インド映画夜話

ロッキー・ハンサム (Rocky Handsome) 2016年 119分(126分とも)
主演 ジョン・エイブラハム(製作も兼任) & ディヤー・チャルワド
監督/出演 ニシカーント・カーマト
"彼は、彼女のただ一人の友達"
"彼女は、彼の唯一の希望"




 ゴアにて、一人寡黙に生活する男カビールは、細々と自室で質屋を営みながら過去の妻との記憶に沈む毎日を送っていた。

 そんな彼に、隣人の娘ナオミが懐いてきて「ハンサム」と呼ぶようになるが、彼女の母親であるバーダンサーのアンナは麻薬常習者で、トリップ中や部屋に男を連れ込む時はナオミは邪魔者扱いされ暴力まで振るわれていた。
 そんなある日、突如アンナの元に売人の男たちが押しかけ、彼女を拷問した上でその場に帰って来たナオミと一緒に誘拐してしまう!

 事の発端は1ヶ月前。
 アンナが麻薬王マントゥーの部下から麻薬を盗んだことにより、ギャングたちの追っ手がかかった。麻薬の紛失を咎められていたケヴィンとルークのフェリエラ兄弟は、ボスを見返すために、早々にアンナの居場所を突き止めて子供もろともにを誘拐していったのだ…。
 アンナから、質入れしたカメラバックの中に麻薬があると聞き出したフェリエラ兄弟はカビールの元に部下を差し向け麻薬を回収するが、カビールが部下を一撃で倒して母娘の解放を兄弟に持ちかけて来たことから、強靭な身体能力を持つカビールを利用しようとケヴィンは交換条件を提案する…「明朝、お前の持っていた物を指示通りに運搬してほしい…」
 ケヴィンは、マントゥーへの恨みから、カビールとマントゥーの麻薬の受け渡し現場に警察を配置して、2人共々破滅させてやろうと企むのだが…!!


挿入歌 Rock Tha Party (ロック・ザ・パーティー)

*ゲスト出演で踊ってるのは、ヒンディー語映画界を中心に南北インド各映画界で活躍するモロッコ系カナダ人ダンサー兼女優のノラ・ファティ。


 タイトルは、主人公のコードネームとあだ名を組み合わせたもので、主人公の正体が判明するインターミッション直前になって始めてタイトルロゴと組み合わせて登場する。

 2010年の韓国映画「アジョシ」の、ヒンディー語(*1)リメイク作。
 インドと同日公開で、米国、英国で公開。のちにトルコでも一般公開されているよう。
 日本では、2022年にNetflixにて配信。

 ニシカーント・カーマトの1つ前の監督作「ビジョン(Drishyam)」、本作の後の遺作となった監督作「タカの獲物(Madaari)」とも共通する、白黒の色面が強調されるクリアな色彩映像が醸し出すスタイリッシュ系ダークトーン映画。とは言え、(*2)しっかりリメイク元の映像の雰囲気を踏襲した感じにも仕立てられていて、ニシカーント・カーマト監督やプロデューサーも担当した主演のジョン・エイブラハムの戦略とうまくシンクロしたリメイク映画企画という感じ。

 リメイク元から引っ張られている諦観に満ちた裏世界の気だるげな怨嗟の応酬という世界観は、都市部の観客をターゲットにしたモーヒト・スリー監督作とも通じるスタイリッシュさ。登場人物全員が人生に満足できず、かと言って現状を変える手立てもそんなに持てないまま幸福だった記憶にすがるように生活し、そのイライラを外にぶつけて行く、その諦観具合が映画全編を支配するが故に、インド的には新機軸マフィア映画を狙っていたのかなあ…とか思いつつ、怒るとマフィア相手に無双する喧嘩上等の男が、少女とのわずかな交流で愛情を呼び覚まされ、子供を守るヒーローとして立ち上がる構図は、それはそれでサルマーン・カーンのマサーラー映画文法と言えなくもないかもしれない。
 まあ、とにかくしっかりリメイク元を尊重しつつ、感情表現や人間関係の機微などはしっかりインド化させて、なおそれでもリメイク元の魅力を画面全体に映し出しているような佳作に仕立てる、その映画力に乾杯。

 配役的には、主人公カビール演じるジョン・エイブラハムが全てを持って行く感じも否めないながら、ナオミ母娘を誘拐してギャングボスを失墜させようと企む元凶ケヴィン・フェリエラ役に、ニシカーント・カーマト監督自信が就任(*3)しているのもビックリな仕掛け。ボスからは罵られていびられ、ナオミたちには下衆な命令を飛ばし、どこまでも卑怯極まりないダメダメな性格を露見させて行く役所を、急に決まったらしいのに嬉々として演じてるように見えるカーマト監督も流石であります。
 映画の魅力の一端を作り上げる重要な役所ナオミを演じるのは、2007年生まれの子役ディヤー・チャルワド。TVシリーズ「Oye Jassie」に出演して芸能活動を始め、2014年のタミル語映画「ピザ 死霊館へのデリバリー(Pizza)」で映画デビュー。本作が2本目の映画出演作。以降、映画出演はないみたいだけど(2024年現在)、Youtubeチャンネルなどでその活躍の一端は見れるよう。

 軽めのコメディ映画で絵に描いたようなイケメンムーブ役を演じることもあるジョン・エイブラハムながら、2007年のアート系映画「No Smoking(ノー・スモーキング)」や2009年の「New York(ニューヨーク)」とか、2013年のプロデューサーも兼任した「マドラス・カフェ(Madras Cafe)」みたいな、スタイリッシュさを武器に人間の暗部を抉る系の映画に出演して行ってるのも、役者としての戦略なんだろうけど、そのマッチョな筋肉を存分に見せつけつつ暴れまわる姿が、韓国ノワール世界と割りと相性がいいのね(*4)…とか確認できてしまう本作の意外な格好良さも手伝って、ジョン・エイブラハムの戦略にさらに手札が1枚増えた感じもする(*5)。場末の下町質屋の男が、1度武器を取ればマフィア相手に殺し屋をしのぐ戦闘技術を見せつける映像的説得力は、やっぱ彼くらい筋肉がないと説得できないとオモイマスワー(無責任に)。ナオミがさらわれる時の、ブラックスーツに身を包んでの全力疾走がここまで様になる人は、そうはおりませんわ。うん。

 元映画に対して付け加えられたであろう、インド的モチーフの1つがマフィア兄弟やナオミ母娘のクリスチャンネームによる宗教描写でもあろうか。
 舞台がゴアなので、クリスチャンが多数いても当然な環境の中、善悪どちらにもそれぞれにヒンドゥー教徒・キリスト教徒を配置しつつ、人と人の距離が遠くあたりの強い人が多い描写になってるのも、元映画の反映であると共にインド特有の見えない境界の表し方、登場人物たちを縛るしがらみの強さを表す記号としての宗教的背景、そのゴア社会におけるリアリティの在り方という事も……ある?(しなくていい深読み)
 マフィア抗争劇大好きなインドのマサーラー映画とは異なる作劇で描かれる、外国映画から昇華した新たな抗争劇への布石になろうとした映画、と見ても面白い映画、かもしれな……くもないかも。うん。



挿入歌 Titliyan




 


「ロッキー・ハンサム」を一言で斬る!
・インドの子供達にも、トレーディングカードゲーム(?)は出回ってたのネ…。

2024.12.19.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 ちゃんと見れてないから詳しくはわからないけど。
*3 別の役者にオファーしていたにもかかわらず、撮影直前にドタキャンされたために監督が役を引き受けたとかなんとか報道されている。
*4 方向性はやや変わる感じだけど。
*5 ただし、本作はインドでの興行成績は期待ほどは伸びなかったみたいだけど…。