インド映画夜話

ロックスター (Rockstar) 2011年 159分
主演 ランビール・カプール & ナルギス・ファクリー
監督/原案 イムティヤーズ・アリー
"鳥よ、鳥籠から飛び立つ鳥よ。彼方のさらにその向こうで、彼女と会えるだろうか…僕は…"





 印欧各国で絶大な人気を誇るロックスター ジョーダン。彼はイタリアはヴェローナ・コンサートの当日、路地裏で大喧嘩し傷だらけで会場入り。人々の熱狂とは裏腹に、重く沈んでいた…。

 その数年前。
 デリー大学に通うJ.J.(本名ジャナルダン・ジャーカル)は、ジム・モリソンに憧れて音楽を始めるが一向にうまくなれない。相談相手の学食オーナー カターナーおじさんに「失恋の痛みすら知らない、平凡な人生のお前に音楽は無理」と断言され、勢いで大学1の美人ヒール・カウルにプロポーズ!
 最初は失恋ごっこでしかなかった2人の関係は日ごとに様子が変わり始め、もうすぐ見合い結婚をひかえるヒールはJ.J.の意図を知って「じゃあ、私を冒険に連れてって。結婚前に悪い事いっぱいしたかったのよ!」と、場末のブルーフィルムに行ったり、安酒を飲みあったり、親に内緒でカシミール旅行して来たり…。
 いつしか、本当のヒールを知るJ.J.は秘密を共有する唯一の親友となっていくが、結局彼女の結婚式は滞りなく行われ、新郎と共にプラハへと旅立っていく。残されたJ.J.は数々の不祥事から家を勘当され、後に残ったのはギターと、ヒールが名付けてくれた自分のニックネーム"ジョーダン"だけ。

 その後、ニザームッディーン廟で宗教音楽家たちと過ごしていたJ.J.は、シェヘナーイー(伝統笛)の名手ウスタード・ジャミル・カーンに認められ、一度は蹴ったプラチナ・レコード社からのメジャーデビューを"ジョーダン"の名前で果たす!
 レポーターとして彼を追いかけるシェーラから、プラチナ・レコードが育成ミュージシャンのヨーロッパツアーを計画していて、その旅程にプラハがあると知らされたJ.J.は、険悪な上層部に直談判してツアーに参加させてもらうことに。プラハに到着するや、コンサートそっちのけでヒールを探すJ.J.だったが、再会したヒールは原因不明の病に苦しんでいた…。


挿入歌 Saadda Haq ([それは]オレたちの権利 [それをここに置いていけ])

*ザッピングされてるライブ映像の舞台の1つに、チベット旗と「フリー○○○○」の横断幕が出てくるけども、このライブ会場となってるマクロード・ガンジは別名リトル・ラサ。中国によって軍事制圧されたチベットから、ダライ・ラマを始めとする亡命チベット人が移り住んで来た事でも知られ、ガンデンポタン(チベット亡命政府)のあるダラムシャーラーの郊外。
 その場所で、「オレたちの権利が!」「カシミールの暮らしを守れるのか」「動物を殺すなと言う奴らは、オレたちの命を守ってくれるのか」とか叫ぶって言うのは……ロックだねぇ。
 ただ、公開に際して検閲に引っかかったため「フリーチベット」の横断幕にはボカシがかけられてしまっている(逆に言えば、それだけで検閲を通過できている)。ま、予告編には普通に映ってるんだけど…。




 ついに本格ロックミュージカル映画がボリウッド誕生か! ……と思ったら、そこはロマンス映画界の巨匠イムティヤーズ監督作。あとで、スーフィズム哲学(*1)を基盤においたロマンス映画でもあると言われて「…ほぉぉー」てな感じ。
 日本では、2012年のIFFJインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパンにて上映。22年にはJAIHOにて配信されている。

 ヒロインのヒールには、最初カリーナ・カプールが予定されていたそうだけど、それがキャンセルされたあとに抜擢されたのが、米国育ちのファッションモデル ナルギス・ファクリー(母親がチェコ人、父親はパキスタン人)なんだそうな。スーフィズムとチェコのつながりは彼女のせい……だったりしたらオモロいな(……まさかね)。

 音楽を始めながらまったく前進できないJ.J.が、ヒールとの関係を通して音楽表現を高め、悟りの境地のような至高の愛の高みへとのぼっていく……と言う哲学的ロマンスを描いた映画ではあるけど、別側面から見れば、そう言った宗教理念を"仕掛け"に用いる事で、イムティヤーズ作品に頻出する"多様化する恋愛事情""既婚女性のロマンス""世間的タブー(映画的タブー?)を乗り越える愛"を描く事に挑戦した映画でもある……んじゃないかな(弱気)。
 多少わかりづらい面があるなぁ…と思ったのは、オープニングをもうちょっと引っ張って、光り輝く幻影の出現と共に本編に入ると少しは整理して見れるたかもなぁ…とかなんとか無駄な事ばっか考えていたせいかも。

 話の中心は、ロックスターの生き様を描く事よりは、主人公J.J.が経験する音楽にかける思いの正体と、その高みに反比例する現実とのギャップ。彼の孤独と彼女への叶わぬ愛を、ロマンス劇としても哲学的な愛としても描いていく。  タイトル通りロックスターを扱う映画だけに、A・R・ラフマーンの奏でる音楽はいつも通り超一級品! ……ながら「果たしてそれはロックなのか?」と言うものも多い。この辺でも、描く対象がロックミュージックではなく、悲恋(もしくは至上の愛?)を紡ぎだす男女にあることが明示されて…いるのだろうか? インド本国では、本作の楽曲を使ったラフマーン自身のライブが行われたそうだけど、なんてうらやま!
 直球ロマンス映画ながら、色々とこちらの期待を裏切り続ける複雑でひねくれた映画になっている。

 本作でウスタード・ジャミル・カーン役で登場したのは、かのシャンミー・カプール!(初めて見た…)
 ボリウッド1の映画一族カプール家を創始したプリスヴィラージ・カプールの息子の1人で、50年代から活躍する映画スター。本作でまだまだ元気に演技されていたものの、2011年8月に物故。本作が彼の遺作となってしまった(享年 79歳)。主演のランビール・カプールから見ると大叔父(祖父ラージ・カプールの弟)となる。
 あと印象的なのは、シーラ役のアディティ・ラーオ・ハイダリー(*2)。「デリー6」では主演ソーナムの姉役で出てた人だけど、今回のJ.J.を翻弄するキャリアウーマン的な存在も結構似合ってる。クリシュナ神話的に言えば、恋人二人の間に入ってやいのやいの間の手を入れるゴーピー(牛飼い女たち)の立ち位置か。この人の、英語版wikiの気合いの入ったメイク顔のお写真はコワヒ…。

 そういや、映画冒頭の荒い映像のライブシーンはなんの映像だったんでしょ? ジム・モリソン?


挿入歌 Hawaa Hawaa (ハワハワ)






受賞歴
2011 BIG Star Entertainment Awards 娯楽映画主演男優賞・ロマンス映画主演男優賞・娯楽映画作品賞・娯楽映画音楽賞(Saadda Haq)・プレイバック男性シンガー賞(モーヒト・チャウハン/Saadda Haq)
2012 Annual Colour Screen Awards 男優賞(ランビール)・音楽賞(A・R・ラフマーン)・プレイバック男性シンガー賞(モーヒト・チャウハン/Saadda Haq)
2012 Zee Cine Awards 主演男優賞・監督賞・プレイバック男性シンガー賞(モーヒト・チャウハン/Jo Bhi Main)・音楽賞(A・R・ラフマーン)・作詞賞(イルシャード・カミル)・編集賞(アールティー・バジャージ)・脚本賞(イムティヤーズ・アリー)・歌曲賞(Saadda Haq)
2012 Apsara Film & Television Producers Guild Awards 主演男優賞・プレイバック男性シンガー賞(モーヒト・チャウハン/Saadda Haq)・音楽賞(A・R・ラフマーン)・作詞賞(イルシャード・カミル)
2012 Filmfare Awards 男優賞(ランビール)・批評家選出男優賞(ランビール)・音楽監督賞(A・R・ラフマーン)・作詞賞(イルシャード・カミル/Nadaan Parindey & Saadda Haq)・プレイバック男性シンガー賞(モーヒト・チャウハン/Saadda Haq & Jo Bhi Main)
2012 IIFAインド国際映画批評家協会賞 男優賞(ランビール)・プレイバック男性シンガー賞(モーヒト・チャウハン/Nadaan Parindey)・音楽監督賞(A・R・ラフマーン)・作詞賞(イルシャード・カミル/Nadaan Parindey)・BGM賞(A・R・ラフマーン)・人気ペア・オブ・ジ・イヤー(ランビール&ナルギス)
2012 Ghanta Awards 最悪主演女優賞・最悪カップル賞(ランビール&ナルギス)・最悪ブレイク新人賞(ナルギス)

2013.2.23.
2022.5.28.追記

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*1 芸能を通して表現されるイスラム神秘主義?
*2 アーミル・カーン夫人キラン・ラーオの従姉妹で、ハイデラバードの王族出身だそうな。