インド映画夜話

キケンな誘拐 (Soodhu Kavvum) 2013年 133分(135分とも)
主演 ヴィジャイ・セートゥパティ & ボビー・シンハー & アショク・セルヴァン & ラメーシュ・ティラク & カルナカラン & サンチタ・シェッティ
監督/脚本/原案/作詞 ナラン・クマラサミー
"5つの掟は、破ってはならない"




 ふとしたことから知り合った無職3人組…言い寄ってきた同僚女性を袖にしたことでIT企業をクビになったケーサヴァン、大金かけて映画女優の寺院を作って故郷を追われたパガラヴァン、ボスの高級車を乗り回そうとして捕まった元ホテルマンのセーカルは、とある飲み屋の大喧嘩から助けだしたダースと意気投合して「仕事がないなら、俺の仕事を手伝わないか? …俺の仕事は、誘拐なんだ」と持ちかけられる。

 脳内彼女と会話する不思議系小物誘拐犯ダースが講義する、絶対に成功する誘拐の鉄則は5つ。
 1. 有名人は狙わない。リスクが高すぎる。
 2. "殺す"と脅さない。騒がせないために、無駄にビビらせない事。
 3. 身代金はお手軽に。高すぎず安すぎず。
 4. 武器は使わない。こっちの命が危うくなるから。
 5. ミスしたら、すぐ逃げる事。

 ダースの鉄則に従って、危ういながらも誘拐チームで小銭稼ぎし始める一行だったが、ある日、子供の誘拐時に取り上げた携帯電話から仕事の依頼が舞い込む事に…「あんたたちが気に入った。ある人物を誘拐してほしい。会うだけで5万ルピー、成功すれば2千万ルピー払おう」!!


挿入歌 Kaasu Panam (ルピーにドルに [パイサもマネーマネー])


 原題は、タミル語(*1)で「カルマはめぐり戻る(=因果応報?)」とか。
 短編映画出身のナラン・クマラサミーの監督デビュー作となる、大ヒット・クライムコメディ。2015年には、テルグ語(*2)リメイク作「Gaddam Gang (ヒゲのギャング)」が、17年にはパキスタン映画リメイク作「Chupan Chupai」がそれぞれ公開されている。

 インドの他、クウェート、オーストラリア、フランスでも公開。日本では、2017年のSPACEBOX主催ICW(インディアン・フィルム・ウィーク)にて日本語字幕版が初上映。2020年には、DVD発売の上、インディアンムービー・オンラインにて配信。2023年のIMWパート2でも上映。

 全編なんともゆるい空気に支配された語り口ながら、そのトボけた雰囲気の中で進行する小狡い小悪党たちのどこまでも小狡く生きよう・出し抜こうとする生き様のドタバタ具合が、いい感じにシュールで・毒の強い風刺が効いてて・軽快なコメディに仕上げてある一本。
 ハイリスクしかないはずの誘拐による身代金要求を、ローリスクローリターンで数をこなすことで生計を立てようとするって発想自体が、小物臭プンプンでオモロおかしい出だし(*3)。しかし因果応報、悪いことをしてれば連鎖的に不幸を呼び寄せることになると言う物語的正義の制裁がきっちり機能しつつ、警察や政治のどうしようもない腐敗、大卒でもまともな職に就けない就労問題、男女間や家族間でも裏切りと制裁が続く世間の冷たさをそのまま(肥大化させて?)物語に組み込んじゃう器用さがなんともかんとも。
 登場人物全員やたら濃いいキャラ立ちしてるし、全然信用できない連中ばかり関わってくるし、紅一点メンバーは立案者のイマジナリーフレンドだしで、往年のクライムアクション映画のノリを踏襲しつつも思い切り茶化してる姿勢が小気味良く、シャレにならない状況もシュールなユーモア劇に転調させてくれるノリの軽さがイイカンジ。見えない彼女を紹介するダースに対して「羨ましい」とか言い出す3バカのノリの良さは、ワタスも見習っていこうと思いまする。うん。

 監督を務めるナラン・クマラサミーは、1980年タミル・ナードゥ州ティルチラーパッリ県ティルチラーパッリ生まれ。
 機械工学を学び、チェンナイとタンジャーヴールで工学の修士を取得。学生時代に文化イベントに積極的に参加する中で、イベントマネージメントや不動産管理、短編映画制作に熱中し、その短編映画が評価されて映画界に招かれて2012年のタミル語ホラー映画「Pizza(ピザ)」にノンクレジット出演し、13年の「頑張れクマール!(Theeya Velai Seiyyanum Kumaru)」で脚本を担当。本作で監督デビューを飾り、SIIMA(国際南インド映画賞)新人監督賞を獲得する。以降、タミル語映画界で監督兼脚本家として活躍中。17年の「Kattappava Kanom(カッタッパが行方不明)」では役者としてクレジットデビューもしている。

 誘拐犯チームのボス ダースを演じるのは、1978年タミル・ナードゥ州ラーマナータプラム県(*4)ラージャパーライヤム生まれのヴィジャイ・セートゥパティ(生誕名ヴィジャイ・グルナータ・セートゥパティ・カリムトゥ)。
 チェンナイ北部エンノール地区で育ち、兄妹のために様々な仕事をこなしながら商学士を取得。大学卒業後にセメント卸売業や会計士、室内装飾業などで働きつつ、映画監督から「写真映えする顔をしている」と言われたことを頼りに劇団に参加してそこの俳優兼会計士として働きだす。そこから端役俳優としてTVや映画にも出演。短編映画でノルウェー・タミル語映画祭短編映画部門主演男優賞を獲得したのち、カンナダ語(*5)+タミル語映画「Akhaada」に主演オファーされるも企画自体が立ち消えとなってしまったと言う。
 映画界では、04年の「百発百中(Ghilli)」以降、ノンクレジット端役出演が続いていたものの、10年の「Naan Mahaan Alla(俺は聖人じゃない)」あたりから映画でのクレジットデビューとなり、同年の「Thenmerku Paruvakaatru(雨季の南西風)」で主演デビューを飾る。12年の「Sundarapandian(スンダラパンディアン)」ではタミル・ナードゥ州映画賞の悪役賞を獲得。以降、タミル語映画界の名優として活躍する中、15年の主演作「Orange Mittai(オレンジキャンディ)」ではプロデューサー兼台本担当兼歌手兼作詞家デビュー。以後、プロデューサーとしても活躍している。

 ダースとともに誘拐に参加する3バカには、本作がクレジットデビューとなるケーサヴァン役のアショク・セルヴァン、短編映画出演から12年の「Kadhalil Sodhappuvadhu Yeppadi(どうしたら、愛でうんざり出来るか)」で脇役俳優デビューしていたパガラヴァン役のボビー・シンハー、同じく12年の「Marina」でクレジットデビューとなったDJ出身のラメーシュ・ティラクと言う期待の新人が配置され、シュールな妄想彼女役は、カンナダ語映画界から出てきたサンチター・シェッティ。中盤以降話を引っ掻き回す、自己中な政治家の息子役にはナラン・クマラサミー監督の親友である男優兼コメディアンのカルナカランが出演している。

 話が肥大化していく前半〜中盤の軽快なテンポ・人を喰ったような語り口と、それになぜか調和するかのようなジャズ調の音楽が、ホントに気持ちいいくらいピタッと合わさってこちら側を捉えて離さない魅力を発揮していくれる。
 後半の、社会の腐敗具合を強調するようなコワモテ警官と政治的駆け引きは、多少それまでの軽快なテンポを崩してるようには見えるんだけど、シリアスな状況にも関わらずのほほんとしている主要メンバーが、さらに事態を二転三転していく様も痛快。全然信用できない政治家の息子の立ち回り方、事件への巻き込まれ方もアホ可愛い感じで良きかな…とか思ってたら、絶体絶命の状況をどんでん返しで切り抜ける抜け目のなさ、機転の利き方がマジ油断できない。ホント、人を喰ったかのような楽しい映画ですわー!

挿入歌 Come Na Come (来るなら来い [でなきゃ失せろ])


受賞歴
2014 SIIMA(South Indian International Movie Awards) 作品賞・デビュー監督賞


「キケンな誘拐」を一言で斬る!
・賄賂を受け取らないで、人を罠にはめるクリーンな(悪徳)政治家ニャーノーダヤム大臣。名前がカワイイ。

2021.1.9.
2023.11.23.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 まあでも、実際にやったら速攻で足がついて捕まる気がするけど…。
*4 現ヴィルドゥナガル県内。
*5 南インド カルナータカ州の公用語。