インド映画夜話

Sarkar 2005年 124分
主演 アミターブ・バッチャン & アビシェーク・バッチャン他
監督/製作 ラーム・ゴーパル・ヴァルマー
"権力も善悪も関係ない…あるのは、力だけだ"




 その日、ムンバイの"サルカール(大君)"ことスバーシュ・ナーグレーの元に、強姦され警察にも司法にも相手にされないまま自殺した娘の仇を取ってほしいと懇願する父親がやって来た。
 その夜、犯人の男が複数の暴漢に襲われ、近くにいた警察はこれをただ見ているだけで放置する。ムンバイの裏社会を牛耳るサルカールの力は、公権力を越えて存在しているのだ…。

 そのサルカールの息子シャンカルが米国留学を修了して帰国するも、彼の恋人プージャはサルカールの噂を耳にし不信を募らせる。一方、サルカールの長男で映画プロデューサーのビシュヌは素行不良から父親とは犬猿の仲が続き、ファミリーに亀裂を作っていた。
 そんな中、ドバイを拠点に勢力を拡大しようとする麻薬王ラシードがサルカールとの交渉決裂から彼を殺してその地位に成り代わろうと決意する。そのラシードに対し、サルカール陣営の協力者たちが用意した導師は語る…「スバーシュを殺すのと、サルカールを殺すのは同じことではない。サルカールは、その人生そのものを殺さねば殺したことにならない…わかるかね?」


 タイトルは、ヒンディー語(*1)で「主君」「政府」「殿様」みたいな意味、らしい。劇中では主人公の尊称として使われている言葉。

 映画冒頭に「深い影響を与えられている映画『ゴッドファーザー』に捧げる」と表記される通り、ハリウッド名作の翻案ものとなる一大マフィア抗争ものヒンディー語+マラーティー語(*2)映画シリーズ第1弾。
 本作は、08年に米国映画芸術科学アカデミーに登録され、同年に続編「Sarkar Raj」が公開。14年には同じラーム監督によるテルグ語(*3)リメイク作「Rowdy」も公開され、さらなる続編「Sarkar 3」も2017年に公開されている。
 本作公開と同じ05年には、パンジャーブ語(*4)映画でも同じタイトルの映画が公開されているらしいけれど、中身は...別物?

 「この映画はフィクションです」と断りを入れつつ、劇中の"サルカール"の人物像はマハラーシュトラ州にその名を轟かした実在のヒンドゥー至上主義マフィアのドン バール・タークレーがモデルにされているとかで、監督自ら試写会に招待して本人から絶賛を浴びていたそうな。

 出だしから非常に重厚なイメージで積み重ねられるマフィア映画であり、その世代交代の抗争の嵐をインド社会の腐敗ぶり、信用できなさぶりと重ねることで、社会批判を含んだ「家族のために闘う男」「地域社会の信頼を回復するための戦い」を描く1本。マフィアものとしても、家族ものとしても、社会風刺ものとしてもさまざまに読み解き可能な多元的映画に仕上がっている。
 不穏な挿入歌で盛り上げることはあっても、ミュージカルシーンはまったくなく、ロマンスもシャンカル周辺に少し描写される程度(*5)。大筋の物語や舞台設定として「ゴッドファーザー」をオマージュする点は多いとは言え、話そのものはオリジナル展開をしてインド気風(ムンバイ気風?)を鼓舞するものとなっている。

 「ゴッドファーザー」との大きな違いは、移民集団の悲哀を含んだ抗争ものだった映画に対して、本作ではムンバイに集まってくる外部勢力の非道さからムンバイを守らんとする地元人の気概を中心に持ってきている点。
 ムンバイで生まれ育ったサルカールの地元人独自の道義。米国帰りながらムンバイの混乱を見てムンバイ人として父親の後継者にのし上がるシャンカル。貿易都市にてあらゆる人々が集まる中で、長年ムンバイを基盤に育ってきた一大ファミリーが公権力を越えて人々の団結をうながし、義族として司法の手のとどかない所で社会悪を滅する恐ろしさと頼もしさ。物事の善悪が権力者の気持ち1つで変わってしまうインドの現実において、真に力あるものが立ち上がるさまの凄まじさを見せつける重厚さは、ただのマフィア映画では終わらない強烈なイメージを叩き付けてくれまする。

 監督を務めるラーム・ゴーパル・ヴァルマー(*6)は、1962年アーンドラ・プラデーシュ州ヴィジャヤワーダ生まれ(*7)。
 地元の工科大に通う中で叔父の影響で映画への興味を深め、卒業後にハイデラバードのホテル付きのエンジニアとして働きつつビデオレンタル店のオーナーを初めて本格的に映画産業への興味を強くして、ベンチャーの映画製作会社を立ち上げる。87年のテルグ語映画「Collectorgari Abbayi」で助監督に入って念願の映画デビュー。
 TVドラマの1話監督をはさんで、89年のテルグ語映画「Siva(シヴァ)」で映画監督&脚本デビューし、ナンディ・アワード監督賞を獲得。この映画のヒンディー語リメイク「Shiva(シヴァ)」でヒンディー語映画デビューとなって、以降この2つの映画界で活躍中。94年には「Thiruda Thiruda(泥棒! 泥棒!)」の原案でタミル語映画に、16年の「Killing Veerappan」でカンナダ語映画の監督&脚本にそれぞれデビューしている。
 98年の監督作「Satya(真実)」がムンバイ・ノワールと言う新ジャンルを作ったとロンドンで評判を呼び、10年にはスイスのフリブール国際映画祭やカンヌ国際映画祭で回顧録が行なわれていた。その作風は、ダニー・ボイルの「スラムドッグ$ミリオネア」にも影響を与えているとか。
 さらに、03年の監督作「Bhoot(亡霊)」の大ヒットでボリウッド業界にホラー映画ブームを到来させるほどのインパクトを与え、新たな映画潮流を作るヒットメーカーとしても注目されてもいる。

 主役サルカールには、言わずと知れた大スター アミターブ・バッチャン。本作公開の05年は、「Black(ブラック)」で数々の映画賞を獲得して往年の人気を取り戻す契機となった年。この年には、出演作だけで本作含め計10作に出演している。
 サルカール演じるアミターブの、怒る時より笑ってる時の演技の方に凄みを感じる所に、この人の空恐ろしさが出てくるわけですが、この映画ではそれほど体格的な凄みは感じないにも関わらず、眼力だけで画面を支配するオーラを醸し出すパワーがトンデモね。

 後半の主人公シャンカルを演じるのは、そのアミターブの実の息子アビシェーク・バッチャン(本名アビシェーク・スリヴァスタヴ)。1976年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。母親も大女優のジャヤー・バッチャン(旧姓バドゥリー)である。
 子供の頃は失読症だったそうだけども、ムンバイの学校からスイスのエイグロン大学と米国のボストン大学に留学してビジネスを学びながら、一念発起して両親と同じ映画俳優を目指し大学中退して帰国。97年の「Mrityudaata」の助監督で映画界入りし、00年のヒンディー語映画「Refugee」でカリーナ・カプールとともに大型新人として映画デビューを飾り、フィルムフェア新人男優賞ノミネートする。しかし、その後父アミターブから共演拒否を宣言され、しばらく鳴かず飛ばずが続くものの、04年のマニ・ラトナム監督作「Yuva(若さ)」でフィルムフェア助演男優賞を獲得。マニ・ラトナムの演技指導が功を奏して徐々にスター街道を走るようになって、同年の大ヒット主演作「Dhoom(騒音)」では歌手デビューもしている。本作と同年公開の主演作「Bunty Aur Babli(バンティ&バブリー)」で初めて父アミターブとの共演が実現した(*8)。
 俳優業の他、数々のブランド・アンバサダーを務めたり、カバディやサッカーチームのオーナーに就任する他、数々の慈善活動にも参加しているよう。07年には女優アイシュワリヤー・ラーイと結婚している。

 その他の出演者たちは、そろいもそろって強面すぎる強烈な男優がこれでもかと暴れ回る凄まじさはさすがマフィア抗争映画でありますが、活躍の場の少ない女性陣の中で、シャンカルの恋人プージャ役で出演しているカトリーナ・カイフ(*9)と、シャンカルの許嫁アヴァンティカー役で登場するタニーシャ・ムケルジーも注目所…カモネ!

 ムンバイに暮らすサルカールの血族だけでも結構な人数が出てくるけど、それに加えてサルカールに協力する人々や傘下に入る部下たち、その中から現れてくる裏切者などなどと登場人物の多さは、この手のマフィアもののいつもの錯綜ぶり。
 それでも、1人1人のキャラの濃さや出番の配分の良さ、対サルカールと言う中心軸のブレなさが映画を見やすくしてくれるので、そこまで混乱することがないのはありがたや。まあ、どこまでも男臭い映画の中で、それぞれに衝突する善悪観やそのスタイルに納得出来るかどうかは人それぞれでしょうけど。もっとも、納得出来る出来ないは関係なく「ゴッドファーザー」をインドで作るとこんなスゴいものになる、と言う面でドンドコ楽しめる必見映画なわけですけど!

受賞歴
2006 Filmfare Awards 助演男優賞(アビシェーク・バッチャン)
2006 Zee Cine Awards 助演男優賞(アビシェーク・バッチャン)
2006 IIFA(International Indian Film Academy) Awards 助演男優賞(アビシェーク・バッチャン)


「Sarkar」を一言で斬る!
・見終わる頃には、もう『ゴーヴィンダ! ゴーヴィンダ!!』を連呼したくなること間違いなし。うん。

2017.9.17.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 西インド マハラーシュトラ州の公用語。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 北西インド パンジャーブ州の公用語。別名パンジャービーとも。
*5 許嫁の地位を捨てて、シャンカルを応援すると言い切るアヴァンティカの矜持よ!
*6 生誕名ペンメツァ・ラーム・ゴーパル・ヴァルマー。
*7 ハイデラバード生まれとも。
*8 本作は、それに続く2本目の共演作。
*9 声はモナ・ゴーシュ・シェッティの吹替。