インド映画夜話

スーリヤヴァンシー (Sooryavanshi) 2021年 145分
主演 アクシャイ・クマール
監督/製作/原案 ローヒト・シェッティ
"ヤツらは、来た"




 1993年3月12日のボンベイ(現ムンバイ)。
 突如起こった爆破テロは、スーリヤ(本名ヴィール・スーリヤヴァンシー)の両親を始め無数の人々の命を奪った。数十発ものRDX(トリメチレントリニトロアミン)爆弾が使用された、インド史上初の連続爆破テロ事件によって…。

 この爆破テロの実行犯は逮捕されたものの、首謀者ビラール・アーメドとタイガーは事件当日より前に国外へ逃亡。パキスタンに入国するビラールは、テロ集団"ラシュカル"を指導するオマール・ハフィーズの傘下に入る。未使用のRDXの所在を隠したままに…。
 以降、パキスタン軍人としてスパイを養成するオマールは、2007年に息子リヤズ・ハフィーズを指揮官にしてインドへと次なるテロを起こすためのスパイを送り込むのだった。

 そして現在。
 ラージャスターン州ジャイサルメールに潜伏するパキスタンスパイの中からラジビルと名乗るリヤズを発見したインド警察は、すぐにリヤズ拘束を目的に問題児として有名なDCP(Deputy Commissioner of Police=警視、副署長クラス)のスーリヤ率いる対テロ特捜班を派遣する。リヤズ拘束の報はすぐパキスタンのオマール邸に届けられるが、オマールはビラールを呼んで告げるのだった…「すぐインドにいけ。ムンバイ警察に教えてやるんだ。600キロもの爆弾が奴らの足元に眠っていることを…」


プロモ映像 Aila Re Aillaa (知ったことか)


 タイトルは、主人公のニックネームの由来である名字から(*1)。
 ヒンディー語(*2)映画界で活躍する、ローヒト・シェッティ監督による警察映画ユニバースの第4作(*3)。過去3作が南インド映画のリメイクだったのに対して、今作はその流れを受けたオリジナルの物語で構成されている。
 似た名前の、99年のヒンディー語映画「Sooryavansham(太陽神の血統)」とは別物。

 コロナ禍による公開延期が続いたのちに、2021年11月のディワリ期間に公開されて21年度最高売上のヒンディー語映画となった。
 インドより1日早くアイルランドで、インドと同日公開でアラブ、オーストラリア、フィンランド、フランス、インドネシア、フィリピン、ポーランド、シンガポールなどでも公開。日本では、2021年にSPACEBOX主催の自主上映で英語字幕上映。2022年には日本版DVDが発売されている。

 実際に起きたムンバイ同時多発テロを背景として、その犠牲者たち・被害者たちの恨みを晴らすかのようなテロ実行者への復讐、新たに計画される爆破テロ計画の阻止を物語の中心に据えたアクション映画。
 シリーズ第1・第2作「Singham」「Singham Returns」の主役シンハム(*4)、シリーズ第3作「Simmba」の主役シンバ(*5)の後を引き継ぐ形で、大スター アクシャイ・クマールが3人目の警官ヒーロー スーリヤとしてインド各地を所狭しと大活躍。
 インドに潜伏するテロスパイの捜査と制圧を使命として、特捜班の部下と息のあったアクション、サスペンス、尋問(拷問?)その他をテンポ良くこなしていく万能型ヒーローとして暴れまわる。ここまで大活躍だと、前作までの警官ヒーローの出番がないじゃん…とか思ってるこちら側の思惑を見透かしたように、最後のラス立ちアクションに頼れる仲間として加勢に来てくれるシンハムとシンバの2人の本作の派手なアクションをよりパワフルに飾り付ける頼もしさと贅沢さは、もう特撮ヒーローの番外ゲスト出演みたいな興奮度MAXですがな!

 「Singham Returns」と「Simmba」は未見なのでシリーズの踏襲ネタとかはハッキリとは掴めない身ですが、元からアクションスターであるアクシェイの身のこなしの軽やかさ、格闘術の説得力、小気味良いコメディ、お約束の必殺飛び蹴りと、アクシェイを主演に使う「分かってますよ」的なこなれ感は、ローヒト・シェッティ監督作ならではのサービス精神か(*6)。実際のテロを背景にした架空の新たなテロ計画抑止という重めな物語にあって、シリアスとコミカルのバランスもいい感じにこなれていて、情報量の多い内容ながら「よっ! 待ってました!」と合いの手入れたくなる気持ち良さ。
 パキスタンスパイ側の悲哀にも注目する本作は、あくまでその首謀者たちを問答無用の悪役に据えつつも、その命令を受けてインドに長期間潜伏する人生を選んだ者、終わりの見えない憎しみの連鎖に家族を送り出さねばならない家族、スパイをスパイと知らないで結婚して人生を思わぬ方向へと狂わされていく人々の悲しい生き様もきっちり描いていく。その決着が見えない実際の社会情勢の中であるからこそ、テロリストたちを悪と描きながらも、彼ら彼女らがそうせざるを得なかった印パ分離から終わることのない対立の悲劇の報復が、現代インド社会と地続きである事を見せつけるインパクトも印象的。
 その対立の決着が、続いていくであろう続編シリーズに持ち越されたかのような本作ラストで、だいぶ続く物語のテーマ性が肥大化した感じもあるのが「大丈夫?」って感じでもあるけれど…。

 そんな対テロを主眼に置いたアクション全フリ映画のため、ヒロイン枠のリア・グプタ役を演じるカトリーナ・カイフの出番がガクッと削られた感は強く、映画全体としても恋愛やインド人キャラクターたちの家族ドラマが申し訳程度になってるのは、やはり警官ヒーローそのものというより、警官VSテロリストの対立構造に注目しているからとかでありましょか。まあ、それでも妻と子供に家を出ていかれたスーリヤの悲しさと、部下たちの家族へ向ける目線が良い効果として物語内の悲劇やアクションシーンに響いて来てましたけども。そんな中で、病院で夫婦漫才を繰り広げる部下や、ずっと独身で仕事一徹な上官警部が主人公夫婦のよりを戻そうと自分なりに頑張る姿が描かれるあたり、インド的なスキのなさで良い効果を引き出しますわ。

 ともするとパキスタン批判とかイスラーム批判に繋がりそうなパキスタン人テロリストを標的にした警官大暴れ映画にあって、テロ容疑者を最初に見つけるのが礼拝に来ていたムスリム警察OBとか、時限爆弾の発覚によってパニックになる人々の中でヒンドゥー教徒もイスラーム教徒も異教徒が守ろうとするものを見つけて率先して手助けし「同じインド人なのだから」と助け合う理想をカタルシスとして描き切る、その行き届いた目線が映画のキモとして機能してる手腕も見もの。これを成立させるためにどれだけの準備がなされている映画なのか、それを確認していくのも一興でなかろか。



挿入歌 Hum Hindustani (我らはインドの民)

* わりとネタバレ注意。
 爆破テロ当日。金曜礼拝でごった返すモスクとヒンドゥー寺院の中で爆弾が仕掛けられた車両が見つかって避難する人々。その中で、寺院のガネーシュ像(現世利益、幸運を司るヒンドゥー神)を避難させようとしてぐずぐずしている司祭たちを目撃したイスラーム教徒たちは…!!
 インドが理想として掲げる、全ての宗教の平等を体現し、全ての宗教、職業、階級の如何にかかわらず全ての命、宗教、そのコミュニティを尊重しようとするインドの人々の強さを見せつけるシーン。同時に、「変えねばならない河の流れは多い」「崩さなければならない山は多い」「我らは若き熱意を持つ新世代」と歌う歌は、そのインド歴史伝統を越えて一体となるべき真の理想・それを阻む現実的諸問題が山積みである事をも歌い上げる。



受賞歴
2022 HELLO! Hall of Fame Awards 映画狂賞(ローヒト・シェッティ)
2022 Lions Gold Awards 悪役パフォーマンス賞(アビマニュ・シン)・人気監督賞(ローヒト・シェッティ)
2022 Nickelodeon Kids’ Choice Awards 人気映画主演男優賞(アクシャイ・クマール)


「スーリヤヴァンシー」を一言で斬る!
・水1杯のために煮沸する必要があるインド、その時間で自爆テロの準備ができてしまうインド…。

2023.2.17.

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*1 クシャトリヤ血統の祖先とされる、伝説上の太陽神族の血統を意味する単語でもある。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 第1作は、11年の「Singham(シンハム)」。2作目が14年の「Singham Returns(シンハム・リターンズ)」。第3作は18年の「Simmba(シンバ)」。さらに、本作の後23年からシリーズ初のWebドラマ「Indian Police Force」が、シッダールト・マルホートラ主演で製作・公開されている。
*4 演じるは、名優アジャイ・デーブガン。
*5 演じるはやはり名優ランヴィール・シン。
*6 はたまた、インド映画全体が持つサービス精神か。