インド映画夜話

Stalin 2006年 176分
主演 チランジーヴィー & トリシャー & クシュブー
監督/脚本/原案 AR・ムルガダス
"彼は、私個人を助けただけではなく…世の中全てを変えた"




 街中で突如発生する凶悪犯罪は、しかし正義の人スターリンの目の光っている場所では通用しない。彼は、その腕力と行動力で、人々を苦しめる社会問題を次々と解決していっていた。

 自慢の息子スターリンを持つ母親は、その息子を褒めそやす傍ら、親の反対も聞かずにパンジャーブ人と結婚した娘ジャンシーを徹底的に嫌い、長年口も聞いていない。そんな母と姉(妹?)を取り持とうと奔走するスターリンは、軍を辞めたのち、姉が仕事で出入りする女子校で障害を持つ生徒の学習補助を買って出ていたのだった。
 ある日、スターリンが別の生徒の手伝いに出向いている間、身体障害を持つ生徒の試験補助をする者が一切現れないままその生徒が自殺してしまう事件が発生。事件そのものと、それをすぐ忘れて行く世間にショックを受ける。憤るスターリンは、ついにある計画を思いつく…「1人がたった3人を手助けしさえすれば、必ず世界は変わる。助けられた人が、それぞれ恩返し代わりに3人助ける事さえやれば、いつか互いに人が助け合う世界がやってくるはずだ…!!」
 早速、周りにこの恩返しサイクルを提唱して行くスターリンだったが、その場では「必ず守る」と返す人々もすぐにその理念を忘れてスターリンを無視して行くように…。


挿入歌 Tauba Re Tauba


 タイトルは主人公の名前(*1)。副題は「Man for the Society」。
 1992年の同名ハリウッド製作スターリン伝記映画「独裁/スターリン(Stalin)」とは、全く関係ない映画。

 本作は、2000年のハリウッド映画「ペイ・フォワード 可能の王国(Pay It Forward)」をアイディア元にした大ヒットテルグ語(*2)映画。
 インド本国と同時公開で、米国、シンガポール、英国でも公開。
 のちに、同名ヒンディー語(*3)吹替版、2014年にはサルマン・カーン主演のヒンディー語リメイク作「Jai Ho」も公開された。

 05年のタミル語(*4)映画「Gajini(ガジニー)」で、一躍人気映画監督となったAR・ムルガダスの、それに続く4本目の監督作。
 ハリウッド映画「メメント(Memento)」に出て来る短期記憶障害を持つ主人公という要素を、マサーラー映画文法に取り入れた「Gajini」の大ヒットにのって、そのテルグ語リメイク作のオファーを断ったムルガダス監督が、その代わりに企画した映画…なんでしょかどうでしょか?(*5)

 ロマンスと一大復讐劇を「メメント」的アイディアと混ぜて最高の映画に仕立てた「Gajini」のように、本作は"恩返しサイクル"と言う「ペイ・フォワード」のアイディアを元に、それを提唱して社会改革を促す主人公と世間との軋轢を描いて行く。「Ghajini」よりも、よりマサーラー色が強くなって展開される分、コテコテ度と説教臭さもうなぎ登り。特に後者に苦手意識のある身としては「いやいや、それはちょっと…」とか思いつつ見てたんだけども、直接本編にかかわらないヒロイン チトラを演じるトリシャーのあざと可愛さ爆発具合と、主人公演じるチラン兄貴の愛嬌たっぷりのサービス精神、ラスト30分の"恩返しサイクル"が本領を発揮する怒涛の展開に「なんかスゲえ映画だなこれ!」と感心してしまうインドマジック。ムルガダス監督…恐ろしい子!
 あ、ちなみに後に「バーフバリ(Baahubali)」で日本でも注目されるアヌーシュカやスッバラージュもチョイ役で出演してるのも、ファン必見ですゼ!

 インド独立以降、インドとは経済的に仲の良かったソ連の共産革命の歴史ってのは、インドの社会活動家たちにも人気だったそうだし、共産主義活動に熱狂してロシア名の村作ってロシア名に改名するインド人も多数いたって話だから、劇中のように"スターリン"なんて大層な名前のインド人もそれなりにいたんだろうなあ…。まあ、本作の名前は恩返しサイクルによる「社会改革」というものに掛けたネーミングなんだろうけど。
 インドにおけるスターリンの評価がどんな感じなのか、知りたいような、どーでもいいような。むぅ。

 お話的には、トリシャー演じるチトラよりもヒロインしてた、スターリンの姉ジャンシーを演じていたのは、1970年マハラーシュトラ州ボンベイ(現ムンバイ)に生まれたクシュブー(・スンダル。生誕名ナカート・カーン)。
 80年のヒンディー語映画「The Burning Train」に子役出演して映画界入り。85年の「Jaanoo」で主演女優に昇格して活躍する中、86年には「Kaliyuga Pandavulu」でテルグ語映画デビュー。88年には「Dharmathin Thalaivan(公正なる指導者)」でタミル語映画に、「Ranadheera」でカンナダ語(*6)映画にそれぞれデビューし、以降タミル語映画界を中心に南インド映画界で活躍。タミル語圏では、その大人気ぶりが嵩じてファンによって彼女を奉じる寺院が建立されたり(*7)、彼女の名前にちなんだメニューがレストランで大量発生したりしていたと言う。91年には、「Uncle Bun」でマラヤーラム語(*8)映画にもデビューしている。
 97年に、タミル語映画界で活躍する監督兼プロデューサー兼男優兼歌手のスンダル・Cと結婚、娘2人にちなんだ映画プロダクション"アヴニ・シネマックス"を夫と設立してプロデューサーとしても活動している。
 オーストラリアのフットボールチームの名誉会員となったり映画祭に協力したりする中で、印豪関係発展に尽力するブランド大使として活躍し、積極的に南インド映画普及にも貢献しているそう。

 アイディア元の「ペイ・フォワード」にかすかに(あからさまに?)見える、宗教的背景というものはこっちではほぼ排除されていて、ラスト近辺の主人公の危機もいかにもマサーラー的。そういう意味では、変に救世主的な展開描写が鼻についた「ペイ・フォワード」よりはヒーロー映画的な構成の映画(*9)。まあ、子供が主人公の「ペイ・フォワード」に対して、チラン兄貴が主人公となって恩返しサイクルの提唱者として活躍する本編は、それだけで映画の性格が大きく変わりますわなあ。
 その分、恩返しサイクルが人々の間に浸透していく様が、より劇的で強烈な展開になっていて、そのきっかけとなった両腕欠損の女子生徒の姿がしっかり伏線として生きていくシークエンスが素晴らしく印象的。人口過密なインド社会での恩返しサイクルの活用具合が、アメリカのそれとは別の形で現れてくるってのは比較して見ると面白いかもしれな…い?(*10)

挿入歌 Go Go Gova (ああ、美しい少女よ [君は天なるゴーピカーの生まれ変わりなのか])

*ゴーピカー、と言うのはクリシュナの恋人となる牛飼いのこと…なのかしらん?



「Stalin」を一言で斬る!
・1度、執刀医が『最善を尽くしたのですが』と言い切った手術を『そんなこと言わないでなんとかしてくれ!』って騒いだら素直に再手術してくれる外科医は、良い人なのかダメな人なのか…。

2020.7.17.

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*1 共産主義の指導者にあやかって名付けた、と言う母親のセリフがあるから、まんまあのスターリンが由来ですネ。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*4 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*5 監督は、本作の翌年にアーミル・カーン主演でヒンディー語リメイク作の「Ghajini(ガジニー)」を監督してたりするけども。
*6 南インド カルナータカ州の公用語。
*7 この出来事は、ファンによる寺院建立の最初の例になったそうな。
*8 南インド ケーララ州の公用語。
*9 どっちが好みかは、人によるだろうけど。
*10 映画の種類が違うからね、と言われればソウデスネなんだけど。