的住環境の中で自分を噛んだ蛇を殺そうと野原を走り回る主人公の野生というか動物的本能の強さが印象的な冒頭。その古代的生活感覚そのままに専制君主による支配の善悪も見定めず、家族に危機が近づいてすらそれを認識できなかったチッティが、村の改革に乗り出した兄、父権的家庭に楯突く恋人との交流を通して、農村の不幸そのものを再生産する「敵」がなんなのか、それを生み出す原因がなんであるかを悟っていく精神的成長が爽快であるとともに、その成長を促すありとあらゆるランガスタラム村の悲劇が、完全には解決不能な冷たい現実そのものをも舞台の上の悲喜劇の繰り返しでしかないと言う過酷な結論を導き出し、最終的には暴力による小さな抵抗でしか抗う方法を知らない人間の姿まで見せつけて来る。二重三重に畳み掛けて来るラストの展開の凄まじさは、映画好きなら必見の爽快さでありますわ!

 閉鎖的なインドの農村、専制君主的な指導者、金の流れを牛耳られて自由意志すら奪われる村人(特に女性たち)…という点で、思い出されるのは1997年のヒンディー語(*2)映画「Mrityudand(死刑判決)」。
 あっちも、借金で村人の行動・思考を縛り、金貸しが全てを牛耳って自身の欲望のためだけで村を運営していて、逆らう者は生活の糧を失い、最終的には同じ村人たちによって村を追い出されたところを処刑と言う名で撲殺される事で「村の外」という管轄外地域で起きた事件と処理され、警察や司法の介入すら許されなかった。
 本作でも、借金によって村人たちの発言も発想も行動の自由すら縛られているのはパンチャーヤトに見える「作られた民意」の様子でも分かるし、村がそうなる前に海外に移住していた兄クマール以外にその状況が異常である事を認識できる村人は…主人公も含めて…皆無だった事も、事の深刻さを跳ね上げさせる。
 そこから復讐を誓ったクマールによる村長選への立候補を描く事で、ランガスタラムという架空の村の選挙戦を、インド独立運動の歴史になぞらえる「ラガーン(Lagaan)」的な暗喩映画になるのかな……と思った自分としては、ハッピーエンドを期待していたわけだけども、お話はそんな表層で終わるものではなく、さらに先のもっともっと絶望度の高いインド社会への警鐘とその残酷さを暴き出す衝撃的な物語を紡ぎ出し来たので、もう圧巻。

 エンジニアという近代以降の知識と技術を持ちながら、なお古代的野生の世界に身を置く主人公チッティの、口をひらけば悪態が、何かあればすぐ手が出てしまうその荒くれた性分が、難聴と言う「聞きたいことが聞こえない」「本当に聞きたいことしか聞こえない」あるいは「聞きたいことだけが聞こえない」すれ違いを起こしていく構図も素敵ながら、冷徹な現実を前にそんな両義的存在のチッティにしか出会えない・起こりえない事件の最終決着の実行者の役が与えられる、その救いようのない現代インドという「舞台」の非情さ、過酷さ、冷酷さは、ありとあらゆる現実の中で起こる事件をもまた、悲劇への予兆として取り込んでいってしまう物語の持つ貪欲さをも露わにしていっているようで、そんな現実の厳しさを「物語の舞台」と思わなければやってられない世界の現実をも表していっているよう。

 それにつけても、そんな現実を吹っ飛ばす軽快で印象的な音楽の数々と、オールセットであるはずのランガスタラム村の生き生きとした生活感の有り様もまた、作り物と現実の交差的構図として、映画でしかでき得ない表現方法になっていて素晴らしきかな。うん。



挿入歌 Rangamma Mangamma (ねえ、ランガンマおばさん、女神マンガンマ)




受賞歴
2019 National Film Awards 銀蓮音響賞(ラージャクリシュナン・M・R)
2019 Filmfare Awards South テルグ語映画主演男優賞(ラーム・チャラン)・テルグ語映画助演女優賞(アナースヤー・バラドワージ)・テルグ語映画音楽監督賞(デヴィ・スリー・プラサード)・テルグ語映画作詞賞(チャンドラボース / Yentha Sakkagunnaave)・テルグ語映画撮影賞(R・ラータナヴェル)
2019 SIIMA (South Indian International Movie Awards) テルグ語映画主演男優賞(ラーム・チャラン)・テルグ語映画批評家選出主演女優賞(サマンタ)・テルグ語映画助演女優賞(アナースヤー・バルドワージ)・テルグ語映画監督賞・テルグ語映画撮影賞(R・ラータナヴェル)・女性プレイバックシンガー賞(マナシー / Rangamma Mangamma)
2019 Zee Cine Awards テルグ語映画主演男優賞(ラーム・チャラン)・テルグ語映画助演女優賞(アナースヤー・バルドワージ)・テルグ語映画音楽監督賞(デヴィ・スリー・プラサード)・テルグ語映画作詞賞(チャンドラボース / Yentha Sakkagunnaave)・女性プレイバックシンガー賞(マナシー / Rangamma Mangamma)
2019 Sakshi Excellence Awards 人気監督・オブ・ジ・イヤー賞・人気主演男優・オブ・ジ・イヤー賞(ラーム・チャラン)・人気音楽監督・オブ・ジ・イヤー賞(デヴィ・スリー・プラサード)・人気女優演技・オブ・ジ・イヤー賞(アナースヤー・バラドワージ)
2019 Radio City Cine Awards Telugu 作品賞・監督賞・ヒーロー賞(ラーム・チャラン)・助演男優賞(アーディ・ピニセッティ)・助演女優賞(アナースヤー・バラドワージ)
2019 Santosham Film Awards 監督賞・撮影賞(R・ラータナヴェル)・振付賞(プレム・ラクシット)・女性プレイバックシンガー賞(ガンタ・ヴェンカタ・ラクシュミー)
2019 TSR - TV9 Natinal Film Awards 人気作品賞・人気監督賞・ヒーロー賞(ラーム・チャラン)


「ランガスタラム」を一言で斬る!
・「兄さんにも打たれた事ないのに!」って怒ってるから、お前はそんな情けないのだよチッティ・バーブ!(ガン◯ム台詞)

2024.9.19.

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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。