インド映画夜話

タイガー 裏切りのスパイ (Tiger 3) 2023年 156分(155分とも)
主演 サルマン・カーン & カトリーナ・カイフ & イムラーン・ハーシュミー
監督 マニーシュ・シャルマー
"命ある限りータイガーは敗北せず"




 1999年10月のロンドン。パキスタンで3度目の軍事クーデターが起こったその日、在英パキスタン人レハーン・ナザルは爆殺された。
 彼の弟子であるアーティシュ・ラフマーンは、残された娘ゾーヤーの養育を約束すると共に、彼女に、父の跡を継ぎISI(Inter-Services Intelligence=パキスタン諜報部)に入って故国のために戦おうと誘い、ゾーヤーはその手を取るのだった…。
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 そして現在ー
 RAW(Research and Analysis Wing=インド諜報部)の新任チーフ マイティリ・メーナーンの命令で、タリバン潜伏調査中に消息を絶ったエージェント ゴーピー・アールヤを救出した伝説のエージェント タイガー(登録名アヴィナーシュ・シン・ラートール)だったが、インド搬送中に傷ついたゴーピーは息を引き取ってしまう…「パキスタンで新たな動きが出てきている…詳細はデータで送ってあるが、伝えていない事が1つ…。2重スパイがいる。女…ゾーヤーと言う名前の…」

 ゴーピーの最後の言葉から、元ISI(Inter-Services Intelligence=パキスタン諜報部)エージェントの妻ゾーヤー・ナザルを疑い始めるタイガーだったが、オーストリアでのゾーヤーと息子ジュニアとの暮らしは円満なまま続く。そんな中、マイティリから新たな任務が…「ゴーピーが調査していたパキスタン国内の新武装組織に、武器供給をしていた情報屋ジブラーン・シェイクーが行方をくらましていたが、ロシアのサンクトぺテルベルクに逃亡していた事が判明した。彼の情報が必要だから、暗殺される前に身柄を確保したい」
 ゾーヤーには任務の詳細を伝えないでサンクトぺテルベルクに旅出ったタイガーは、スパイたちの攻撃にさらされるジブラーンを無事救出するが、彼らの前に現れた敵スパイの顔が晒されると、それはやはりゾーヤーの顔だった…!!


ED Leke Prabhu Ka Naam (主の名を唱えて)


 サルマン・カーン演じる超弩級スパイ映画「タイガー」シリーズ第3作にして、制作プロダクション ヤシュ・ラジ・フィルムズ製作のYRFスパイ・ユニバース第5作を飾るヒンディー語(*1)アクション映画大作。
 主演俳優サルマーン・カーンが、劇中で上半身ヌードを晒さない珍しいサルマーン映画、と言う評判もあるとかなんとか。

 本作の監督を務めるのは、YRFスパイ・ユニバース初参戦となるマニーシュ・シャルマー(*2)。本作は、2016年の「ファン(Fan)」以来、7年ぶり5本目の監督作!!
 インドよりも早くスペイン、カナダ、クウェート、米国で公開が始まり、インドと同日公開でオーストラリア、フィンランド、フランス、英国、イタリア、オランダ、ロシア、シンガポールでも公開されたよう。
 日本では、2024年に一般公開(*3)。

 シリーズ3作目という事で、それまでのシリーズを総括するかのように前2作の主要登場人物を揃えて世界中を飛び回らせたようなアクション映画。
 冒頭でシリーズ通してのヒロインであるゾーヤーの過去と本作のラスボスとの因縁を描きつつ、1作目のタイガーの相棒ゴーピー、2作目で共闘してチームを編成していた印パ双方のスパイたちが再登場。タイガーとゾーヤーの息子ジュニアは言うに及ばず、2作目でタイガーが養子に迎えたハサンまで成長した姿を見せてくれて(*4)、さらにはタイガーがゲスト出演したユニバース映画「パターン(Pathaan)」の主役パターンもが恩返しとばかりに颯爽と登場するんだから、「ワォ」って感じではありまする。

 もちろん、物語は独立して楽しめる物語になっていて、ゾーヤーの父親の弟子を中心とした新たな武装組織の脅威から、如何にしてタイガーとゾーヤーの祖国…インドとパキスタン…を救い出すかを謳いあげる一大活劇として、手を替え品を替え、ロシアやトルコ、オーストリアロケを敢行して、息つく暇もないほどの迫力をドカドカと魅せてくれる。踊るようなマーシャルアーツ、縦横無尽に爆走するバイクアクション、ハマムの中での女同士の格闘戦や、過去のユニバースシリーズを踏襲するかのような橋の上の乱闘やら篭城戦やらシチュエーションの数で言えば、相変わらずの濃厚さでもある。踊りは重々しいサルマーンでも、アクションスターを目指すだけはありますね! って動きのキレと迫力は相変わらずで安心してしまいますわ。このまま、印パ両国の平和のために戦うスパイファミリー的な展開していっても楽しいんじゃありませんことー!!!!!

 とは言え、目に楽しいアクションはともかく、より派手派手にしようとした物語はインド本国でも賛否両論。大ヒットはしても、当初の目論見通りの興行成績を上げられなかったと言うあたり、シリーズ総決算的な大盤振る舞いが映画としてはマイナス方向へ動いてしまっている感も否めない。
 まず、シリーズとしての前作までと大きく違うのは、敵側がハッキリとパキスタン人として登場する事。もちろんこれは、今までのインド・スパイ映画で踏襲される「インドの本当の敵は、インド人自身だった」と言う物語パターンをパキスタンに当てはめて、パキスタン人スパイであるゾーヤーの物語を深掘りしようとした結果なんだろうけど、そのために1作目にあった「逃亡したスパイ同士の恋人を追うための皮肉的印パ共闘」の風刺や、2作目にあった「実際の事件を背景にした、対テロリストのための緊急的な印パ共闘の夢」の息のあった活躍とは真逆に、どうしても政情不安なパキスタンに対するインドの優位が見え隠れしてしまう。
 とは言え、平和主義を樹立しようとするパキスタン首相(*5)に対して、それを信じることができないインド首脳陣と言う風刺は効きまくってる構図ではあるし、インド人だろうがパキスタン人だろうが、親兄弟への思いは常に変わらないと言う印パ両国の文化的共通性もそこここに仕掛けられている(*6)。それでも、イスラーム過激派による暴力の連鎖が事を大きく危険な方向へ進めていることが断言され、騙し騙されのスパイたちの心情をここぞとばかりに裏切ってくる展開もイスラーム側に偏重されて描かれているようにもみえてしまうのは、なあ…。危険任務のための意外なキャラの登場と唐突な死という劇的展開も、総括のための人員整理に見えてしまう部分もあって、素直に感動できないのは穿ち過ぎな見方ってやつですかね…(*7)。

 アクション要素の肥大化による、登場人物間の心情演出が弱まってしまっているのが弱点とは言え、「国家に仕えたスパイが、国家に裏切られる事で復讐鬼となる」と言うのは「パターン」でも使われた要素で熱い。
 国家の非人間性を知りすぎているが故に、その復讐において国家の嫌がる事、弱い部分を的確についてくる敵。それを受けて立ち、平和主義の人々を連れてどう反撃していくか、謀略のプロと権力者が権力の中枢である首相官邸を舞台に策謀し続ける丁々発止は、画面的には血湧き肉躍るってヤツで、ワクワクが止まりません。官邸に厩舎があるのも「へぇ」って舞台選択だし、その地下に007ばりの秘密基地(? *8)が出てくるのも往年のスパイ映画的なハッタリ感で楽しい。
 そんなハッタリ重視な画面で構成された娯楽作なんで、うるさくあーだこーだ言うのも野暮っちゃ野暮なんだけどネ(でも、そんなあーだこーだがたのしー!)。

 あとは、とりあえず次回予告的に登場するあの人の暗黒面に落ちましたよ的な演出が、どこまで本気なのかが気になるところだけど…、これで「タイガー」シリーズとしては一旦ケリがついたと言う宣言でございましょかどうでしょか。ユニバース次回作も含めて、色々と気になるー!!



挿入歌 Ruaan ([この体] すべてに [君の名前を記す])





「タイガー 裏切りのスパイ」を一言で斬る!
・カトリーナの方が、サルマーンより背高くない?(靴のせい?)

2024.10.16.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つもでもある。
*2 YRF製作の映画「Band Baaja Baaraat(結婚バンド狂騒)」で監督デビューした後、YRFで映画制作業を続けている人物。
*3 シリーズ1作目「タイガー(Ek Tha Tiger)」公開から、2作目を飛ばして…本作公開に合わせたTV放送はありましたけど…10年ぶりのタイガーのスクリーン復帰ですわ!
*4 ハサン役だけ、役者は別人をキャスティングしている。
*5 演じているのは、ムンバイ出身で主にタミル語映画界を中心に活躍する女優シムラン。
 その風貌は、パキスタンの外務大臣、財政・経済大臣などを務める実在の政治家ヒナ・ラッバーニ・カルをモデルとしているとか。
*6 パキスタン収容所の管理室で、ボリウッドダンスを見てる軍人たちなんかが、その好例。
*7 最後の方は、融和への余裕を見せるパキスタンと、その余裕を受け止めかねるインドって構図にも見えるけど、ね…。
*8 あの、一昔前の秘密基地感の強いシェルターデザインの意図は結局なんだったんだろう…?